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26話 打算と常識

「ほう、これはすごいな」


 感嘆の声をあげたのは伯父だ。

 伯父が先日王都に旅立つ前は二、三階の内装は手付かずだった為、泊まりはしないが三階も一緒に見学をしていた。


「すごい! 何これ!?」


 特にはしゃいでいるのがアリッサで、あれは何?これはどう使うの?と、初めて電車に乗った子供みたいにミシェルさんに質問攻めだ。この世界にはもちろん電車なんかないけど。


「……すまない」


「いえいえ、楽しんで貰えたのなら良かったです」


 伯父が申し訳なさそうにアリッサからそっと目を逸らした。

 なるほど。伯父にとってアリッサはそんな感じの扱いか。

 盲目的にアリッサの事が好きで堪らないとか、そういうわけではないのだと解釈した。


「あ、この部屋は師匠の部屋なんで立ち入り厳禁でお願いします」


「……エンファー様が?」


「はい。週の半分はここで寝泊まりしてるんですけど、部屋の清掃以外は立ち入られたくないみたいで」


 この間のアリスとその親族、俺を呼びつけた時以外は誰も立ち入ることが許されていない。

 俺は偶に嫌がらせでご飯を持って突撃したりもするが、それだって機嫌が悪ければ魔法で吹き飛ばされる。ご飯だけは死守して。

 兎にも角にも、師匠の人間嫌いは筋金入りなのだ。


「いっちばん眺めが良い部屋は師匠に独占されてますが、内装は一緒ですから」


「そうか」


 伯父はどちらかというと内装に興味があったようで、景色はあまり重要視していないようだ。

 そういえば、伯父は商店を構えると言っていたから何かヒントでも欲しいのかも。


「伯父上、商店はどこに建てる予定ですか?」


「まだガジルと相談していないので未定だが……そうだな。欲を言えばこの旅館の左右か正面辺りが良いな」


「へえ」


 伯父曰く、この旅館からこの村の経済がまわり始めるそうで、近い将来ここは村の一等地になる筈だと言っていた。

 なので、今のうちにここに商店を構えて、この村が流行りだす頃にはどこの店よりも早くこの村と信頼関係を築いておきたい。

 田舎であればあるほど、それはとてつもなく大事な事だそうだ。


 正直、俺は景色がいい場所に旅館を建てようとしか考えていなかったので、俺の気まぐれで将来の土地価格が決められるのだと思うと背中がヒヤッとする。


「今はこのあたりには誰も住んでませんし、今ならお買い得という事ですか」


「その通りだ」


 にやっと笑った顔は実に商人らしいいやらしい笑顔だ。

 しかもその笑顔がイキイキしてるものだから、取り扱いに困る。


「父が許可したら、僕がお二人の結婚祝いに伯父上好みの商店を作りましょうか?」


「…………それは願ってもいない申し出だが」


「但し、内装は全てサフライ兄様なので。そこは有料ですよ?」


 いや、それでも安いくらいだろう?

 伯父は肩を竦めて笑ったが、こちらにだって打算はある。

 本当に、この何もない村……いや、正確にはまだ旅館しかない人口過疎気味なこの場所が本当に流行るかどうかなんてわからないのに、商店を構えるという酔狂な伯父を手離すわけにはいかないのだ。


