22話 運命のひと?
「お前達はある意味、出会うべくして産まれたのか」
豪奢な部屋に呼ばれた俺たちに、師匠は目を固く閉じてそう言った。
親睦会の翌日、そのまま旅館の三階に泊まったらしい師匠は陽が上がってすぐ俺を呼んだ。
滅多に使わない通信魔法に飛び起きて慌てて駆けつけてみれば、開口一番にアリスに会わせろと言う。
俺が思っていたよりも師匠はアリスの事を気にかけていたのに驚きつつ、一階にいた出勤前のジェイドさんを捕まえ、元難民を集合させてから師匠の部屋に戻って来たのだが……
「……むう」
小一時間ほど、父より返却されたピアスを調べたり、ピアスをアリスにつけてみたりと検証をしていた師匠であったが、これといった手掛かりがなかったらしい。
「師匠でもわからないのであれば難しいですかね」
「流石は、古来より未だ解明されぬ謎といったところか……」
「老師様。 私達は、アリスにはこのまま村で自由にさせてやれればそれで」
解せぬといった表情の師匠と、そんな師匠をフォローしようとするジェイドさん一族。
まあ、ジェイドさん一族としてはこの村で安心して暮らせる目処がついた今、今すぐに何とかしたい問題ではない様だし、これ以上問題が起きないのならそれはそれでいいのだろう。
「…………そうだな。 古来、か?」
みんなの気遣いを聞いているのかいないのか。
しばらく考え込んでいた師匠だったが、ピン、と何か思いついた様な顔になった。
「アル、お前がアリスの耳に触れてみるのだ」
「へ?」
俺がアリスに?
「ピアスごと耳に触れろ」
「はぁ……」
よく分からんが、師匠が言うなら意味はあるのだろう。 アリスおいで、と手招きしてヨタヨタやって来たアリスに左手で柔っこい耳に触れてみた。……すると。
ーーパァッ!
「ゔぇっ!?」
ま、眩しいッ!
その途端目がくらむ程の光が生まれ、周りに居たみんなもなんだなんだと慌てて目を庇う。
光はすぐに収まったらしく、そろりと片目を開ければそこには驚くべく光景が待っていた。
「「アリスッ!?」」
「はっ? え、ちょ、お前どうしたんだ?」
「え? ええええ? 」
「…………」
俺を含めた全員が困惑の声が次々と上がる中、原因の一人である師匠は静かにアリスを見つめていた。
いつでもどこでもどこまでも冷静な師匠に、俺は思わず口をヒクつかせて、
「し、師匠? これは一体何が起こっています?」
「儂が知るわけなかろう。 だが、そうじゃな……」
そして、冒頭の台詞を吐いた。
「……出会うべくしてって」
「だから儂に聞くな。 それに、その幼児の髪色と瞳の色が変わっているということは強ち間違いでもないかと思うが」
そう、そうなのだ。
俺がアリスの耳に触れた瞬間アリスは光に包まれ、目を開けた時には今の姿に変わっていた。
オレンジの髪と、赤い瞳にーー。
****
「?」
大人達に一人置いてけぼりにされたアリスは、キョトンと首を傾げてその様子を見ていた。
アリスからすれば、自分の髪色や瞳の変化は鏡でもなければわかるはずもないので当然の反応だが……どうすればいいんだコレ?
「恐らくじゃが、これは失われた古代魔法の手掛かりになるやも知れぬ」
「古代魔法ですか……」
「老師様、古代魔法とは一体何でしょう?」
「……初代王の時代には当たり前にあったが、今は繰り返された戦争によって文献すら失われたこの国の最古の魔法じゃよ」
古代魔法については俺も師匠から聞いた事がある。
初代王がこの国を立ち上げた時に、自国の民に外国からの魔の手が伸びるのを防げるよう隠蔽の魔術で国ごと隠したとか、王都には不思議と魔獣が近寄らない古代魔法の魔法陣がいま尚、王宮には刻まれているのだとか。
本当かどうか判断する材料がないが、師匠の師匠は古代魔法について死ぬまでその研究に心血を注いでいたと聞いている。
「……アリスと言ったか。目を閉じて “元に戻す” イメージは出来るかの?」
「?」
「アリス、目を閉じて」
意味がわかっていないアリスの瞼に、ミシェルさんがそっと手のひらを当ててやれば、大人しく目を瞑ったのが僅かに触れたまつげの動きでわかったようだ。
「わっ、また……!?」
しばらくするとアリスは再び光に包まれ、次に目を開いた時には元の配色に戻っている。
その後も俺やミシェルさんが何度かアリスに触れたりして実験を繰り返した結果、どうやらアリスは自分の意思で髪色と瞳の色を変化させることが出来るのではないかという結論に落ち着いた。
「それも、アルファンが最初にピアスに触れてやる事が前提の様だがな」
「ええ。 私達では何の変化も起きませんでしたね。 アル様には、何らかの神々の意志が宿っているのでしょう」
「…………」
師匠の言葉にジェイドさん達は何故か当たり前の様に頷いているが、俺自分がそうですねと簡単に追随出来るものではない。……だが、心当たりなら一つだけある。
「儂にもその理由はさっぱりわからん」
「!」
「そうですか。 老師様でもわからないのであれば、我々にはどうしようもありませんね」
「じゃが、ピアスの存在を隠蔽するにはもってこいの手段が出来た。 その子の害にはならぬだろうから万一の時はアルファンに協力を頼むと良かろう」
「はい!」
師匠がそう言うとジェイドさんやミシェルは殊更パッと顔を綻ばせて、
「アルファン様。 アルファン様には、私達の人生ごと救って頂きながらこれ以上の頼み事をするのも心苦しいのですが、アリスに万一の事があればお願い出来ますでしょうか?」
と、どこか申し訳無さそうに俺を見た。
「は、はい。 もちろんです。 一度助けた以上、途中で投げ出す事もしたくないので」
「ありがとうございます!」
「では、この事はアリスの安全の為にも決して口外しない様に」
その後は、師匠が解散を命じてジェイドさん達は各々の仕事に戻って行く。
部屋に残されたのは、この部屋に滞在している師匠と帰されなかった俺の二人きりだった。
「……もしかして、俺の無属性魔法が原因ですか?」
「恐らくな」
俺がアリスのピアスに触れた瞬間、ピアスは跡形もなく消えていた。
アリスの意思で髪色と瞳の色が戻るとピアスもその耳に元通り収まっていたが、それは俺以外の者が触れてもならなかった現象だったのだ。
「儂も、興味半分にあの場でお前にやれと言ったのは迂闊だったが、あの者達はお前達領主一家に並々ならぬ忠誠を誓っている。 人質でも取られなければそうそう口を割る真似はせんだろう」
「…………」
ましてや、迫害されても手放さなかったアリスの身の安全がかかっているのだ。
師匠には魔法の教えを乞うにあたり、家族や伯父にしか知らせていない六つ目の無属性魔法の存在を知らせていた。
俺は、無属性魔法について自分以外に扱える者がいなかったり、聞いたこともない魔法だと家族が言った事で、どこかで、自分しか扱えないオリジナル魔法だとすら思っていた。
だが、師匠の師匠が古代魔法について調べていたり、アリスが伝承のシウラリアスの末裔だったり、俺自身が無属性魔法を扱えるという事だったり。
偶然ではない、不確かな、だけども意志を持った力がどこかで動き始めているのを感じた。




