19-5 赤い凶星ジェット嬢、鬼教官になる(3.3k)
脚の無いジェット嬢が【靴】を贈られた翌日朝。俺達は昨日の少佐の指示通り朝食が終わった時間に裏山の北側にある戦術訓練施設に来ていた。
当面の俺達の主な仕事はこの訓練施設での兵士の訓練補助とのこと。俺達がしていた食堂棟の仕事はフードコートのメンバーが代行するそうだ。
外から見ると分からないけど、ジェット嬢は指示通り【靴】を履いてきたとか。
靴以外に服装指定は無かったので俺はいつもの作業着ぽい服。
ジェット嬢もいつもの薄赤色のメイド服。
まぁ、背面背負い背負子ハーネスの都合もあり、俺が規格外のビッグマッチョだったりと、仕立てた服しか着れないので俺達は服の種類が少ない。
戦術訓練施設の集合場所の隅、用具入れの軒下で壁を背にして朝礼が始まるのを待っていると、集まった兵士達の話し声が聞こえる。
「今日から訓練の指導員にあの【赤い凶星】が来るらしいぞ」
「それは助かるな。ペイント弾とはいえ、キャスリン様を撃つのは抵抗あったからな」
「【赤い凶星】相手なら、躊躇なく撃てる。ペイント弾まみれにできる!」
「【赤い凶星】には王宮騎士団時代には世話になったからな。今度こそ【ギャフッ】と言わせてやりたいものだ」
兵士達からはジェット嬢はおそらく見えていない。
会話の中に含まれる物騒な謎の固有名詞が気になり、背中に張り付くジェット嬢を見ようとする。
見えないけど。
ジェット嬢が震えながら小声でつぶやく。
「聞かなくてもいいのよ」
それもそうだな。
朝礼前に少佐より訓練内容の説明を受ける。
俺達が訓練を担当する部隊は【黒部隊】と言って、総勢八十一名の特殊部隊らしい。そして、その訓練方法は【逆もぐらたたき】とのこと。
【黒部隊】が何をする部隊でこれが何の訓練になるのかは作戦内容の漏洩防止のために秘密らしいが、訓練のルールは決まっているという。
150m四方ぐらいの草むらのような訓練フィールド内に地下通路とその出口が多数準備されている。要するにモグラ穴だ。
その中央付近に【敵】役が立ち、兵士達はモグラ穴からその敵役目掛けてスリングショットのようなものでペイント弾を発射。命中したら勝ちというもの。
ただし、兵士達は九人一組。
九対一のイジメのようなサバイバルゲーム。
しかも、兵士達は地下通路を自由に移動して、隠してある多数のモグラ穴のどこかから奇襲攻撃をしてくるというとんでもないルール。
【敵】役は飛んでくるペイント弾を回避しながら、機関銃を模擬した魔力駆動の圧縮空気砲で反撃するのが役割とのこと。
前回まではそれをキャスリンと砲塔設計のあの二人が専用の旋回砲塔でしていたそうだが、訓練が進むにつれて彼等ではすぐペイント弾まみれにされるということで行き詰っていたらしい。
いや、この【敵】役、無茶苦茶ハードだろ。
キャスリンにさせるなよ。
昨日ジェット嬢が贈られた【靴】はこの訓練で敵役をするためのアイテムで、かつてフォードやプランテを吹っ飛ばした【二連装ジェット砲】を長射程、低反動化するためのオプションパーツだそうだ。
開発はキャスリンと【ジェット☆ブースター】開発チーム。
この【靴】を魔力推進脚に装着することで【二連装ジェット☆バズーカ】となり、最大出力だと100m先に居る兵士を吹っ飛ばせる威力があるとか。
脚の無いジェット嬢の強烈な【蹴り技】だ。
殺傷力は無いが、蹴り飛ばされるとしばらく動けないぐらい痛いらしい。
原理がいまいち謎だが今回の訓練にはうってつけのアイテムだ。
九人編成のチームが九チームあるので訓練は順番で行う。
朝礼が終わり、第一ラウンド開始。
訓練フィールド内の草むらの中に立つ俺とジェット嬢。
いつぞやの敵に背中を向けて戦うというデタラメな戦闘スタイルの再現だが、今回は俺には敵が見えない。索敵もジェット嬢頼みなので、俺は【脚】の役割に徹する。
ジェット嬢が少し動いた。それに合わせて俺は方向を変える。
日常的に背中合わせで行動しているので、ジェット嬢の動きから向きたい方向が分かる。
「気配が消せてないわ!」 バァン 「グェッ」ドサッ
【二連装ジェット☆バズーカ】が炸裂。
一名蹴り飛ばされた。
「味方が撃たれたぐらいで動揺しない!」 バァン 「グハッ」ドサッ 「ギャッ」バサツ
二名蹴り飛ばされた。
恐るべし【二連装ジェット☆バズーカ】。
背後だから見えないけど、僅かな反動と発射音と悲鳴で分かる。
