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20話 祝福の宴

「アルくん、私に何か手伝えることはないかな?」


「エミリア義姉様(ねえさま)


 我が家は親睦会の前日まで準備を追われ、誰もかれもがバタバタとしている中、本来ならお客様であるエミリアは精力的に手伝いをかって出てくれていた。


「ありがとうございます。 では、旅館の一階と屋外に設置するテーブルや椅子の配置の確認を頼まれているので、お願い出来ますか?」


「わかったわ」


 エミリアは快く了承すると、専属の騎士を連れて足取り軽く旅館へと向かっていった。

 正直、伯爵家のお嬢様を使い走りのように扱うのはとても気が引けるのだが、そこはエミリアがどうしてもと言って引かなかったのだ。

 俺の目には慣れない場所でパタパタ走り回る彼女がとても健気に見えて、なんていうかもう生温かい視線を向けてしまうのをやめられない。


「兄様のこと、本当に好きなんですね?」


「うるさい。 黙ってやれ」


 うぷぷぷ。耳が赤いですよ兄様?

 将来の兄夫婦の仲はとても良好そうでなりよりだ。





****





「これより、親睦会を行いたいと思う。 新たに迎えられるものは前へ」


 そして迎えた親睦会当日。

 父より促されると、ジェイドさんを先頭にしてみんな緊張した面持ちで簡易に設けた一段上の舞台にあがった。


「皆の者も既に兵士として関わり知っている者も多いだろう。 彼らは、件の盗賊により命の危機に晒され、焼き払われた隣村より移住してきた者達だ」


 態々改めて言わなくてもこの小さな村では周知の事であったが、改まったこの場で言うことに意味があるらしい。

 父は力強く難民となった彼らの悲劇を芝居掛かった口調で語り、それを村のみんなは静かに聞いていた。


「そして、我が領の兵士とともに彼らの活躍によって盗賊は廃された! そんな彼らの活躍に敬意を表してこの村の住人として迎えたいと思う! 異議があるものはいるか!?」


 父に煽られた領民たちは、「ないぞー!」「あるわけねえ!」「ジェイドさんありがとう」などと次々に声を上げ、元難民だった彼らは熱烈に歓迎された。

 難民達の中には少々涙ぐんでいる人もいたが、俺たちはこの結果に関しては誰も心配しておらず、ただのパフォーマンスに近いものでもあった。


「あ、いた。 ガハンス兄様! エミリア義姉様!」


「ん、どうした?」


「僕と一緒にちょっと来て下さい」


「えっ、ええ? アルくん?」


 壁の花になっていた二人を見つけ、背中をぐいぐいと押して舞台の端まで連れて行く。

 今日は親睦会の名目ではあるが、ちゃんと祝って貰わないといけない人がここにいるのだから。


「ちゃんとにっこり笑って手を振ってあげて下さいね」


「「は?」」


 意外と鈍いのか、二人は困惑したまま何だ何だと舞台の端まで俺に連れられていく。

 それを見計らっていた父が元難民達を舞台から下がらせると、再び高らかに声を上げた。


「それに合わせて我が領は国王陛下より騎士爵を授爵され、騎士爵領となった!」


ーーざわっ!


「それと、只今より私の長男の婚約発表を行いたいと思う!……アルファン」


「はいっ。 ほら、二人とも!」


「「ええええっ!?」」


 蜂の巣をつついたような騒ぎの中、父の合図に合わせて身体強化を使ってドンッと背中を押してやれば、半分転がるようにして二人は舞台の父の隣に並んだ。


「第一子のガハンスはこちらにいる伯爵家息女のエミリアと一年間の婚約期間を経て、王都のコハンスティール伯爵家に婿入りすることが正式に決まった! 新たな仲間と騎士爵への授爵、そして我が息子の婚約! 一度に三つの慶事とは、こんなにめでたい事はない! 我が領の輝かしい今日という日を、皆で祝おうではないか! 今日は皆、思う存分食べていってくれ!」


 その瞬間、空気が爆発したような歓声に飲まれ、ガハンスやエミリアにはうるさいほどの祝福が降り注ぐ。


 正直うるさすぎて何を言ってるのか全然聴き取れないが、領民たちはみんな笑顔だったからその気持ちは伝わっているのだろう。

 ガハンスは嬉しそうに顔を綻ばせ、エミリアも兄の胸元へ顔を隠すようにして泣いていた。


 これは母が教えてくれた事だが、この世界では結婚適齢期は二十前後となっているらしく、伯爵家のエミリアが二十五歳で初婚だというのはとても珍しいらしい。


 周囲の環境が許さず、一旦は完全に別れた二人。


 エミリアは行き遅れだと周囲に揶揄されながら、この歳までガハンスを想い続けた。

 ガハンスにもまた、浮いた話など一切なかった。

 お互いの両親にも二人の事情は伝わっていたのか、この世界の基準から言えば遅い結婚に口を挟む者がいなくて本当に良かったと思う。


 ようやく二人はみんなに祝われる未来を掴んだんだ。





「アル」


「兄様!」


 一人しみじみしていると、ガハンスが隣に来ていた。

 いつの間にか父も兄もエミリアも舞台から既に降りていたようで、父などは既に兵士に混ざって大食い大会に参加していた。……何やってんのあの人?


「先程の贈り物は楽しんでいただけましたか?」


「……ああ」


「とっても楽しかったわ!」


 ガハンスは少し照れ臭そうに、エミリアは泣いてしまったため目が少し赤くなってはいるが全力で頷いてくれた。

 エミリアは自分の存在があったばかりにガハンスをラナーク村から取り上げる形になってしまったので、まさか領民たちからこんなにも熱烈に祝ってもらえるとは考えていなかったらしい。


「…………だが私は、お前達に重責を背負わせたいわけではなかったんだ。 たしかにエミリアと結婚出来ることは嬉しいが、決して自分だけ幸せになるつもりなんてなかった」


 今となっては、只の言い訳にしかならぬ。

 せっかくの笑顔を曇らせてしまったガハンス。

 だが、家族含めて村のみんな誰もそんなことを考えてはいないだろう。

 兄は兄なりに考えてこの村の良き領主となれるよう毎日死ぬ程努力していたのは、この村に住んでいる者なら誰だって知っている。


「兄様にはあの光景がみえませんか?」


「?」


 ちょいちょいと指で後ろを振り返るように促せば、みんなが仲良く同じご飯を囲って笑ってる姿があった。


「…………確かに僕もサフライ兄様も、兄様に比べれば次期領主としての勉強は始まったばかりで分からない事は沢山あります。 ですが、この光景をただ重いばかりの重責だと考えてはいません」


 兄の背中へ、穏やかな気持ちで伝える事が出来た。

 確かに、領主として人の命を預かる責任は重いだろう。

 だけど、みんなの笑顔を守るべき価値あるものだと感じれるうちは、どうやったって前に進めるのだと思う。

 久しぶりに羽目を外して、領民に混ざってバカやってる父を見たら余計にそう思った。


「どちらが領主になっても、一年後お婿に行くガハンス兄様の部屋はいつでも帰って来れるようにとっておきますから」


「…………そうだな」


「エミリア義姉様も遊びに来て下さいね?」


「もちろん。 私は一人っ子だったから、こんなに可愛い弟達が出来て嬉しいわ」


 ずっと、ガハンスが羨ましかったのよ。

 そう言ってエミリアは少し泣きながら笑った。


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