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閑話 俺の弟について

 ……俺はサフライ。


 コハンスティール領ラナーク村・現領主の第二子だ。


 昔は、大して面白みもねえこの村がすげー退屈で仕方なかった。

 俺はこの地で生まれ育ち、仲がいい領民達もいたからそう言う意味での不満はなかったが、良く言えば長閑、悪く言えば何にもねえこの田舎はただただ退屈でたまらなかった。


「さっきから何をやっているのですか、サフライ様?」


「……お前がサフライ様言うな。 きしょい」


 河原でバカみたいに自生しているフキを加工しようと、せっせと領民達が収穫しているのを座って眺めていたら悪友が声を掛けてきた。


 ーーいつもは呼び捨てにするくせによ。


「ひひっ、悪りぃわりぃ。ところでさーー」


 悪いといいながら全く悪びれないのはいつもの事。

 今更気にするわけもなく、慣れたように俺の隣に座り、いつものようにどうでもいいバカ話を始めた。


「あの、さ」


「?」


 あるところで、ふ、と会話が途切れ、俯き気味になった悪友の声。


「……今度さ、王都に行って騎士団の採用試験受けようと思ってるんだ」


「へぇ? すげえじゃん」


「親父が、騎士団の採用試験に受かって数年働けたら、この村の兵士になってもいいって」


 こいつの父親は、新しく雇われた兵士だ。

 こいつは昔から父親を目標としていて、本人は同じように志願兵になりたいとずっと願っていたけど、兵士でもなかった頃はまともに給料も出なかったから普通の職業につけとずっと反対されていた。

 だが、最近になってようやく村でも兵士は職業として成立できるようになったので、修行を積むことを条件に許可が下りたそうだ。


「それで、ガハンス様みたいに騎士団で数年修行してからこの村に帰って来る。 この村を守る兵士として活躍したいんだ」


「…………」


 俺の悪友は、こんな顔も出来たのか。

 幼い頃から二人で悪戯ばかりしていたから、大人びた悪友の変化に驚いてしまった。


「……サフライは? お前も領主になるかもしんねえんだろ?」


「ハッ、俺がか?」


 思わず鼻で笑ってしまった。

 確かに、これまで跡取りだった兄貴があと半年でこの村を出ることが決まってしまったので、俺もアルもエミリアや兄貴から最低限の事はわかるようにと勉強はさせられている。

 だが、あの完璧超人な兄と曲がりなりにも優秀な弟に比べて不出来な俺にお鉢が回ってくるとは思ってはいない。


「でもよ! お前だって、色々頑張ってたじゃん」


「ん〜。 どうだろうなあ……」


 この村が嫌いなわけではないが、正直領主になりたいわけでもない。

 仮にあの弟が嫌がって、お前がやれと言われればやるが、やらなくていいならやらない程度の気持ちなのだ。


 騎士団採用試験に受かるほどの努力家の兄と、少し……いや、かなり抜けてはいるが、魔法の才能に恵まれた弟に挟まれて、家の中には俺の居場所などないのだと息苦しく感じることもあった。

 それは頭も力も魔法の才もごく平均点で、加えてこの悪友につられて口まで悪くなってしまった俺は、兄弟の中で一番の落ちこぼれだったから。


 目の前で異様に早く成長するフキの収穫に追われている領民達を再び見やると、忙しそうにしながらみんな笑っていた。

 このフキを食用に出来る発見を弟がした事で、領民達の飢えは多少ながら満たされた。

 食糧庫が出来たあたりでさらに腹が満たされると、それに比例するように領民達の笑顔は格段に増えていった。


 ここの領民達は逞しくて、強いから。

 案外、単純明快な思考回路の親父や弟のアルは領民達の笑顔の裏に隠された本当の感情なんて、気づいちゃいないんだろう。

 親父は、限界まで堕ちていたこの村の領主になって救ってくれたから。

 アルは突拍子もない事ばかりするが、その原動力はいつも “ 家族や領民達の為 ” だから。


 領民にとって、この二人から齎された恩恵は計り知れない。

 裏表のない善意の塊の、ある意味馬鹿な二人の行動は長い間辛酸を舐めてきた領民にとって、さぞかし後光がさした神のように見えていた事だろう。


 その点、兄貴は自分と考えだけは似ていたように思う。


 ガハンスはあの二人ほどお人好しではないし、先々の事まで考えて行動をしている。

 裏表のない真っ直ぐな気持ちだけで暴走しがちな二人をどうやってサポートするか。

 次期領主として、父親と似て自然体で愛される上に魔法の才能にまで恵まれた、十四も離れた弟より領民の支持を受ける為にはどのような努力をすべきなのか。


 兄貴は兄貴なりに苦悩して悩み抜いた結果、今の努力の塊のような男になった。


 俺は昔、五歳にも満たない弟に嫉妬した事がある。

 だから兄貴もそうだったのかもしれない。

 アルの普段の大雑把な行動を見てる分にはとてもそうとは思えないが、近くにいればいるほどその異質さが浮き彫りになってくる。


 アルは、今より貧しかった時代に天然酵母を開発し、そのパンは伯父に高値で買い取って貰う事ができた。

 あの時のアルはまだ小さかったから知らせていないが、ちょうどその頃は資金繰りに悩んで、親父が持ち出した資金も尽きてしまい、村からは売るものもなく次回は塩すら買えなくなるのではと毎日怯えて過ごしていた時期だった。