 もし経営が上手くいかなくて後から、やーめっぴ。とされてもそれは伯父の自由だが、それはなるべくして欲しくない。

 身近な場所で買い物が出来る便利さを一度味わってしまえば、領民はその不便さに不満を覚えるだろう。

 例えばそれは、都会からコンビニもない田舎に移り住んだ時のような。


 だからなるべく「辞めた」と言うのを罪悪感を覚えるように、先延ばしに出来るように恩を売っておきたいのだ。

 それでもシビアな商売の世界だから、簡単に切り捨てられることもあるだろうが、何もしないよりはマシだと俺は信じてる。


「今日の夕方にでも、父に話してみますね」


「ああ、頼む。……それと、今からそんな心配はしなくてよろしい」


「へ?」


「私は、子供ができたら自分の店を継がせたいからな」


「てっ」


 コツ、と頭を小突かれてしまった。

 何故伯父は、俺の考えている事がわかったのか。

 エスパーな伯父が怖くてたのもしい。解せぬ。




****




 旅館で伯父と話したり、アリッサにやけに絡まれたり、おやつに作ってもらった大学芋もどきをパクついたりしているうちに夕方になってしまった。


「今日のご飯はなんだろなー?」


 最近は、ミルクが頑張ってレパートリーを増やしてくれているので食事が楽しい。

 ミルクは自分の弟子である旅館の料理番にもちょいちょいレシピを横流ししているようで、その料理を食べている師匠も、俺は吹き飛ばしても料理は死守するほど気に入ってくれているようだ。


 師匠は本当の金持ちなので、舌が肥えている。

 ならば、その師匠が気に入ったものは美味いに決まっているのだ。

 だから自信を持て!とあやふやな理由でミルクを焚きつけた結果だったのだが、師匠にも利があったので結果オーライではなかろうか。





「……ん?」


 自宅までの帰宅途中、コソコソしている人影を見つけた。

 瞬間移動魔法ばかりでは身体が鈍るからと、師匠にしばらく禁止を食らったので久々に歩いていたのだが、あれは誰だろうか?

 この村に住む領民は全員顔見知りの筈だが、あの顔は見た事がない。


「…………?」


 誰でもウェルカム状態な前と違い、今は防壁の出入り口を守る兵士達がいるので不審者という事はないだろうが、あの人からはどうにも暗〜い陰を背負ったような印象を受ける。


「……ま、いっか」


 しばらくジトーっと見ていたが、本格的に腹が減って来たのでその場は放っておくことにした。ささ、ご飯ご飯っと。






「カミルにか?」


「はい、二人の結婚祝いという事で」


 夕食をとりながら旅館の様子を報告し、商店の件について話してみた。

 何故か家族から微妙な笑みを向けられたが、何かおかしな事を言っただろうか?


「アルは、相変わらず人を祝うのが好きだな」


「…………そうですか?」


 確かに、結婚祝いに商店をプレゼントはおかしいかもしれない。

 だが、これはそのうち我が騎士爵領のメリットになるからいいんじゃないか、というのが俺の意見だ。

 伯父は建物はタダだし、外装は俺の魔力で作るから金はかからないし、内装や土地は有料だからうちの金銭事情も潤うし、領民は買い物出来るし。

 ほら、みんなハッピーじゃない?


「そーいう事じゃなくて、結婚程度で態々祝ってたらみんな金が保たねえの。高位貴族でもあるまいし」


「ええ、確かにそうね。 私も、この間の宴で婚約をここで祝って貰えるなんて思ってなかったもの」


「…………」


 サフライが呆れたように教えてくれた。

 エミリアも、だから余計に感動したのだとも。

 とゆうか、結婚はなかなかに重大イベントだと思うのだが。 むしろそれ以上のイベントはなんなんだ?


 俺は今まで前世のノリで、兄達には成人祝いや両親にも気が向いた時に、無属性魔法を付与したりしなかったりのなんらかのものを贈っていたのだが……。それならそうと早く教えといてよ! 要らぬ恥をかいたじゃないか! 知った所でしないかどうかは別だけどね!


「……いや、まあ」


「うん。それはな、」


「お前の作るものはどれもこれも、本気で役に立つからな。 それとこれは別なのだ」


 俺が贈った物と言えば、水が無限に出る木製の水筒だったり、何度も書いたり消したりできる黒板もどきだったり、ちょっと不恰好だけど身につけられるアクセサリーだったり。

 俺の魔法が疑われない程度のプレゼントの数々は、戸惑いながらも役に立つ為止めるのをやめたそうだ。


「あら? 私はアルからの贈り物ならどんなものでも嬉しかったわよ?」


 ……母の愛はわりと偉大だった。ちょっと泣きそう。


 そんなこんなで、十歳目前にして知った常識であるが、役に立つかどうかは今のところ不明なのであった。




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