19-2 魔王討伐隊の前線基地跡地にて――(2.3k)
ジェット嬢に背負われた状態で空を飛ぶ【カッコ悪い飛び方】で夜空を飛ぶ。
星を見ながら頭を冷やしてどれだけ時間が経っただろうか。
目の前が明るくなる。
ジェット嬢が火魔法による照明を出したようだ。
「到着よ。着陸準備」
足下およそ1m下に地表が見えた。障害物ナシ。ゆっくりと降下する。
推進噴流に気を付けながら脚を伸ばす用意。そして、ジェット嬢に合図。
「推力カット」
推進噴流が止まると同時に、脚を伸ばして地面を掴む。
ソフトに着陸成功。
「アンタは着陸が上手いわね」
「そりゃどうも」
ビッグマッチョだからな。
ジェット嬢を背中に張り付けた状態で跳んだり走ったり着陸したりと、力技ならなんでもアリだ。
さて、ここは何処だろうか。
ジェット嬢の出した照明を頼りに周りを見渡す。
見覚えのある馬車の残骸が目に入り、ここが何処かを理解する。
「魔王討伐隊の前線基地跡地か」
「そうよ。久しぶりでしょ」
魔王討伐隊の前線基地跡地。
ジェット嬢と出会った時の最初の目的地。
ここで大砲を暴発させた後、ロケットボートを組み立ててヨセフタウンまで飛んだ。
よく見ると、あの馬車の残骸はあるがそれ以外の廃棄物がだいぶ減っているような気がする。
とくに大砲。暴発させたやつ以外にもいくつかあったと思うがそれが見当たらない。
「ちょっと寒くなってきたわ。あの馬車に入りましょ」
季節は秋と冬の間。そしてここは標高が少し高い。確かに寒い。
言われたとおりに馬車に入り、いつぞやのように俺は馬車の床に座る。
前世世界の観覧車のゴンドラのようなサイズの馬車。
ビッグマッチョな俺は座席に座ると窮屈だから脚を伸ばして床に座る。
あの時もそうだった。
でも今回はあの時と異なり、ジェット嬢は俺の脚の上に座っている。
俺が椅子になるような形だ。
何処から持ってきたか分からないが、ジェット嬢の脚の上から毛布を掛けている。
いつも背中に張り付いているジェット嬢だが、前に乗せるのはこれが初めてな気がする。
毛布の下、脚のあたりがほのかに暖かい。
魔力推進脚のノズルからほどよい温風が出ているのを感じる。
飛べるだけではなく暖房器具にもなるのか。
本当に便利だな。
「王宮からアンタに手紙が二通届いてるわよ」
そう言ってジェット嬢が俺に二通の手紙を差し出す。
「そうか。分かるように解読してくれ」
「一つは、任命書よ。おめでとう。国王直属の作戦参謀に任命されたわ」
「そうか。出世か。俺も王宮の仲間入りか。あのバカ共を正式にシバけるな」
バカとは言ってはみたが、今はバカとは思っていない。
確かに初動は遅かったが、彼等は優秀だと今なら分かる。
「もう一つは、除名処分通知書よ。すべての役職を解いて王宮から追放となっているわ」
「どういうことだ。任命と同時にクビか? 意味が分からないぞ」
「アンタの仕事は終わったってことよ」
「俺が居なかったら、今回の作戦は!」「アンタここ数日何もしてないわ」
ジェット嬢は俺の発言を遮り言う。だが、そんなことはないはずだ。
「忙しく仕事はしていたぞ、【八咫烏】の確認、輸送計画の確認……」
そう言いかけて、自分で気付いた。
「忙しく動いてはいたけど、見ていた、だけだな。何もしてない」
「そう。アンタはもう自分がいなくても大丈夫なように、必要なものをぜんぶ繋げたの。仕事は終わったのよ」
「しかし、王宮はどうなんだ。俺がいなくて大丈夫か?」
「アンタはバカバカ連呼してたけど、あの人たちはバカじゃないのよ。歴史や知見がなくて、考え方が分からず初動に失敗したのは確かだけど、アンタが教えた考え方を元に必死で考えて状況を打開しようとしてる。優秀なのよ」
そうだな。
確かに、一部の計画の発案は俺だが、この短期間に前線基地を形にして作戦を具体化したのは彼等の力だ。彼等は優秀だ。
「そうか。俺の仕事は終わったのか」
達成感、安堵感、そして、軽い虚無感を感じて、受け取った手紙に目を落とす。
読めない文字ばかりが並ぶその手紙。
その右下にある、なにか見覚えのある押印。
それを見て、記憶がフラッシュバックした。
「あーっ!」
「何なの突然?」
驚いたジェット嬢が俺を見上げる。
俺は思い出した。
こちらの世界に来た直後のことを。
初対面のジェット嬢を放置して逃亡した後、林の中の石の上で見たものを。
そのときポケットに入っていた二枚の紙を。
それには今手に持っている紙と同じ押印がされていた。
「覚えてるか? 最初に会った時のこと。あの時、俺のポケットには書類が入っていた。それにはこれと同じ押印があったんだ。たぶん林の中で魔物に追われているときに落としたんだと思う。それを見れば開戦回避の秘策が見つかるかもしれん。取りに行くぞ!」
俺は立ち上がろうとしたが、ジェット嬢は動かない。
「それを取りに行ってどうするつもり? アンタ読めないでしょ」
何でそんなことを聞くのか疑問に思いながら応える。
「いつも通りオマエが読んでくれ」
「読まないわ」
「じゃぁヘンリー卿かウィルバーに読ませる。あいつらにも読める文字で書かれてるんだろ?」
「燃やすわ」
「何?」
「読ませる前に燃やすわ」
そう言って、魔法で小さな炎を目の前に出す。
俺が持っていた王宮からの手紙に引火してそれを燃やした。
「私に見つからずに持って帰る自信はあるかしら」
無理だ。
「……」
俺の脚に座ったジェット嬢が鋭い目線で俺を見上げる。
そして俺も気付く。
あの書類はあの時あの場所で使わなければ意味が無かったものだ。
そして、今出てきたら事態を厄介な方向に変える可能性すらある。
いや、今どんなものが出てきたとしても、もはや開戦は不可避だ。
「……すまん。俺の記憶違いだ。そんなものは無かった。無かったよ」
「そう。しっかりしてよね」
ジェット嬢は目線を落とし、残りの手紙も、今日読んでもらうはずだった資料も全部燃やした。




