23話 もふもふは正義
「…………おはよ」
「あらあら、また咬まれちゃったのね」
「…………」
朝起きると、俺の腕や足にいくつかの赤いブツブツが出来ていた。
別に今日に限った話ではないのだが、この掻きむしりたくなるかゆみや僅かな痛みが俺にはどうしても不快で、このかゆみで目覚めると決まって眉間に皺がよってしまう。
「アルは意外と神経質なんだよなあー」
ムシャムシャとパンを頬張りながら言ったのはサフライ。 確かに、この世界じゃベッドは専ら藁を敷き詰めてその上にシーツを被せるというハイジ仕様のため、毎日天日干しすることもなく、ダニなどの微生物に咬まれるのは気にしていたらきりがない。
だが、かゆいものはかゆいし、近代的とは言いがたい今の生活に慣れはしても不満は解消されたわけでもないのだ。
「切実にふかふかベッドが欲しい」
「……なんだって?」
もそもそと朝食を食べながら、気付かぬうちに独りごちていたようだ。それを耳ざとく聞きつけたサフライは、獲物を見つけた時の目に変化した。
「んー。 今回ばかりは衣類関係というか、裁縫が関係してきますからね。 流石のサフライ兄様でも裁縫は未経験でしょう?」
「………だな」
ちぇっ、とでも言いそうな顔になる。
サフライはやっぱり暇なんじゃないのか?
「で、そのふかふかベッドとやらは作れそうなのか? 何が必要だ? 裁縫関係というからには布や糸か?」
「えーっと、シーツみたいな大きい布や糸も必要ですが中に入れる “ 綿 ” が一番重要なんですよね」
「「綿?」」
「綿ってなんですの?」
今度はガハンスまで乗り気で会話に加わってくるが、綿については誰も知らないらしい。
王都の騎士団に勤めていた父や兄、ましてや父なんか伯爵家出身の元お坊ちゃんで、現在進行形で伯爵家のお嬢様であるエミリアも知らないということは、この世界に存在すらしない可能性が見えてきた。
話を聞くと、貴族ですら硬いベッド台の上に厚手の布を何枚も重ねて寝ているようだ。
よくそれで身体が痛くならないもんだと感心する。
「じゃあ無いのかな? 一応、村のみんなにそれらしきものを見たことがないか確認してきます」
「ああ、わかった」
****
「ほんなもんなら、南の森近くの湿地帯にようさん生えてたでさあ。 でもありゃ食べられませんよ?」
「まじで!」
午後以降は領内をぶらぶらしつつ、そこいらの村人たちに手当たり次第に声を掛けたらなんと一人目でヒットした! よしよしこりゃ幸先良いぞ〜。
「アル坊ちゃんはまた面白えことするんですかい?」
「面白い、かどうかはわかんないけど。 成功したらイイコトではあるね」
「そりゃいい。 楽しみにしてまさぁ」
ははは、と笑っていた村人に教えられた南の森付近に行くと、黄色と水色のふわふわがついた植物の群れが本当にあった。
「毒は……なさそうだな」
色はやっぱりあちらとは違うのだろうが、鑑定で見た限り特に人体への影響はなさそうだ。
全部摘み取らずに、とりあえず試作品のクッションが作れるくらいの量を無限鞄に詰める。
それだけでも結構な量になったが、自生していた綿は作物が育ちにくい湿地帯に広範囲に沢山自生していたから、これくらいではまだまだなくなりはしない。
目当てのものはゲット出来たので、とりあえず家に帰ってクッションを作ってみる事にする。
「母様ー!」
「もう帰ってきたの? やっぱり見つからなかった?」
「ううん、すぐ見つかった」
結局綿探しは二時間もかからないくらいだった。
ほら、と無限鞄から取り出して見せると母は目を丸くして「確かに見たことはあるような……でもそんなに大きかったかしら?」と何やら呟いている。
よくわからんが、増えたのであればいい事だ。
「余ってる布はあるかな?」
「そうねえ……この間、カミルが置いていったものの中にあったから、それを使わせて貰いましょうか」
タイミング良く伯父が宿泊料がわりに置いていってくれた荷物の中に布があったようだ。
滞在費は要らないと父も母も断ったのだが、かえって儲けが出すぎるからと言って伯父は荷物を軽くして上機嫌で帰っていった。
商いをしに向かった隣村は消滅し、うちの村でも商いどころではなかったと思うのだが、伯父は一体この村の何に商機を見つけたんだろう?
「それで、どうやってつくるの?」
「布は、手に抱えられるくらいの同じ形のものを二枚用意して、裏返してその端っこを縫い付けて、全て縫い切る前にこの綿を入れたいのです」
手振り身振りで伝えると、ふんふんと頷いた母がニッパーのような裁断用のハサミを取り出した。
切れ味はあまり良くないようで、チョキチョキと少しずつ細かく切っていくと、同じ形の丸い布が用意できた。
糸も同じく伯父の置き土産から取り出し、母が裏側からチクチクと縫い合わせる。
俺はその間、茎や葉や綿の中にあった種をちまちまとひたすら取り除いて、綿だけ取り出していく。
そうこうしているうちに、母が作っていた布は綿を詰める穴を残してほぼ形が出来てきたようだ。
「こんな感じでいいの?」
「うん。じゃ、この取ってきた綿を詰めてみるね」
後でぺしゃんこになっても嫌なので、ぎゅうぎゅうに綿を詰める。
詰め終わったら母にまたバトンタッチして、残りの部分を縫い合わせて貰った。
「……はい、できたわよ」
「おおっ!」
「意外と簡単だったわね?」
最後に、チョキン、と玉留めの後に糸を切断すれば、第一号のクッションが完成した。
第一号なので正直クッションというよりは座布団に近い厚みだったが、改良を重ねれば藁のベッドから綿の布団に替えていく事が出来そうだ。
「母様! テーブルの上にクッションを置いて、その上に頭を寝かせてみて下さい」
「……まあ、凄く気持ちいいわ」
俺も久しぶりにクッションのもふもふ感を楽しんで、その後は綿の布団の素晴らしさを母に説き、本格的な綿布団作製について話を詰めていく。
母と話した感じではやはり布が足りないらしい。
綿は大人の拳程の大きさの群れが沢山あったけど、領民全てに行き渡るほどにはさすがにないだろうし。
量産するなら布や糸を買って、綿の栽培も必要か……うーん。どうしようかな。
「とりあえず、うちと旅館の客室は優先してもらいましょうか」
「はい」
貧乏領地だからか、食べられないものはみんなあまり作りたがらない。綿の栽培は後回しになりそうだ。
旅館の客室を優先するのはお金が発生するし、今泊まりに来ているお客さんの為にも一組は先に融通した方がいい。
旅館の収益は巡り巡ってうちの税収にもなるので、長く、何度でも使って貰えるようにお客様は大切にしないといけない。長期投資みたいなものだ。
ーー例えお客さんが、一番いい部屋キープしてる師匠だけだとしてもね! 三階だししっかりお金は貰ってるから!
「お。 できたのか?」
クッションを挟んで未来予想図に二人でにまにましていると、サフライが通りかかった。
ほい、とクッションを渡してやれば「おぉ……これはイイものだ……」と、かなりだらしない顔でもふもふに癒されていた。
うむ。やっぱりもふもふは正義なのだ。




