18-4 ジェット☆ブースターと品質保証部(4.2k)
裏山の訓練陣地での訓練が開始された二日後の午後。俺とジェット嬢は【西方航空機株式会社】の【機動推進機試験所】に来ていた。
この施設は、格納庫の少し北側にいつの間にか作られていた施設で、鉄筋コンクリートのようなもので出来た半地下構造のやたらごつい造りの建物だ。
一緒に来たジェット嬢は今は俺の背中に居ない。
【西方航空機株式会社】の【機動推進牽引機開発チーム】所属の女性技術者二名と手伝いに来ていたメアリにより、施設内の隅の試着室のようなところに運ばれて【お着換え】中だ。
その間に、ウェーバから新型輸送機【八咫烏】の構想図を見ながら説明を受けている。
「この【八咫烏】は航空輸送を目的としているけど、輸送機とはちょっと違うんだ」
「図を見ると、確かに俺の知っている飛行機からはかけ離れてるのが分かる。飛行機というよりは、翼をつけたコンテナだな」
「まさにそれなんだ。だから社内では【輸送機】ではなく、【有翼貨物コンテナ】と呼んでる。開発開始当初はこれに推進機を搭載して自力で離陸できるような構造にする予定だったんだけど、いろいろ問題が出たから推進機を外付けにしてワイヤーで牽引する形に設計変更したんだ」
「なるほど、それで機体にプロペラが無いのか。俺の前世世界ではそういうのを【グライダー】と呼んでたな。もっとも、形は全然違うがな。そして、その外付けの推進機として、ジェット嬢を使うと」
そんな話をしていたら【お着換え】が終わったようで、試着室のような部屋のカーテンが開いた。
その中には、ロケットノズル付きのフレームに【磔】にされたジェット嬢が居た。
それを女性技術者の二名が楽しそうに紹介する。
「機動推進牽引機【ジェット☆ブースター】でーす」
部屋に居たメンバーから歓声が上がる。
【西方運搬機械株式会社】のエドゼル社長も来ていた。
機動推進牽引機【ジェット☆ブースター】。
大型の拡張ノズル二機をミモレ丈スカートのようにまとめた構造の上にジェット嬢を固定して、各ノズルに魔力推進脚を接続したもの。
ノズル径は目測で500mm程度。かなりの大推力が期待できる。拡張ノズル側に推力を受けるフレームが構成されており、そこにワイヤーを接続して、有翼貨物コンテナ【八咫烏】を牽引して飛行するそうだ。
魔力推進脚設計時に、拡張ノズルを連結して大推力を出すような使用法も考えていたが、まさにそれを具体化したものだ。
ノズルは固定なので推力偏向は使えない。姿勢制御は別の機構で行うとか。
そして、魔力推進脚と拡張ノズルの接続部はスカートの中になるので、接続作業はメアリと女性技術者二名が担当する。彼女達はローラとポーラというそうで、マッドサイエンティストゴダードの双子の娘だそうだ。
魔力推進脚の詳細設計にも関わっていたとか。
レール上の台車に載せられている【磔】状態のジェット嬢こと【ジェット☆ブースター】が、ローラとポーラの二名に押されてゆっくりと部屋中央部の推力試験装置に向かって移動する。
俺の前世世界で言うところの宇宙ロケットが整備建屋から発射台まで移動するような光景。
口をへの字にして黙っていた【ジェット☆ブースター】がため息を吐きながらつぶやく。
「なんでどいつもこいつも、私を【最終兵器】にしたがるかな」
「それはもう、【高性能】ですから」
資料を見ながら即答するエドゼル社長。
「発言の【品質が低い】わよ」
機嫌を損ねた【ジェット☆ブースター】が、この会社における禁断の言葉を口にした。
途端に空気が凍り、その場にいる全員がエドゼル社長から離れる。
カツーン カツーン カツーン
ガラガラガラガラガラガラ ゴトン ガラガラガラガラ……
何処からともなく、甲高い靴音と重厚感のある車輪の音が響く。
「【品質保証部】だ! 【品質保証部】が来たぞ!」
部屋の隅から恐怖の叫びが聞こえる。
【機動推進機試験所】入口より、逆光を背に三人の男と例のギロチン台が入ってきた。
先頭に立つ、こめかみに青筋を浮かべた男、ウィルバーが口を開く。
「今、【品質保証部】として聞き捨てならない言葉が聞こえましたが。【カイゼン】を要するのはどちら様でしょうかぁ」
「エドゼル社長の発言の品質に重大な欠陥よ。【株主】の立場として【カイゼン】を求めるわ」
レールの途中で止まってしまった【ジェット☆ブースター】が平然と応えた。
ザザザッ
エドゼル社長がウィルバーとその部下二人に囲まれて腰を抜かしてへたり込む。
そんな社長を、ウィルバーが見下ろしながら語る。
「いけませんねぇ。【品質】というのは【一事が万事】。普段の仕事、普段の生活、普段の言動。全てが影響するものですよ。落ちたネジをそのまま部品箱に戻したり、工場で白線を踏んで歩いたり、指差呼称を怠ったり、女性に対して失礼な発言をしたり、そんな小さなことが積もり積もって【品質不良】【製品事故】【労災】【滅殺破壊大惨事】につながるんです。社員の模範となるべき社長がそれを理解できていないのは、いけませんねぇ」
「【カイゼン】!」 ガシャーン
ウィルバーの号令でエドゼル社長はギロチン台に固定。
「いつも言っているけど、お前達やりすぎだ! コレ絶対にやりすぎ!」
