21話 お披露目と戸惑い
「も、もう食えん……」
腹をさすり、げふぅ、と下品なゲップを披露したのは父のガジルである。
はしゃぎ疲れたのか、領主一家専用としてキープされている席に戻るなりぐったりとしていた。
「父様、ハーブティを飲めば少しはすっきりするかもしれません」
「ああ、貰おうか」
父はそれをクッと煽って、限界まで膨らんだ腹を宥めた。
どうやら優勝は逃したようだが、入賞の三位には入り後で行なわれる表彰式にも参加するようだ。
領主が村人の中に混ざって村人と共にガハンスから表彰を受ける絵面はなかなかにシュールであるが、楽しければいいのだと言っていた。
「それはそうと、この旅館は気に入ってくれましたかね?」
「当たり前だろ? 年寄り共なんざ腰抜かしてたぜ」
俺の疑問に答えてくれたのはサフライ。
家具や大道具造りが担当だったサフライは、当日の今日は手が空いていたので、午前中から順番に村人を旅館内の施設に案内してくれていた。
「んで、早速 “温泉” が役に立った」
そしてその腰が抜けた爺さん婆さん達を既に稼働している温泉へと浸からせれば、温泉から出て来た者達がホクホク顔で宣伝と言う名の自慢話をするものだから、あとの案内は楽なもんだったな、とサフライは笑う。
「若い奴らは何回も並んで “卓球” してたよね」
「ああ。 今日は温泉も卓球もタダだって言ったらあいつらの目が怖えのなんのって」
温泉ついでに作って貰った卓球台は予想外に人気を博し、若者から中年層まで虜にしてしまったようで、順番待ちの長い行列が見受けられた。
サフライが戯けて言ったように、今日以降は特別な日でもない限り旅館は有料にはなるが、使ってみなければ価値も分からないだろうとの事で、お披露目の本日に限り領民達には無料で開放しているのだからみんなの熱狂ぶりも無理からぬことだろう。
因みに先ほど父が参加していた大食い大会の賞品も、優勝者には三階個室・一泊二日食事付き十回分(五名様迄)、二位には二階部屋・一泊二日食事付き五回分(五名様迄)、三位は父だったので賞品は辞退し、四位に二階部屋・一泊二日素泊り三回分(五名様迄)のチケットをそれぞれ授与する事になっている。
この旅館の間取りは三階建てで、今居る一階は仕切りを取り払えば宴会も可能な十五畳の六部屋と、大型の温泉(混浴ではない)・温泉から上がったあとの寛ぎスペース・卓球部屋・厨房・待合室があり、団体客だったり日帰り客にも利用可能だ。
二階は一般人が利用する客室がズラリと画一化されていて、六畳の部屋(二段ベッド付き)が二十五部屋並んでいる。
一番料金的にもお高くなっている三階は、俺とサフライのこだわりが随所に散りばめられており、三十畳の部屋が五部屋しかないという贅沢ルームだ。
三階の各部屋には、リビング・寝室・キッチン・風呂と部屋内に区切りまでされていて、内装が出来上がった後に、こんな田舎に誰が泊まりにくるんだとサフライと真剣に悩んだ程だ。……と言うか、今も割と真剣に悩んでる。
「アル。 老師様が三階部屋を見学したいと仰っていたので見て貰ったが構わないよな?」
「師匠がですか?」
「ああ、いざと言うときはお前に貸しがあるから大丈夫だと仰って、あっという間に三階に向かってしまわれた」
「…………別に構いませんが」
何なのその、いつにない情熱の傾けっぷり。
確かに師匠には、この旅館の施工者の共同名義として貰ってたり、それでなくともアリスの事だったり色々と(興味のある事限定だが)お世話になっているし借りならたっぷりだ。
だが師匠は、ビューティではないが普段からクールな人なので、この親睦会に参加してくれる事自体が実は珍しい。
名ばかりとは言え、施工者の一人なのだから俺からすれば見学くらいお好きなだけどうぞどうぞ、てなもんである。
「あ、師匠とアリスと言えば……」
最近忙しくてゆっくり話をする暇もなかったが、盗賊の件が終わったら師匠に会わせる約束をしていたんだった。
今日は人の目があり過ぎるので別日になるだろうが、後でジェイドさんやミシェルさんにも許可を取っておかないと。……ちょうど今、手が空いたようだから行ってくるか。
「ちょっとあちらに行って来ますね」
チラッとジェイドさん一家を見やると、話していた誰かが席を離れたようだったので、家族に断りを入れて席を立った。
「あーっ! あぅー」
「お、もしかして覚えてくれてたのか?」
「……アル様!」
いち早く俺に気づいたアリスが興奮したように俺に手を伸ばすと、それに釣られてアリスを膝に抱いていたミシェルさんもパッと顔を上げた。
「あうー! あうぅー!」
「こらアリス呼び捨てしないの。 あ・る・さ・ま、でしょ?」
「あぁーーゔぅーーっ!!」
なぜ悪化した?
まあそんな事はどうでもいいので、とりあえず俺に向かって腕を伸ばすアリスをミシェルさんから受け取ってみると、わちゃわちゃ何やら必死で話しているようだ。……何を言っているのかはさっぱりわからないが。
「ふふ、アリスは今日楽しかったのね」
「えっ?」
「お料理が美味しくて、みんなと一緒に盛り上がってたのが楽しかったみたいです」
さすが母親。こんな半分宇宙語が理解できるとは。
「そう言えばジェイドさんは……」
「あの人なら、この村の兵士の方と交代してくると言って先程出て行きました」
「ほう」
なんでも、今日は自分達が主役である為、この村出身の兵士達が見廻りや防壁の出入り口の警護にあたってくれているようだが、それではせっかくの宴に参加出来ないと気にしたジェイドさん達が兵士と交代しに行ったようだ。……うむ。その心意気は高く評価する。
「では後日でもいいので、アリスとミシェルさんとジェイドさんが揃った時にお話があるのです」
「……っ、それは、アリスに関する?」
話があると言った瞬間、ミシェルさんはピクッと肩を震わせた。
ここまで過敏になるとは、過去の事でさぞかし嫌な思い出があるのだろう。
「はい。 今の時点では僕も何もわからないので具体的には説明出来ませんが、決して無体な事はしないとお約束します」
「…………」
「…………あの、僕の師匠がアリスの件で何か心あたりがあるようなんですが、どうしても嫌なら強制は出来ませんので断わっても大丈夫ですよ? ジェイドさんにもまだ相談してませんし、やっぱりやめときます?」
勝手にこんな事を言ったら師匠に後でどやされるかもしれない。
だが、今にも死んでしまいそうに真っ青になってるミシェルさんに、それを強制する事は俺には出来そうになかった。
「………いえ。大丈夫です」
「そんな顔して無理しなくても、」
「アル様になら、アリスをお任せ出来ますから」
ミシェルさんは、さっきまでの真っ青な顔を、何か決意した様な表情に変えていた。




