25話 旅館開業日と来訪者
「ミシェルさん達によろしくね」
「はーい」
温泉旅館の開業日当日。
さっさと朝食を済ませて、気になって仕方ない旅館の様子を見に行く。
この村に寄る人はあまりいないので、開業日に人が来るかなんてわからないし、その中でも泊まる人がどれだけいるんだって話なんだけど。
今までは、余分な部屋がある領主の館に気持ちばかりの代金を支払って泊まっていく人が大半だった。
その人達だけでも旅館に回せないかと、一階や二階の宿泊設定料金は領主の館とトントンな感じにしてある。完全なるリピーター狙いだ。
「おはようございまーっす」
遠慮なく旅館正面入り口の扉をバーンと開け放つ。
旅館の中には、従業員として働く事になったミシェルさんを筆頭に、その親族達が配置されたポジションで念入りにチェックを行なっていた。
「アル様、おはようございます!」
「とうとう今日から開業ですね、問題はなさそうですか?」
宿泊客案内担当のミシェルさんが、ハーフアップに纏めた髪を揺らして駆け寄ってきた。
いつもと違ってその腕の中にアリスは居ないが、村内に託児所がわりになっている場所があるそうだ。
「準備は万端なのですが、いつお客様がいらっしゃるのかと思うと、ドキドキしてしまいますね」
言われて見回してみると、確かに、みんなどこか落ち着きなさそうにそわそわしていた。
「うーん。しばらくは師匠ぐらいしか利用客が居ないかもしれませんが、いつ来てもいいように準備だけはお願いしますね。 万が一、団体客とか来たらうちの料理長も貸し出しますから」
「まあ」
それは心強いです、と言ってミシェルさんは仕事に戻って行った。
従業員と俺しか居ないがらんどうの中、やはり集客も大事だなと待合室で一人優雅にお茶を飲みながら考える。
唯一近くにあったらしい隣村は跡形もなく消滅してしまったし、そこらか引っ張り込めないなら、旅人や伯父のようにフラリと立ち寄る商人に縋るしかなくなってしまうのが難点だ。
そもそも伯父以外の商人が来たところで、うちの村から売れるモノがあまりないんじゃないだろうか。
数が限られる天然酵母パンは伯父と独占販売契約を交わしているので売れないし、こちらから買うものがあっても売れるものが碌にないのはダメだろう。
「次の議題は集客と安定的な収入か。……ふむ」
どう考えても九歳児が考える事じゃないな、うん。
約二十年前に人口が過疎った村には無理難題もいいとこだが、収入については伯父がいい感じにしてくれるんじゃないかな。取引き材料はもちろん綿布団で。
「ん?」
一人ふんふんと頷いていると、正面入り口の方が俄かに騒がしくなっているのに気がついた。
初日にまさかの客が?…………面倒くさい人じゃなかったらいいけど。
待合室からも正面入り口のほうは見えるので、顔だけのぞかせて様子を伺う事にする。
本当に面倒くさい人なら仕方なしに割って入る。が、ただの客なら俺が割り込むのも可笑しな話だからな。みんなにも接客の経験は必要だし。
「……あっ、アル様!」
「ふぉっ?」
こっそり覗いたつもりが即座にバレた。
「カミル様がいらっしゃった様なのですが……」
「伯父上が?」
なんでまた。 てか、こないだ帰ったばっかだよね?
伯父はいつも半年に一回のサイクルで来てるので、偽物ではないかと疑ったのだが、正面入り口まで出迎えると本当に伯父とアリッサさんがそこに立っていた。
とりあえず立ち話もなんなので、待合室まで引き返して二人に座ってもらう事にした。
「先にお前の家に寄ったのだがな、ここにいると聞いたのだ」
「ど、どうしたのですか? こんなに早くうちの村に来るなんて、忘れものですか?」
「いや、忘れものじゃない」
「?」
「お前にも結婚の報告をしておこうと思って」
「……誰と誰の?」
「私と、アリッサのだ」
「わぉ」
いつの間にそんなことに?
ついこないだまでは、二人はただの雇主と冒険者って感じだったのに。
人間いつフォーリンラブするかわからないものである。
「そうですか、それはおめでとうございます」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「それで、王都から態々こちらへ?」
だがそれなら、いつも通りに半年後でも問題はなかったような。
なんだかんだいっても商人思考の伯父が大した理由もなく、何故この短期間にこの村に来たのかがわからない。
もちろん商いの為の荷物はあちらから載せてきているだろうが、こちらからは天然酵母パンもこないだ売ったばかりだからないし。
長期間の旅になるので、再び護衛を雇ったり、その護衛の食事のお世話までしないといけないと以前言っていたからその費用は馬鹿にならない筈だ。
「いやなに。 結婚を機に、私もこの村で住居と商店を構えようと思ったのだ」
「へ?」
「アルファン様は、義理とはいえ私の甥になるのですね! 私とっても嬉しいです」
「……よかったな」
「はい!」
「…………」
何故かアリッサが俺と縁戚関係になる事を喜び、伯父が苦笑している。
きょろきょろと旅館の内装を見ているアリッサの満面の笑みが、先ほどの結婚報告時よりも輝いて見えるのは気のせいだろうか?
「ガジルにも先ほど許可は取ったので、後続の荷物が届くまではこの旅館に世話になるつもりだ。 これからよろしく頼む」
「まさか、旅館営業日初日に到着するなんてラッキーでしたよね、カミル様!」
「…………」
それはそれは、毎度ありがとうございます?
色んな情報が次々詰め込まれたおかげで何がなんだかわからないが、またこの村に変化が起きそうだという事だけは理解出来た気がする。
かくして、旅館開業一日目にして連泊客をゲットしたのであった。
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「アル様。 カミル様やアリッサ様に先に部屋を選んでいただいても?」
「あ、そうですね。 一階ほどの広さは要らないでしょうから」
若干フリーズしていた俺に助け船をだしてくれたミシェルさん。
二人には二階か三階かどちらがいいのか選んでもらって、温泉で長旅の疲れを癒して貰おう。
「三階は物凄く魅力的だが……」
「三階も私達二人では広すぎますし、連泊するなら二階ですよね」
うん。だよね。
前に伯父が使ってた我が家の一室は、今はエミリアが使っているので空いてないし。
べつに客室でも良かったのだが、後で届くものは個人的な二人の荷物と商売用の荷物が沢山あるらしく、一階の広間と二階の二部屋を使ってくれるみたいだ。マジありがたい。
二階は一部屋六畳でベッドは二つあるし同じ部屋でもいいんじゃないかとも思ったが、誰もその事について触れなかった。
この世界は案外貞操観念が強いということか?
当たり前だがカミルは父の兄だし結構な歳だろうに。 アリッサは伯父より若くて可愛いけどね。
まあ九歳児の俺が突っ込むのもなんだし、今は下世話なお話はひとまず置いておこう。
「承知しました。 では、お二人のお部屋にご案内致しますね」
「ああ。 私達は二階や三階の完成まではみていないからな」
「楽しみです!」
まさかの師匠以外の客が来たので、従業員のみんなには良い練習台も出来た。
幸い、面識がある分そこまで緊張もしないだろうしな。
サブタイのフォーリンラブは酷いのでやめた。
眠くて頭が働かんかったんだ。許してくれ。




