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19-3 女の過去は滅殺案件(2.8k)

 その後、ジェット嬢が遠足グッズからコーヒーの入った水筒とビスケットを出してきたので、二人で軽く夜食をつまむ。


 俺の脚の上に座るジェット嬢。

 その頭にカスを落とさないように注意しつつビスケットを頂く。


 成人女性を脚の上に乗せてその頭を見下ろせるのも、俺が規格外ビッグマッチョだからできることだろう。


 しばらくするとジェット嬢は俺にもたれてきた。眠くなったのか。

 倒れないように両手で支えながら、俺は考える。


 開戦は止められない。

 そう自分で言っておきながら、俺は心の中では開戦回避のミラクルを密かに期待していた。

 王族をバカと罵倒しておきながら、俺は覚悟が出来ていなかった。

 それに気付いた。


 俺は軍人じゃない。技術者だ。

 本職の軍人が動き出したなら戦争に関しては彼等に任せよう。

 頼まれたことは手伝うけど、それ以上のことはしなくていい。そもそも俺はこの世界では【異物】だ。ある意味ジェット嬢同様のデタラメ要素だ。

 あんまり前に出てはいけない。


 それよりも、俺は俺のことを考えよう。


 【異世界転生モノ】の定番として、異世界に転生した主人公は何らかの【特典】を貰うパターンが多かった。

 強力な魔法だったりその世界では一般的でない特殊な能力だったり。


 そのパターンに従うなら、俺が【特典】を貰っているとしたら何だろうか。


 思い当たるのは一つ。このビッグマッチョボディだ。

 ジェット嬢を背中に張り付けての日常生活を可能にしただけではなく、この身体の怪力はフォークリフトやホイールローダの代わりとしてサロンフランクフルト周辺で地味に重宝された。


 戦闘センスは皆無で魔法とか変な術とかは使えないけど、そういうたぐいの【特典】よりも実用性という点で優れている。


 そして実は俺も個人的に気に入っている。

 前世の俺は長身ではあったがマッチョではなかった。

 マッチョと怪力に憧れていたので今の身体に満足している。


 だから、身体を大事にするために毎朝毎晩ストレッチだけはしてる。


 まぁ、それはいい。


 【異世界転生モノ】には【特典】とは逆の【縛り】みたいなものが出てくる場合もあった。

 俺の場合も心当たりがある。


 この世界の文字が読み書きできない。


 この世界にも子供向けの文字学習教材はある。

 それを使ってフォードやプランテに文字を教わったことがある。

 だけど、さっぱり頭に入らなかった。


 これが【異世界転生モノ】の【しばり】に該当するかどうかの確信は無い。

 前世の俺は外国語を習得できた経験が無い。無論、教育は受けた。辞書を片手に翻訳するぐらいはできた。でも、日常的に使いこなせるレベルで外国語を習得したことは無い。


 だから、【しばり】なんて大層なものではなく単純に苦手なだけかもしれない。


 剣を折ったり大砲を暴発させたりするのは、前世の俺から継承した【ダメ行動癖】だ。

 【縛り】とは多分関係ない。


 そして、一番気になっていること。

 【異世界転生モノ】のパターンと比較すると矛盾する点が俺にはある。


 勝手に転生の【特典】と解釈して好きなように活用しているこのビッグマッチョボディ。

 この身体は、元は俺じゃない誰かのものだ。


 【異世界転生】には大きく分けて二種類ある。

 元の肉体を持ったまま異世界に送られる【転送】と、死んで異世界に生まれ変わる【転生】。

 コレを別ジャンルとする考え方もあるが、そこは今はいい。


 今の俺はどちらにも該当しない。

 肉体が別人になっているので【転送】ではない。

 ジェット嬢に顔をしこたま殴られたことで前世の俺の人相に近づいてはいるが、身体は別人だ。


 【転生】だったらこの身体の元の持ち主がこの年齢まで生きた人生の記憶も持っているはずだが、今の俺にはそういうのは全く無い。

 だから【転生】とは違う。


 別人の肉体に魂だけ憑りつく【憑依ひょうい】に近いが、そういうのは何かの拍子に元の人格が出てきて俺が知らない間に何かをしていたりするものだ。

 だが、俺の周辺にはそういう痕跡は無い。


 この【憑依ひょうい】はあり得ると思っていたので、俺はここに来てからの日数を毎日記録しており、俺の記憶と周囲の変化を照合して矛盾が出ていないか日常的に確認している。


 ジェット嬢の【回復魔法】により俺が【波動酔い】で寝込んだ時は少し焦ったが、その時も俺が知らないうちにこの身体が動いて何かをした形跡は無かった。

 この事実と照らしあわせると【憑依ひょうい】とも違う。


 確認しようと思ったら、手段はあった。

 この身体の元の持ち主を知っている人物に心当たりがある。


 ジェット嬢だ。


 最初に出会った時、この身体の上に乗りあげようとしていた。

 そして、俺が振り落とした。

 どういう関係かは分からないが、脚が動かなくなるような負傷をした状況で、俺が来る直前まで行動を共にしていたのなら、確実に知り合いだ。


 ジェット嬢はこの身体の元の持ち主を知っている。


 そして、それは魔王討伐作戦で戦力としてある程度重要な役割を担っていた人物と考えられる。

 ジェット嬢は、魔王討伐隊の一部隊と言っていたが、この身体が最初に持っていたあのミラクル残念剣は【国宝の魔剣】と言っていた。


 俺が壊してしまい、今は【勝利終戦号】の【魔導砲】になってるアレだ。

 そんな物を持っていたのだから主力級の戦士だったに違いない。

 そしてジェット嬢のデタラメ魔法攻撃力も戦力としては主力級に思える。

 俺が来る直前までは世界最強の二人だったんじゃなかろうか。


 そして、この国の王族との関係も気になる。

 投獄された時にジェット嬢は国王に直談判して秘密会合を準備した。

 つまり、少なくともジェット嬢は王族と交渉が出来るぐらいの地位に居たと考えられる。


 ずっと気になってはいた。

 そして、聞く相手はいつも背中に居た。

 だけど、俺は聞けなかった。聞かなかった。

 それを聞いてはいけない気がした。


 俺の前世の妻は再婚だった。

 だから、初婚だった俺より前に相手が居て、その相手と結婚生活をしていた。でも、俺はそれについて聞いたことは無い。聞かなかったし聞こうともしなかった。聞いてはいけない気もした。

 結婚生活自体がそこそこ幸せだったので過去が気にならなかったというのもあるが、聞いてはいけない気がしたのは確かだ。


 つまりそういうことだ。

 女に過去のことを聞いてはいけないのだ。


 この身体の元の持ち主は気にはなるが、調べる方法は他にもあるし別に知らなくても困らない。

 だから、これについてジェット嬢に聞くのはナシだ。

 何があってもそれは守らなければいけない気がする。


 長い思考の末、改めて確認した男の人生のことわりを俺はつぶやく。


「女の過去は【滅殺案件】。どちらの世界でも共通だ」


 ジェット嬢は俺にもたれかかって寝息を立てている。

 顔は見えないが、寝ているのだろう。


 足元は相変わらず暖かい。魔力推進脚温風機は寝ながらでも運転できるのか。

 本当に【高性能】だ。


 俺も頭を使ったせいで眠くなった。少し寝るか。


 今日は休みだ。有給休暇だ。

 給料は無いけどな。


 夜が明ける前ぐらいにいつぞやのように空を飛んで【朝帰り】するか。

 あの飛び方を見られないように。

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