両脚使って二人を同時に蹴り飛ばしたよ。
【連装砲はこうやって使うんだ!】と言わんばかりだが、普通の連装砲はそんなことできない。
ジェット嬢が動く。反転だな。俺は素早く後ろを向く。
「射撃が遅い!」 バァン バァン
二名蹴り飛ばされた。
バァン バァン バァン
突如左脚【ジェット☆バズーカ】が右側面に三連射。
ペイント弾の弾丸を蹴り落とした。
「撃ったらすぐに隠れなさい!」 バァン 「ゲブッ」ドサッ
一名蹴り飛ばされた。
【二連装ジェット砲】よりも低反動なので、腰を痛めずに側面への片脚射撃もできるようだ。
そして、ジェット嬢の動きに合わせて、左90°回頭。
バァン バァン バァン
俺から見て後ろ側なのでよく見えないが、またペイント弾の弾丸を蹴り落としたのか。
「攻撃するなら連携しなさい! 何のために九人居るの!」 バァン 「ギャ」ドサッ
一名蹴り飛ばされた。
「うおりゃぁぁぁ!!」
俺から見て正面の茂みから兵士二名が同時に飛び出してスリングショットをかまえる。
素早く反転。
「コラー! 飛び出してどうすんのよ!」 バァン バァン
二名蹴り飛ばされた。
全滅。
「全然ダメじゃないの。私が機関銃だったら全員戦死よ」
次のチームに交代。
彼等も同じように全滅した。
チームを交代しながらひたすらその訓練を続けた。
隠れても気配で見つかり、撃とうとしたら即座に蹴り飛ばされる。
撃ったとしても、ペイント弾を蹴り落とされ次の瞬間自分も蹴り飛ばされる。
九人がかりでも歯が立たない。
【二連装ジェット☆バズーカ】は、大腿切断になったジェット嬢の両脚である魔力推進脚を【砲身】としたもの。
俺の背中に張り付いた状態だと、後ろ側に広い可動範囲があり脚なだけに旋回砲塔よりも断然動きが速い。
それは分かる。
でも、それでどうやって狙い撃ちができるのか、俺にはさっぱり分からない。
およそ80m離れた等身大の標的。
普通に手で銃を構えても当たる気がしない。当然、脚に銃を付けたら無理としか言えない。
にもかかわらず、ジェット嬢は瞬時に確実に蹴り飛ばすだけでなく、飛来するペイント弾の弾丸すらも平然と蹴り落とす。
これが【赤い凶星】か。
俺は、それで納得することにした。
昼食をはさんで一日中訓練。
日が傾いて訓練終了の時刻。
いたいけな【黒部隊】の方々は、【二連装ジェット☆バズーカ】に何度も蹴り飛ばされ、結局この日の訓練ではペイント弾は一発も命中しなかった。
【黒部隊】の終礼にて、俺が皆に背中を向ける形で壇上に立ちジェット嬢が今日の訓練結果と指摘事項を発表する。
「全員全然ダメよ! このままじゃ敵の機関銃で全員戦死よ!」
「サー・イエッサー!」
「動いてないのに【気配】を消せないとか論外よ! それじゃただの標的よ!」
「サー・イエッサー!」
「まず、【気配】を消して動きなさい! コレは日常生活で常に意識して訓練よ!」
「サー・イエッサー!」
「そして、【連携】しなさい! 九人居てもバラバラだったら一対一を九回で撃破されるわ。まずは、九人一班を三人三組と考えて、日常的に三人で【連携】して動く練習をしなさい!!」
「サー・イエッサー!」
「【連携】と並行して【作戦】も考えなさい! 動く相手を狙うのではなく、相手を動かして、隙を作って【同時弾着】で【急所】を仕留める。そのぐらいできないと生き残れないわよ!」
「サー・イエッサー!」
「私を【ギャフッ】と言わせたいんでしょ!?」
「サァァー・イエッサァァァァーー!!!!」×81
「あと、私を変な渾名で呼ぶのやめてもらえるかしら」
「…………」
「返事は!!」
「サー・イエッサー!」
【鬼教官】だ。
俺達が昇っている壇の左下で少佐が満足そうに頷いていた。
きっと、彼等は最強の部隊になるよ。
エスタンシア帝国との開戦期日まで残り三十八日。
俺は、気になることができていた。
●次号予告(笑)●
戦争に向かって時が進む中、男には気になることがあった。
【エスタンシア帝国】
川を挟んだ陸続きであるが、長年国交が無かったとされる隣国。
そして、【宣戦布告】を受けた敵国。
一体どんな国なのか。当然の疑問を持った男は、驚愕の事実を知る。
長年国交が無いのに、言語も通貨も共通。
前世世界で【外国】という物を知る男はその事実に疑問を抱く。
そして、疑問の答えを求めて、背中合わせの二人は弁当持参で空から国境を超える。
次号:クレイジーエンジニアと不法入国




