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20-4 崖から拾った商売人トーマス(4.7k)

 命を粗末にしようとしていた細身の男を、俺が崖側から蹴り飛ばしてから緊急着陸。

 男を蹴り飛ばした衝撃でジェット嬢の財布の一つが破れて、崖の上に金貨をぶちまけた。


 細身の男は大慌てでぶちまけた金貨を拾い集めて、俺達を崖の近くの小さな小屋に案内してくれた。


 その中で俺とジェット嬢は背中合わせで立ったままコーヒーを頂いている。

 ちなみに、【ウィルバーウイング】は一旦外して、小屋の外に置かせてもらっている。


「突然すまんな。俺は異世界の神聖大四国帝国から来た【クレイジーエンジニア】だ。命を粗末にしようとしている奴に裁きの鉄槌を下しに来た」


 初対面が意味不明すぎるので、もうデタラメ全開で行くことにした。


「えーとですね。翼つけて、人形背負って、空飛んで、崖側から人を蹴り飛ばして、金貨ぶちまけるのが【クレイジーエンジニア】の仕事なんでしょうか。意味不明すぎますよ」


 なかなか、良い返しをする。この男とは仲良くなれそうな気がした。

 だが、認識が一部誤っているぞ。


「すまん。成り行き上そうなってしまった。捨てるぐらいならその命使い道があるぞと、つまりそういうことを言いたかった。ちなみに、背負ってるのは人形じゃない。人形はコーヒー飲んだりしないだろ」


 シュバッ


「初めまして、イヨ・ジェット・ターシと申します。今日はユグドラシル王国から散歩に来ました」


 俺の背中のジェット嬢が片腕上げて存在アピールしてから常識的な挨拶をした。


「えー……、申し遅れました。私はトーマスと申します。その御姿も意味不明ですが、ユグドラシル王国から来て、ファミリーネームありということは、貴族か王族の方でしょうか?」


 名前はそういうルールがあったのか。知らなかった。


「まあ、お忍びの散歩なので、そのへんは気にしないで頂戴」


 俺も気にしない。たぶんその名前の秘密も【滅殺案件】がらみだ。


「それで、トーマスさん。命を粗末にしようとした理由を聞かせてもらおうか」


 一度死んでいる俺だからこそ、生きている人には命を大事にしてほしいと思うのだ。


「えー、なんかもうさんざん意味不明な目に遭ったのでどうでもよくなったんですが、実は会社の資金繰りに行きづまって【不渡り】を出してしまいまして。明日の債権者集会でつるし上げられるのが嫌でヤケクソになってました」

「社長さんだったのか。それは大変だな。ちなみにどんな会社だ」


「えーとですね。会社名は【トーマスメタル有限会社】で、金属材料や金属製品の商社です。工場相手の商売なので知名度は低いんですが、国内全域が商圏で、わりと緻密な物流ネットワークを持ってます」

「普通に手堅い会社じゃないか。【不渡り】出すほど追いつめられるなんて何があったんだ?」


 開戦の理由にもつながる重要な情報かもしれない。

 経営者なら言いたくないこともあるだろうが、ここは聞いておきたい。


「えーとですね、最近は軍需品関連でそれなりに儲かっていたんですが、その利益で大量に仕入れた軽金属材料がさっぱり売れず資金繰りが行き詰ってしまいました」

「なんで手元資金がなくなるまで材料を仕入れるんだ。買いすぎだろ」


「えーと、軍が計画していた【空中戦艦計画】が中止されたことで、それ用の材料として開発された軽金属合金の相場が暴落したんですよ。値段が下がった時が買い時かと思って国内から全力で買い集めたんですが、買い集める間にも価格が下がってしまいさらに買い増ししたら資金繰りが行き詰りました」

