19-1 ジェット嬢に拉致られた夜(2.3k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから二百六日目、サロンフランクフルトで開戦準備が始まってから十五日目の夜。夕食の片付けが終わった時間。
有翼貨物コンテナ【八咫烏】の機体が完成したということで格納庫で現物を見てきた。
前後両端だけ流線形にした貨物コンテナの上に大型の翼をつけたようなもの。
翼の上に操縦席があり、主翼の動翼で舵を切る。
操縦は【ユグドラシル王国戦略空軍】の三人が担当とのこと。
ユグドラシル王国全土で製造される武器や弾薬。戦場で必要となる大量の食料。それをこの場所に運搬する【国家総動員兵站計画】の一端を担うものだ。
輸送計画全体としては陸上輸送が主であるが、砲弾や弾薬などの【爆発物】を陸上輸送で運ぶのは危険が伴う。
そのため、南部の鉱山地帯で製造される弾薬の一部をこの【八咫烏】で行う。
事故発生時の市街地への墜落を防ぐため、飛行経路は東海岸沿いの海上。
積み荷の弾薬が発火する等の事故が発生した場合は乗員は脱出してコンテナは海上に投棄、ジェット嬢の火魔法で爆破処分する手順だ。
【国家総動員兵站計画】の取りまとめはイェーガ第二王子が担当。
推進機開発の遅れによる【八咫烏】稼働の遅延をカバーするため輸送計画の修正を行っているそうだ。
機体を見て現状の説明を受けて俺は食堂棟に帰った。
今日は月が出ていない。
食堂棟に帰ったら食堂のテーブル席で車いす搭乗のジェット嬢が待っていた。
東池のほとりで各地から届いた資料を読んでもらう、例の日課の時間だ。
「日課が終わったら散歩行きたいの。散歩行きましょ」
珍しくテーブルの上にいろいろなお出かけ用品を用意している。
帽子にゴーグル、小さめの鞄とか。俺にはなんとなく、それが遠足グッズに見えた。
遠足グッズを装備したジェット嬢を背中に張り付けて食堂棟を出る。
月が出ていないので建屋から離れると暗い。
建屋から離れて足下が見えなくなったあたりで、ジェット嬢が火魔法の応用で照明を出してくれた。俺の頭上に明るい火の玉のようなものが浮いている。
その明かりを頼りに東池のほとりまで歩く。
足取りは重い。
東池のほとりに到着し、懺悔の時間。
各地からの報告書をジェット嬢に読んでもらおう思ったら照明が消えて真っ暗に。
「どうしたジェット嬢。照明無しで読めるのか?」
背後でジェット嬢が動く気配。
魔力推進脚が俺の方に向いたような気がした次の瞬間。
バァン 「痛てぇ!」
膝の裏側に衝撃波。
【膝カックン】という地味に危ないアレを衝撃波でやられてバランスを崩す。
「何するんだ! 危ないだろ!!」
気が付いたら、ジェット嬢に背負われる姿勢で宙に浮いていた。
【カッコ悪い飛び方】だ。
「アンタ本当に重いわね」
「当たり前だ! やめろ! 降ろせ! この飛び方は!」
「動かないで。バランス取れなくなる。転覆するわよ」
フラフラと宙に浮きながら高度が上がっていく。
左側に街の明かりが見える。
あの明かりがヨセフタウンだとしたら、俺達は西を向いているのか。
「なんのつもりだ!」
「お散歩よ。ゆっくりと脚をたたんで頂戴」
この高度から落ちたら俺も無傷で着地はできない。素直に言われたようにする。
脚をたたむと同時に西向きに加速する。
翼無しの魔力推進脚の推力だけでの飛行だが、いつもより騒音が少ない。
「ずいぶん静かじゃないか」
「この姿で飛んでいるところを見られたくないから工夫したのよ」
【カッコ悪い飛び方】
ビッグマッチョの俺が体育座りのような姿勢でジェット嬢に背負われて飛ぶ。
このカッコ悪さはジェット嬢も気にしていたんだな。
「どこに行くんだ? ヴァルハラ平野上空は飛行禁止だぞ」
「アレの居場所は分かってるから、しばらくは南寄りを飛ぶわ」
「真っ暗で地表が見えないと思うが、何処を飛んでるのか分かるのか?」
「私が見えるから大丈夫よ」
月の無い夜。
明かりの無い地上。
どうやって見えるというのか分からないが、ジェット嬢のことだから居場所が分かるぐらいには見えるんだろう。
【カッコ悪い飛び方】は巡航高度、巡航速度に達したようで、飛行を続ける。
体感的に巡航速度は【ウィルバーウイング】よりも速い。
たまに左右に揺れるような動きをする。
スピードスケートで加速するときにするあの動き。
よくわからないが、この飛び方での魔力推進脚の操縦方法なんだろうか。
それとも、単純に自由度の高い飛行を楽しんでいるのか。
俺は仰向けなので夜空に星が見える。
あまり空を見上げることは無かったが、前世世界と同じでこちらの世界でも夜空に星は輝いているのだ。そういえば普通に月もあったな。
帽子はあのコサック帽をかぶっているが、高速飛行で風が当たると頭が冷えてくる。
身動き取れない状態で頭を冷やされて、この世界に来た時や今までのことをいろいろ考える。
俺の前世世界のファンタジーには【異世界転生モノ】と呼ばれるジャンルがあった。
俺はそういうファンタジーがわりと好きだった。
当然、それ以外のジャンルも好きだ。
【悪役令嬢】
【聖女】
【婚約破棄】
【架空戦記】
【不条理ギャク】
【ロボットモノ】
全部好きだ。
本屋の片隅にあるそのコーナーで香ばしそうなタイトル選んで大人買いして、隙間時間にこっそり読むとだいたい面白かったのはいい思い出だ。
いや、今はそれはいい。
そういえば前世の俺はファンタジー以外でも読書が好きだった。
でも、今はこの世界の文字の読み書きができないので読書はお預け状態。
それがあんまり苦にならなかったのは、それ以上に日常が充実していたからだろうか。
もちろん、楽しいことばかりじゃない。辛いことも多い。特に最近は正直辛い。
だけど、それは転生とかとは関係ない。
何処の世界でも人間として生きるなら当然あることなのだ。




