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18-3 模擬機関銃とキャスリンの一方通信(3.5k)

 俺達が首都のヘンリー邸から帰還して、サロンフランクフルトにて開戦準備が始まった六日後。食堂棟北側の広場には簡易的な兵員宿舎が次々と完成。それに同期して大型馬車で続々と兵士が到着し、そこでの生活を開始。


 兵員宿舎は全員分は無いので、そこでの施設を共有する形で部隊の一部は北側広場のテントで交代で野営。

 各地の自警団から志願した兵士も逐次ここに集結し、最終的には二千五百人規模の部隊になるとのこと。

 戦闘時や訓練時の怪我に備えるため並行で野戦病院も建設中。

 数日以内に王宮病院から【回復魔法】が使える医師が到着するそうだ。


 二千五百人の兵士の生活には、一日でおよそ二~三t程度の食料が必要になる。

 それを運ぶために輸送専用のトラクターも大量に必要になる。

 そして、運ばなくてはいけないものは食料だけではない。


 前線基地で必要となる輸送力確保のため、【西方運搬機械株式会社】は農園向けのトラクターの新規生産を一時中止し、戦時量産体制として作戦終了までの間は軍需向けの機材の製造に専念するとのこと。


 また、部隊の中には調理担当者も居るが長期間野戦料理では士気も下がる。

 そこで、ヨセフタウンの飲食店が集まり敷地内にフードコートを計画した。


 建屋の建設とあわせて、屋台での試験営業を開始している。

 街に匹敵するぐらいの人数が生活するので当然インフラ整備も追加で必要になる。

 激増する廃棄物、生活排水への対応のため、オリバーと【西方環境開発株式会社】のメンバーが東池周辺に処理施設を突貫工事で建設中だ。


 外が騒がしくなる中、俺とジェット嬢は今日も食堂棟内で通常進行。


 午後になり、ジェット嬢を背中に張り付けて部屋の掃除をしていると、赤髪の少佐と黒目黒髪黒服のやたら黒い男が食堂に訪ねてきた。

 テーブルで打ち合わせを始めたので俺は二人にコーヒーを出す。


 この黒い男は【ユグドラシル王国国境警備隊】の副隊長で、レイマンというそうだ。

 王宮では【見た目以上に腹黒い】ことで有名らしく、今回の作戦の詳細を詰めるのに協力してもらっているとか。


 そうこうしていると【ヴァルハラ平野捜索隊】の隊長であるウィリアムも食堂棟に訪ねてきた。

 ヴァルハラ平野の丘陵地帯で【勝利終戦号】を発見したとのこと。

 戦闘跡があり損傷しているが、サロンフランクフルトに回送しようとしてもその場を動かなかったので、現地修理の準備をするらしい。


 正面装甲版に突き刺さっていたという【重機関銃】の銃弾らしきものを見せてもらった。

 口径約20mmの、おそらく徹甲弾だ。鉄以外の重合金が使われている可能性が高いということで、これから詳細調査を行うそうだ。


 20mmの大口径銃弾は一発でもずっしりと重い。

 コレの直撃に耐えた装甲板【ヨセフ1815】はすごいと思った。


 帰ろうとしたウィリアムは、赤髪の少佐と黒い男のテーブルに呼ばれた。三人で何かの打ち合わせを始めたので、俺は二人のコーヒーのおかわりとウィリアムの分のコーヒーを出した。


 なにか激論を交わしているけど、俺は呼ばれてないから掃除の続き。

 背中のジェット嬢は終始静かにしているが、寝てるのかな。

 まぁいいけど。



 赤髪の少佐と黒い男とウィリアムの三人が食堂テーブルで打ち合わせをした翌日午前中。裏山に構築した訓練陣地でエスタンシア帝国軍迎撃作戦の訓練を始めると聞いて、俺はジェット嬢を背中に張り付けて様子を見に来た。


 ドガン バァン  ドガン バゴン  ドガン パキーン


 兵士が多数見守る前で、物騒な音を立てている犯人はキャスリン。

 だけど、いつもの衝動的暴挙ではなく、訓練への協力だ。


 ウィリアムの報告書を元に鍛冶屋が再現した例の【重機関銃】の銃身を専用の台座に固定し、昨日回収した砲弾に似た形で作った鉄製模擬砲弾を装填。キャスリンが得意の風魔法で発射する。


