20-3 弁当持参でエスタンシア帝国へ不法入国(2.7k)
【黒部隊】が【免許皆伝】となった翌日。彼等は今日は別種類の訓練をするということで、あの訓練の【敵】役の俺達は休みとなった。
今後は人数を減らしたり、メンバーを変えたりと条件を変えてあの訓練を続けるそうだが、俺達の出番は少しづつ減るそうだ。
食堂の方の仕事はフードコートのメンバーによる代行が続いているので、俺達は今日は完全に休みだ。
時間ができたので、俺はかねてから考えていた計画を実行に移すことにした。
朝食後。俺は車いす搭乗のジェット嬢を食堂奥の展示室に連れ込み、秘密会議。
「エスタンシア帝国に不法入国してみようと思う」
「いきなり大胆ねぇ。どうやって行くのよ?」
驚きはしたが、ジェット嬢はあんまり抵抗が無いようだ。
「【ウィルバーウイング】を使う。アレは擬装の工夫もされているから都合がいい」
「行って何をするつもり?」
「とりあえずは、航空偵察だな。空から見ただけでも分かることは案外多い。可能なら現地の人に何か話を聞きたいが、言葉が通じる人が居るかどうかわからんからそこは難しいかもしれん」
「言葉が通じる人ってどういう意味? 言葉は普通に通じるわよ」
言葉が通じる? どういうことだ?
「ジェット嬢よ、エスタンシア帝国に誰かと行ったことがあるのか?」
「それは【滅殺案件】よ」
聞き覚えのある単語が出てきたな。念のため確認だ。
「……ちなみに、寝ながら魔法を使うことってできるのか?」
「できるわけないじゃない」
オーケイ。この【滅殺案件】の意味は確認した。
だが、今気になっているのはそれじゃないんだ。
「この世界の一般常識を教えてくれ。ユグドラシル王国の言葉はエスタンシア帝国でも通じるのか?」
「そうよ」
何が疑問なのか分からないという表情で即答したな。
つまり、この二国間は最初から言語が共通で、かつ、ユグドラシル王国は違う言語を使う他の地域との交流が無いということだな。
一応、疑問の理由は説明しておくか。
「すまんな。俺の前世の世界では国ごとに言語が違うのが普通だったんだ。【トウホク弁】とか【カンサイ弁】とか【ナゴヤ弁】など、国や地域ごとにいろんな言語があって相互にやり取りするために【翻訳】という作業が必要だった」
「そうなの。不便な世界ね」
久しぶりにデタラメ混ぜてやったが、ジェット嬢は興味無さそうだ。
まぁ困ったことにはならないだろう。デタラメ上等。
「ちなみにだが、お金も共通だったりするのか?」
「少額の通貨は一部違うのもあるけど、金貨は共通よ。向こうの都市で買い物も普通にできるわ」
「国交は無いんだよな。国家間で商取引とかはしてないんだよな」
「無いわ。魔王討伐前は魔物が居たせいで国境の往来が困難だったのよ。完全に断絶していたわけじゃないけど、往来自体が命懸けだから交流はかなり制限されていたわね」
長年国交も無いのに、通貨が共通とな。
金本位制でも、金貨の規格とかは違っていてもよさそうなものだが、まぁ都合がいい。
「だったら、現地で買い物することも想定して金貨もいくらか持っていきたい。持ち出せる金貨はあるか?」
「四号室に昨日集めた【祈祷料】があるわ。その中から、持って飛べるぐらいの量を持ち出せばいいかしら」
「そうだな。重くなりすぎない程度に多めに持っていこう」
その後、展示室の本棚にあったこの世界の【世界地図】を見て、行先と経路を確認。
目的地はエスタンシア帝国首都カランリア。
場所はサロンフランクフルトより、北北東300km。
【勝利終戦号】との遭遇を避けるため一旦東に飛び、海岸線沿いを北上して高高度でヴァルハラ川河口を越える。その後、高度を下げて目的地上空まで鳥のフリして偵察飛行。
着陸するかどうかは現場の状況次第。
というわけで、調理場で飛びながらでも簡単に食べられる軽食を詰めた弁当を準備。
遠足セットにその弁当を詰めて、金貨を詰めた袋も持って、防寒着を着用し背中合わせで食堂棟を出発。
【遊覧飛行】の口実で格納庫から【ウィルバーウイング】を持ち出し、いつも通り離陸。
いつもより高度高めで東に向かい海を目指す。
「たまにはこうやってのんびり飛ぶのもいいわね」
ジェット嬢は仰向けで何か食べながらロケットエンジンをしているようだ。
「そうだな。最近忙しかったからな」
空を飛ぶ爽快感は、前世で楽しんだバイクのツーリングによく似ている。二人乗りのツーリング気分で、のんびりと三時間ほど飛行。
途中、海に出たので左旋回で針路を北に変更。
左側にヴァルハラ川河口を見たので、しばらくしてから高度を下げて海岸線沿いを高度300m程度の低高度飛行。
バイクのタンデムとは違って、声を掛け合いながら操縦を二人で行う。
これはこれで楽しい。
川を越えたエスタンシア帝国側のヴァルハラ平野。
見えた範囲では、開発は全く進んでいない。
海岸線上空から東側の一部しか見ていないが、国境を越えて100kmぐらいの区間は街が見当たらず、人が住んでいないようだった。
「ジェット嬢よ。国境近くに街が無い理由に、この世界の常識に照らし合わせて心当たりはないか。宣戦布告でヴァルハラ平野を明け渡せと言っていた割に、自国側の平野部が手つかずなのはおかしいと俺は思うんだが」
このへんは聞き方に注意が必要だ。俺が知りたいのはこの世界の常識だからな。
「この世界の常識から考えると、【魔物】の出没は国境のヴァルハラ川沿いに集中していたから、それを避けるために国境近くに街を作らなかったんじゃないかしら」
「魔王討伐成功に成功して【魔物】が居なくなってから半年以上経っているんだから、俺達みたいに開発を進めていてもよさそうなものだがな」
「それは私も思ったわ。戦争準備するよりもそっちの方を優先してほしいわね」
飛んで上空から見るだけでも分かることは多い。
戦争目的は単純な領土拡張の野望ではなさそうだ。
そうなると、現地の人に話を聞きたいが、都合のいい人物を拾ったりできないものかと地上を探す。
居た。
断崖に一人で立っている細身の男を発見。
太陽を背にしてその上空で旋回。鳥のフリして様子を伺う。
【ウィルバーウイング】はこういう操縦が俺の方からもできるので便利だ。
「何か見つけたの?」
予定外の旋回に気付いたようで、背中からジェット嬢の声が聞こえる。
「話を聞けそうな人間を見つけた。ちょっと様子を見る。もしかしたら着陸もあるかもしれん」
「了解」
細身の男の様子を伺う。
断崖の先端で、崖下を見ている。
靴を脱いだ。
何か、靴の下に手紙のようなものを置いた。
再び、断崖の先端に立った。
「ジェット嬢! 緊急着陸だ! 崖側からあの男に向かって突っ込む!」
「ええっ? 了解!」
なんだかんだ言って、ジェット嬢は俺の無茶ぶりについてきてくれる。