「おい。暴落の理由分かってたんだよな。だったら、なんでその状況で買うんだよ。おかしいだろ」


「えーと、何もおかしいことはしてませんよ。安く買って高く売るのが商売の基本ですから、安くなった時に買うのは当然です。私は基本に忠実に商売をしようとしただけです」


 俺は、開いた口がふさがらない。


「ここまで商売に向いてない社長っていうのも珍しいわね」


 代わりにジェット嬢がつぶやいた。


「えー、私自分では商売上手と思っているんですけど」

「…………」


 背中でジェット嬢がごそごそと動き出した。


「とりあえず、借金を返せば命を粗末にする理由は無くなるんでしょ。その債権全部私が買うわ。金貨でこれぐらいあれば足りるかしら」


 ジェット嬢が金貨の入った袋を次々と出して背中から俺に渡す。

 金が入っているだけに、ずっしりと重い。

 俺はそれを部屋の中央のテーブルの上に置いていく。


 そして、テーブルの上に金貨の山。

 この世界の金の価値がどれほどのものか分からないが、俺の前世世界でこの重さの金があれば一等地に新築住宅数軒建てることができる。


 この【祈祷料】、元は【全軍から集まった賭け金】だよな。それも一部だよな。

 あいつらどんだけ【急所】に賭けてたんだよ。


 トーマスは大喜びだ。


「ありがとうございます。これだけあれば、借金を完済したうえでさらに材料購入を続けることができます。【不渡り】を出してしまいましたが金貨現物決済なら取引はできますから」


 なんかダメなこと言い出した。


「借金肩代わりするんだから私の指示に従って頂戴。借金返済したら余計な取引はせずに待機よ」


 すかさず釘を刺すジェット嬢。

 コイツはコイツで経営者を手玉に取るのが上手い。


「えーと、待機の件は了解です。では商売上手としての次の提案なのですが、ユグドラシル王国から来たならそちらから、穀物、玄麦とかを仕入れることはできないでしょうか」


 逆らうつもりは無いようだが、トーマスは次の商売の話をはじめた。


「どういうことだ。この国では玄麦が高く売れるのか?」


「ええ、高く売れます。ここ長年の不作の影響で食料価格の高騰が続いていて、今年春頃からついに食料が配給制になったんですよ。予定では今年耐えれば来年からはたらふく食えるはずだったんですが、その見通しが立たなくなったとかで食料価格高騰を抑えるために国が流通を管理するようになりました。そこから外れた自主流通の闇麦の価格も高騰してます」


「なんでそんな事態になっているんだ? 工業技術力はユグドラシル王国よりも進んでいるはずなのに、食料の生産が追い付かないとかちょっと訳が分からないぞ」

「えーと、私も何でこんなことになっているのかよく分からないのでうまく説明できないのですが、原因は二点ありまして、北部の農業地帯の不作が年々深刻化してきたのが一点。魔王討伐完了後のヴァルハラ平野開拓に失敗したのが一点。ですね」


「よくわかってるじゃないかトーマス。説明上手いじゃないかトーマス。ちなみにヴァルハラ平野開拓に失敗したというのが気になるんだがその辺の情報は何かないか?」


「えーと、そのへんの情報は制限されていて公式には発表されていないんですが、魔王討伐完了後に活動を開始したヴァルハラ平野開拓団が【魔物】残党の襲撃を受けて壊滅してしまったそうです」

「情報通じゃないかトーマス。ヴァルハラ平野開拓団のあたりを詳しく頼む」


「えー、ヴァルハラ平野開拓団は三年がかりで編成した大規模な機械化農耕師団です。当初の計画では、魔王討伐完了と同時に広大なヴァルハラ平野を機械力を駆使して一気に開拓して大規模農園を作り、今年作付けして来年には収穫して食糧問題を一気に解決できるはずでした」

「そうか。でも、それが壊滅したっていうのは大変なことなんじゃないか」


「ええ、そうなんです。大変なことなんです。来年からはたらふく食えると全国民期待して空腹に耐えていたのです。でもそれがいきなり潰れてしまいました。そうなるとやっぱり大々的には発表ができず、そのへんは情報統制されている状況です。でも、やっぱりそういう情報ってどこかから漏れるんですよね」

