24話 開業準備と綿布団
「こんな感じで建ててみましたが、どうでしょう?」
「「おぉおおっ!」」
俺たちの目の前には、出来たばかりのマンションが二棟並んでいた。
もちろんこの二階建てのマンションも俺が作ったもので、旅館を本格的に始動させるにあたって、旅館の一階に住んでいたジェイドさん達が移動出来るように建てた、寮的な意味合いもある集合住宅なのだ。
「これが私たちの家なんですね……!」
旅館から少し離れた場所にあるこのマンションは旅館で働く人の寮でもあり、ジェイドさん達は一棟二階建ての六部屋を使ってもらい、もう一棟は今の所希望者がいないのでしばらくは完全に放置プレイである。
「でも、本当に戸建てにしなくて良かったんですか?」
ジェイドさん達は完成を今か今かと待ち遠しそうに待っていたので、全員の目が爛々と輝いていた。
元馬房の家よりかはグレードアップしたので喜ぶのはわかるが、まだ遠慮してるかもしれないと心配になってしまう。
家族ごとの戸建てと、マンションのどちらが良いか選んで貰った結果がこれだったのだ。
人の好みによるのはわかるが、俺ならマンションの一室よりもれなく庭も付いてくる戸建てが欲しいと思う。どうせタダだし。
「はい。 いずれはこの家を出る子供もいるでしょうが、それまでは親族みんなで子供達に楽しい思い出を作ってやりたいと話し合ったのです」
「…………なるほど」
「というより、新参者の私たちにここまでして頂いて本当によかったのでしょうか?」
「それこそ杞憂ですよ」
ジェイドさんはムキムキな見た目によらず、遠慮しいな所があるようだ。
最初からこの村に住んでいた領民達にいつも遠慮しているが、盗賊の件でしっかり貢献しているし、盗賊討伐による懸賞金も実はたんまり出ている。
懸賞金から親睦会で足りない費用や、旅館の設備費用にも充てたりはしたが、懸賞金の半分は彼等の活躍した手取り分だから全く気にする必要はない。
「それより明日から開業しますけど、準備は大丈夫ですか?」
「ええ。 既に泊まっていらっしゃる老師様からも沢山ご意見をいただいたり、ミルクさんにも料理番の者を鍛えてもらって、出来る事はやりましたので」
「…………そうでしたね」
師匠は思いの外あのスイートルームが気に入ったようで、最近は一週間の半分は旅館に泊まっているらしい。
一番先に仕上げた例の綿布団は両親へ、二番目に出来た布団は師匠の部屋へ運びこまれた。
師匠からは自宅用にも綿布団を買いたいと発注されており、母とエミリア、使用人の婆さん三名の計五名で朝から晩まで暇があればチクチクやっている。
綿布団に感動したエミリアのゴリ押しでかなり高い値段を設定したというのに、師匠には「ふっ、買おう」と鼻で笑われた。なにそれマジ金持ちかっけえ。
まあ、いい稼ぎになるので女性陣は必死で綿布団の作製をしてくれているという訳だ。
そんなこんなで、旅館オープンの準備は順調にすすんでいる。
それよりも次に俺が心配なのは、綿布団に使った事で確実に減りはじめている綿の栽培をどうするかという事だ。
「父様。このままではせっかくの収入源がなくなってしまうと思います」
「む」
幾ら大量に自生しているとはいえ、使ったら使った分だけなくなるのは当然の摂理だろう。
フキの場合は夏の季節になるとぐんぐん生えてきたので基本放置だったが、綿はそうじゃないかもしれない。
この村には悲しいことに、現金収入がほぼない。
あるのは特産品として売っている天然酵母パンの僅かな売り上げと、師匠しか泊まってない旅館の宿泊料金の一部だ。
それも、小麦の収穫量が微妙なので販売数は国に支払う税や食べる分を差し引いた僅かな余剰分だけである。
それで今回、いいお値段で売れそうな綿布団に期待が高まっているので、綿の収穫が出来なくなるのは死活問題になってくる。
「栽培していく事はできんのか?」
「みんな、食物を優先して育てたいみたいなんです」
村のみんなに交渉してみた所、万が一の時の事も考えてやはり食べ物の方が魅力的であるとやんわり断られてしまった。
領主の権限で強制的に作らせることも出来なくはないのだろうが、父はなるべく本人達の意思に任せているし、嫌々作らせるのは俺も嫌だったから。
「では、私が育ててみましょうか」
「! じーちゃん!」
ひょこ、と現れたじーちゃん。
困った時にはとても頼りになるじーちゃんだが、じーちゃんは俺の家庭菜園から鶏や牛の玉子の収穫に搾乳など、大忙しのはずだ。
「じーちゃんは既に仕事いっぱいじゃない?」
「それがですね。 鶏や牛の世話を村の子供がやってくれるようになったので、手が空いてるんですよ」
「?」
なんでも、最近は村の子供達が朝早くから手伝いに来てくれるそうだ。
俺が鶏や牛を飼い始めた当初は、特有の匂いを放つ牛小屋や鶏小屋に近づく度、皆一様に耐えがたい顔を向けていた。
なので、世話を手伝ってくれた者には頑張りに応じて玉子や生乳を駄賃がわりに配っていたのだが、それが村人達に伝わると、子供達が毎朝順番に手伝いに来るようになったらしい。うん、美味しいもんな玉子と牛乳。
「牛や鶏の数も徐々に増えていますので、今後の事も考えて管理以外は子供達に任せるようにしました。 自分一人では手が回らなくなるのが目に見えていましたから」
おお、じーちゃんはきちんと後のことまで考えてくれていたようだ。
いつも誰かに丸投げしてる俺とは違い、計画性のある行動に師匠との血の繋がりを感じてしまう。
綿の栽培方法や収穫時期の検証はじーちゃんに頼む事にして、とりあえず肥料はこちらで用意する事にした。
森の腐葉土や牛や鶏の糞の肥料とか。……処理に困って押し付けたわけじゃないからな!?
話し合いの末、いずれは村の中でも養鶏や酪農を始めたいなという言葉で締めくくられた。
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「アル、ようやくあなたの綿布団も完成したわよ」
「えっ!」
夕食の席に着くと、母がにこにこと報告してくれた。
最初は俺の超個人的な寝具改善策として開発された綿布団であったが、知らないうちに領内の事業へと発展してしまったため、優先順位が下げられた俺はまだ藁のベッドだったのだ。
だがこれでもう、全身かゆい朝を迎えることはなくなるのではないだろうか。
綿布団ならこまめに天日干しも出来るだろうし、なんだったら火魔法と風魔法を組み合わせて、高温の乾燥機とか作っても良さそうだ。
「綿布団にしてからはお肌も荒れにくくなって、何よりふわふわで気持ちいいし、温かくてぐっすり眠れるのよ」
「うむ。 あれにしてからは、私もいい睡眠を取れるようになったな。 朝の目覚めが違うのだ」
「お義父様やお義母様の仰る通り、私もこの綿布団を知ってしまったので前のベッドではもう眠れそうにありません」
「はい、僕も今日寝るのが楽しみです!」
お先に綿布団を使用している面々もほくほく顔で、俺もやっと夢が叶うことにワクワクしていた。……恨めしげな二人の男を除いて。
「…………」
「…………」
そ、そんな顔しなくても作ってあげるってば。ね?