 領民達と共倒れも覚悟していたあの時、暫く暗い顔をしていた親父を救ったのは、紛れもなくアルファンだ。

 そんな弟がいることが誇らしい反面、比べられることに憤って、幼い弟に嫉妬する自分が情けなかった。


 ーーアルファン様は神に愛されている。


 家族は誰も口にしないが、村の危機を何度となく救ってきたアルファンに対する領民達の認識がそれだ。

 だから兄貴はそんな自分に打ち勝つ為に、鍛錬も勉強も一日たりとも休まず誰よりも強く賢く在ろうとした。

 そして、そんな兄貴もまた俺の誇りになった。


 自分には到底真似出来るものではなかった。

 言い訳になるが、跡取りでもなかった俺は次期領主としてどちらが相応しいのか、無意識にアルと比べられる兄貴ほどにはプレッシャーも責任感もなかったから。


「でもまあ、アルには借りがあるからな」


「……借り?」


 立ち上がって、砂をパンパンと手で叩き払うと悪友もつられるように立ち上がった。


「あいつがしたくねえってんなら、そんくらいしてやるさ」


「は? 何がだよ?」


 敢えて断片的にしか話さない俺に悪友は、わけがわからない、ちゃんと説明しろ!と怒ってついてくる。

 だが、いくらこいつにでもこんなかっこ悪くて恥ずかしいことを言うつもりは一生ない。






 ーーサフライ兄様! お願いがあるのです!


 落ちこぼれな自分の事なんて誰も見ていないのだと、勝手に拗ねて不貞腐れてグチャグチャに腐ってた俺に、親父に執務室の家具を贈りたいのだと俺を一番に頼って来たアルファン。

 何言ってんだこいつ。俺は金も持ってねえし、頼るなら兄貴を頼ればいいだろうとその時は思った。

 だが、話を聞けば金で買うわけではなく、手作りで贈りたいが自分は不器用だから彫刻が出来ないのだと言う。


 確かに俺は、手慰めに細かいものを組み立てたり、包丁を研いだり、アルファンが魔法を使い出すまでは壊れやすい家の修理もまめに行なっていた。

 アルファンが土魔法で完璧に雨漏りも壁に空いた穴も塞ぐようになってからは、俺の役目はなくなったものだと思っていたのに。


「兄様なら、この執務机にどんな彫刻を彫りますか?」


 気付いたら口車に乗せられていた。

 彫刻を施し、アルファンの小さな手で組み立てられた為か家具のガタガタ具合を微調整して、兄貴まで巻き込んで黒いペンキを塗った家具は我ながら会心の出来栄えのものになった。


「ちょっ、俺はいいだろ!?」


「いいからいいから〜」


 ーー何にも良くねえよ!


 完成品を執務室に運び終え、自分の部屋に戻ろうとした俺と兄貴の手をがっちりと掴んで離さないアルファン。

 自分が発案して自分で作ったんだから自分で両親に贈ればいいのに、俺たちにも手伝ってもらったから兄弟からの贈り物だと言い張り、居心地悪い事この上ない俺と兄貴を無視して、迎えに行った両親にもアルはそう言った。






「俺は幸せ者だな」



 ーー親父が泣いた。


 親父は見た目からしてゴツくて男臭くて、泣く姿なんかカケラも想像も出来なかったのに。

 親父は泣きながら幸せそうに笑って、俺たち兄弟に一人ずつ頭に手を置いた。


「流石、サフライだ」


「本当ね」


 俺が彫った場所を愛おしそうに撫でて頬を緩ませる親父やお袋に、俺はひどい勘違いをしていた事を知った。


 俺たち兄弟に出来の良さの差はあっても、両親からの愛情に差なんてちっともなかったんだ。

 俺が一人で勝手に劣等感を抱いていただけで、誰も俺を落ちこぼれとして扱ってなんかいなかったのに。


 間接的とはいえ、十も離れた弟に俺は救われてしまった。

 だから、俺はそんな恥ずかしい思い出は死ぬまで誰にも話さないと決めている。






「おい、聞いてんのかサフライッ!」


「……あ? なんだようるせーなぁ」


 まだついて来てたのかこいつ。

 今日はやけに絡んでくるなと思っていると、やっぱり聞いてなかったのか、人が真面目に話したのにうるさいとはなんだ!とかギャーギャーうるさい。


「悪い悪い。で、なんて?」


「だだ、だからっ、お、お前が領主になりたくないなら、あたしが婿に貰ってやってもいいって言ったんだ!」


「…………は?」


「ちゃ、ちゃんと言ったからなっ、浮気すんなよ!」


「……」


 脱兎の如く逃げ出しながらの悪友の台詞は、色々とめちゃくちゃだった。

 あいつが大声で怒鳴っていたからか、なんだなんだとそこらへんから人が集まってきてるし、話が聞こえたやつらはにやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべてやがるし。


「おいおい、とうとうエリザは痺れを切らしたのかぁ?」


「ありゃしょーがねえよ、サフ様が悪い」


「色男は罪作りでいけねぇなあ〜」





「…………」


 エリザに聞きたい事は山程あるが、とりあえずこれだけは言わせろ。


 ーー原因のお前だけ逃げてんじゃねえ!!



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