「ちなみにトーマスの情報はどこから漏れたものなんだ?」


「えーと、ヴァルハラ平野開拓団に所属していた弟からの情報です。測量作業中に現場で【魔物】の襲撃を受けたそうで、瀕死の重傷を負いましたが幸運にも生還しました。仲間が多数犠牲になり、準備していた農業機械もほとんど破壊されたと、見舞いに行った時に病室で聞きました」

「情報の信頼度抜群だな」


「ええ、弟は広大なヴァルハラ平野を麦畑に変えることを夢見て開拓団に志願しました。でも、ぜんぶオシャカになってしまったので、玄麦たくさん入手出来たら、闇市場に売る前にパン屋でパンをたくさん作ってもらって弟にたらふく食べさせたいんです」


「なんかしんみり来るな。ちなみにジェット嬢よ。ユグドラシル王国の食料事情はどうなんだ?」

「余裕があるわ。玄麦の国家備蓄は慢性的に過剰だし、ヴァルハラ平野の開拓も進んで今年の作付け量は昨年よりも増えているから、天候に問題がなければ来年はさらに過剰になるわね」


「えー、余裕あるならくださいよ。仕入れた軽金属合金材料と物々交換でどうですか?」

「それは確かに悪くないな。こっちにはそういう材料を欲しがっている連中がいくらか居る。ちなみに、軽金属合金以外に取扱品目何かあるのか」


「えーとですね、ウチは金属製品の商社ですからね。わりと何でもありますよ。材料も機械も国内で製造流通しているものならネットワークを使って何でも調達できます。ここにも資料ありますよ」


 トーマスからカタログのような資料を受け取ったので読んでみる。


 読めん。


 背中のジェット嬢に渡す。


「すまん。ジェット嬢。解読してくれ」

「うーん。文字は読めるけど、書いてある内容は良く分からないわ。材料の名前とその性能を示す数値とか、そんなのがひたすら書いてあるわ」


「トーマスよ。この資料貰っていっていいか? これが理解できそうな知り合いに解読させたい」

「えぇ、いいですよ。その資料にある分は大半在庫しているので即納できます。無いものも取り寄せできますよ」


「ちなみに、その軽金属材料は何処に在庫しているんだ。あと、この小屋自体一体何なんだ?」

「えーとですね、この小屋は当社の休憩所なんですよ。この崖の下に当社の地下倉庫があってそこにいろいろ在庫してます。出入口が海に近いのが難点ですが、わりと地下深いので気温とか安定していて材料保管に適しているんです」


「空から見ると、この辺は平地がたくさん余っているように見えるが、地下にそんな倉庫をわざわざ作ったのか?」

「えーとですね、これは、作ったわけではなく、地下基地のようになっていたこの山を当社が安く買って倉庫として整備して使っているものなんです。さすがに新築するなら平地に倉庫建てますよ。この小屋から地下倉庫に降りる階段ありますが、見学していきますか?」


「いや、今日はいい。長居しすぎた。そろそろ帰らないと帰宅時刻が遅くなりそうだ」


シュバッ


 ジェット嬢が俺の背中で存在アピールしてから話をはじめる。


「トーマスさん。軍関連の情報を集めることってできるかしら。作戦とか、兵器とか。そのへん」

「えーと、軍関係者にも知り合い多いですし、国内の工場はおおむね取引先ですから、調べようと思ったらなにかは分かると思いますよ。変わった動きがないかぐらいは聞いておきましょうか?」


「お願いするわ。私達は近いうちにまた来るから、その時に教えて頂戴」

「えーと、それなら、食料の件をよろしく頼みます。たらふく食べたいです」


「考えておくわ。あと、トーマスさんの天職は商売人以外にある気がするわね」


…………


 当初の目的だったエスタンシア帝国首都カランリアの偵察はできなかったが、それ以上の収穫を得た。

そして、帰るために離陸した時に気付いたが、トーマスの会社はカランリアのすぐ近くだった。


 食料不足と空腹をアピールするトーマスの前で昼食の弁当を食べるわけにもいかず、俺達は帰路で弁当を食べながら飛んだ。

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