「品質は やりすぎぐらいで ちょうどいい」 シャキーン
ガラガラガラガラガラガラ ゴトン ガラガラガラガラ……
ギロチン台に固定されたエドゼル社長は【品質保証部】に連行されて部屋から出て行った。行先はおそらく格納庫隅の【カイゼン室】。
それを【ジェット☆ブースター】が不機嫌そうな表情で見送った。
この会社の【品質保証部】は、相変わらずやりすぎだ。
そして俺は、磔状態の【株主】と、ギロチン台に載った【社長】。
この組み合わせを目の当たりして、資本主義社会の構造的な【闇】を垣間見た。
「……」 ジーッ
部屋に居るメンバーの視線が俺に集まる。
このままじゃ試運転が進まないと。
【ジェット☆ブースター】の機嫌を取れと。
それを、俺にしろと。
女の機嫌を取る。
これは、如何なる状況においても非常に困難な任務である。
だが、皆に期待されるなら、俺は40代オッサンの人生経験を活かしてその困難に立ち向かおう。
「ジェット嬢よ。今回はオマエは【護衛対象のお姫様】なんだ。だから、俺が居なくても逃げられるようにこのブースターを準備したともいえる。【開戦前の荷物運び】をちょっと手伝ってもらうのもあるけど、このブースターはオマエを守るための物なんだ。その恰好も良く似合っているぞ」
「アンタ説明聞いてないの? 【八咫烏】で運ぶ荷物は主に弾薬や砲弾等の【爆発物】よ。最初の設計では【八咫烏】のコンテナ上に推進機を直結する設計だったそうね。その構想案見たウィルバーが設計者を【カイゼン】したおかげで、コンテナをワイヤーで引く形になったって聞いたわ。【お姫様】とか呼ぶなら、その扱いをもうちょっと【カイゼン】して欲しいわよ!」
思わずウェーバを見る。気まずそうに笑っている。
ローラとポーラも、気まずそうに笑っている。
設計リーダーの男、リオ主任も気まずそうに笑っている。
俺は、冷や汗が出た。
笑いごとじゃないだろ。
【品質保証部】が【カイゼン】しなかったら、ジェット嬢を爆発物満載のコンテナに磔にして飛ばそうとしていましたか。
そういう設計しますか皆さん。
【ジェット☆ブースター】が沈黙を破る。
他にも不満があるようだ。
「だいたい、コレ離陸したらどうやって着陸するのよ! 着陸用の脚がついていないわ!」
「あんなの飾りです」
リオ主任が聞いたことあるような超理論を主張した。
「ノズル部を頑丈に作ってあるので、地表スレスレまで推力降下後に推力切ってノズルで着陸してください」
「この構造でそれが出来ると思うなら、一度自分で椅子から飛び降りて尻もちで着地してみなさいよ! あと、飛行場外で緊急着陸したときどうするのよ!」
「運用時のリスクは未知数です、保証できるわけありません」
「飛ぶんだから不時着ぐらいは想定しなさいよ! アンタ達まで私を使い捨てにする気!?」
「そのへんは運用でカバーですよ。飛行試験成功後に検討すればいいんです」
「それに、この装置本当に大丈夫なの? 接続しただけの状態ですでにあちこち痛いんだけど! 今日は初の試運転で最大推力の試験するって言ってたけど、ちゃんと単体で最大推力相当負荷でテスト済みなんでしょうね! ノズルが爆散したら私が大怪我するのよ!」
「完成率は80%ですが、性能は100%出せます」
「ちょっと! 未完成って分かってるものに私を乗せないでよ! それで最大推力試験とか進め方がオカシイでしょ!」
「気休めかもしれませんが、貴女ならうまくやれますよ」
「はっきり言って気に入らないわ!」
なんか、このやりとり何処かで聞いたことあるな。
「降ろして! 今すぐ降ろして頂戴!」
「たとえ爆散したとしても、計測室の安全対策は万全です。その状態じゃ身動き取れないわけですし、せっかく手間かけて組み立てたんだから、降りる前に最大推力を派手にぶちかましましょう。決して無駄にはしません」
「最低よ! 構想も構造も評価計画も進捗管理も【品質が最低】よ!」
カツーン カツーン カツーン
ガラガラガラガラガラガラ ゴトン ガラガラガラガラ……
リオ主任以下設計メンバーは【品質保証部】により【カイゼン室】に連行され、この日の試運転は中止となった。
【ツッコミ上手】を披露した【ジェット☆ブースター】はレール上を試着室まで後退し、メアリによって分離作業。
ジェット嬢は無事俺の背中に帰ってきた。
「酷い目に遭ったわ……。【クレイジーエンジニア】っていうのは本当にどうしようもないわね」
「全員がそうというわけじゃないんだが、確かに今日のリオ主任はちょっと酷かったな」
「アンタも見てないで助けなさいよ。設計だけでなく、企画とか構想とか試験計画も【品質保証部】にしっかりと審査して欲しいわね」
「そうだな。時間が無いときこそ、そういう部分にしっかりとした検討が必要だな」
この会社の【品質保証部】は、やりすぎだけど頼もしい。
いろいろな教訓を胸に俺達は食堂棟に帰った。
俺は、前世世界では40代の開発職サラリーマンだった。
短納期だからって突貫工事で変なものを作ってはいけない。そうは言っても時間がない。そんな経験もたくさんしてきた。だけど、時間が無いからこそ失敗はできない。時間が無いときこそ、落ち着いて慎重に進めることも大事なんだ。