 発射の風魔法がキャスリン。

 砲撃手と装填手として【勝利終戦号】の砲塔設計を担当したあの二人。

 三人組で運用する【訓練用模擬機関銃】だ。


 装填は手作業なので機関銃並みの連射はできないが、試行錯誤の末、亜音速での発射に成功したので、単発での威力は見かけ上近いものが再現できている。


 訓練の第一段階として、敵軍装備の勉強。

 剣と盾でしか戦ったことのない兵士達に【重機関銃】の威力を実演する。


 ドガン バァン ドガン パーン ドガン ブシャッ


 斜面前に置いた多数の標的物に向かって100mぐらい離れたところからキャスリン達が【訓練用模擬機関銃】を発射。

 標的物として置かれた盾や鎧に次々命中し、それらの装備が粉々に粉砕されていく。

 人体を模擬して赤い粘土で作った等身大の人形にも命中。バラバラになり飛び散る。


 安全な場所に並んだ兵士達は、それを固唾を飲んで見守る。


 20mm弾。前世世界では戦闘機を撃墜するのに使っていた口径。

 その一撃の威力は【銃】の概念をくつがすほどのインパクトがある。

 そして、彼等は戦場でこの砲弾の弾幕に晒される。


『一方通信 一方通信 聞こえた方は手を挙げてくださいませー』


 離れた場所に居るはずのキャスリンの声が脳裏に響く。

 着弾を見ていた兵士達が全員手を挙げる。


 これは、墜落による臨死体験を通じてキャスリンが獲得した闇属性の魔法で、比較的広い範囲の相手に一方的に音声を送ることができるものだ。

 【免停】を言い渡されたあの夜に俺達が聞いた【あの悲鳴】を使いこなせるようにしたものらしい。

 片方向なので【一方通信】と呼んでいるとか。


『一方通信 皆さん。これが【重機関銃】の威力ですわー。この模擬機関銃では単射しかできませんが、実物は連射が出来るそうですのー』


 闇魔法の適性は隠すのが普通らしいが、この状況下では使いようによっては便利と考えたキャスリンは自ら公言。国のために活用することにしたらしい。

 いきなり脳裏に響く声に相手が驚かないように、呼びかけ時には【一方通信】と前置きしている。


『一方通信 動く実機と、実物の砲弾は回収できていないので、実際の連射速度はわかっていませんが、聞くところによると ダダダダダダダダダダダーっというぐらいで撃つようですわー』


 兵士達がどよめく。

 そりゃそうだ。

 あんな破壊力の砲弾がそんなペースで飛んでくるなら、兵士だって怖い。


 ちなみにこの【一方通信】。送る相手は選べない。

 また、聞く側にも適性があるらしく、近くでしか聞こえない人、遠くでも聞こえる人などいろいろあるらしい。

 でも、大半の人が聞こえる距離というのはある程度把握できたようで、便利に活用しているようだ。


『一方通信 そういうわけで、迂闊に敵の前に出ると、こうなりますの』


 ドガン ブシャッ


 赤い粘土で作った等身大人形が飛び散った。

 粘土の破片が最前列に並んだ兵士にもかかる。


『一方通信 今回の戦いでは、この【重機関銃】が百挺以上来るそうですわー』


 一部の兵士達が震えている。だけど、これは現実だ。


『一方通信 除隊を希望される方は、宿舎の除隊希望窓口によろしくですのー。強制はしませんわー。あと、前線に出る方は、選抜試験を突破した方だけですのー。志願される方も、配属は希望が通らないものとご了承くださいませー』


 厳しいようだが、やる気の無い奴や能力の低い奴が混じると部隊全体の生存率が下がる。それに、前線部隊よりも兵站部隊のほうが編制規模が大きい。

 訓練を通じて各自の適性を見極めて配属を決定し、部隊編成をしていくそうだ。

 そのへんの実務はあの赤髪の少佐が担当するとか。


『一方通信 今日の適性検査の説明をしますわー。標的エリアの大型金属板に注目くださいましー』


 ドガン ゴン ドガン ゴン ドガン ゴン


 鎧や盾や人形の残骸の中に置かれた、1m四方ぐらいの金属板に模擬砲弾が突き刺さる。へこみはするが、貫通はしない。


 これは、ヨセフタウンの鍛冶屋が開発した改良型装甲板で、【ヨセフシールド】というらしい。

 例の盾用鉄系超合金【ヨセフ1815】と、オリハルコンを組み合わせた複合装甲だ。歩兵が運べる重量ではないが、陣地構築の建材として使うそうだ。


『一方通信 あの装甲板はこの銃では貫通できませーん。でも、あの後ろに居たら生きた心地はしませんわー。今日の適性検査はあの後ろでの我慢大会だそうですのー。少佐ー。説明お願いしますわー』


 キャスリンの【一方通信】の呼びかけで呼ばれた少佐が兵士の前に出てくる。


 そこで、背後からジェット嬢の声が聞こえる。


「そろそろ食堂に戻らないと、昼食の準備が始まるわ」

「そうだな。そろそろ戻るか」


 俺達は裏山の訓練陣地を後にした。


 余談だが、キャスリンの【一方通信】を全く受信できない人物が一名だけ居る。

 夫のイェーガ第二王子だ。


 頼りになると思ったところで、ちゃんと残念なところを残しているこの夫婦。

 本当に、第一王子は何処なんだ。

 頼むから、そちらはマトモであってくれ。

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