18-1 ユグドラシル王国の戦時体制(3.6k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから百九十日目。投獄と、投獄よりしんどい秘密会議の翌日午前中。
昨日は昼間から酒盛りをして、そのまま首都ヘンリー邸に宿泊した。
ヘンリー卿は緊急招集された議会に出席するため朝から王宮に行っている。
ジェット嬢は、【ザ・メイド】の方と、遊びに来た友人で別室でガールズトークをしている。
ジェット嬢は首都にも友人居たんだな。
外は雨が降っている。
【滅殺破壊弾】の開発は思いとどまってくれたが、これからしなくてはいけないことを考えると気が重い。
俺は、ウェーバ、プランテ、ルクランシェと共にハイテーブルのあるあの部屋に集まって、鹵獲兵器の調査報告書を読み直していた。
俺はこの世界の文字が読めないので、彼等に読んでもらっている形だ。
資料の図を指しながらウェーバが問う。
「この【重機関銃】というのはそんなに危険なものなのか? 銃を連射可能にしただけだと思うけど」
「その連射可能な銃が危険なんだ。銃弾は回収できていないからこの銃自体の威力や連射力は分からないが、俺の前世世界のこの口径の銃は、人間に命中したら一発でバラバラになるぐらいの威力があった。盾や鎧では防御できん」
各部品の実寸の図を見る限り、口径は20mm程度。
【機関砲】とも呼ばれる大きさで、戦闘機の撃墜ができる。
歩兵が持ち歩いて地上で運用するには大きすぎるとも思える。
「盾で防げないならどうやって対抗すればいいんだ? あの時に十四個も発見されているということは、次はもっとたくさん持ってくるんじゃないか?」
残骸から数えた元の数は少なくとも十四挺。
銃弾は発見されていないので、撤退時に回収したか【勝利終戦号】が【魔導砲】で焼き払ったかどちらかだろう。
「前回は奇襲的なものだったが、次は宣戦布告後の開戦だ。前回の五倍か十倍ぐらい数を持ってくると考えたほうがいいだろう。そして、機関銃というのは【弾幕】といって敵の居る方向目掛けて乱射するような使い方をするんだ。今のユグドラシル王国の装備で正面から対峙したら秒殺されるのは間違いない」
ウェーバが資料を見ながら青くなっている。
【重機関銃】の【弾幕】で一掃される光景を想像したか?
下手な戦い方をすると、現実になるぞ。
今度は大砲の図を見ながらルクランシェが語りだす。
「この大砲は、上に向けて撃つことは想定してなさそうですね」
「何故大砲を上に向けようと思ったんだ?」
「山なりの弾道にすればより遠くまで砲弾が届きます。でも、この大砲の台座部分は、それができるような構造にはなっていません。水平発車で敵を直接狙って撃つような使い方に見えます」
「そうだな。俺の前世世界の大砲も、山なり弾道で射程距離を稼いでいた。この違和感のある設計より、大砲は【魔物】の群れに対抗するために作ったんじゃないかと思う」
「でも、この大砲では【魔物】に命中させるのは難しいと思いますよ」
俺も同感だ。
そして、ルクランシェも【魔物】を見たことがあるということだな。
「【魔物】が隠れるような障害物をこの大砲で吹っ飛ばして、【魔物】自体はあの【重機関銃】で始末すると考えると、この装備の組み合わせがしっくり来る」
「なるほど。では、元は人間相手に戦争をするために作ったわけじゃないということですね」
「確かに、そうとも言えるな」
プランテは内燃機関搭載の車両の資料を興味深そうに見ている。
「この内燃機関というのは興味深いですね。油を燃やした爆発力で回転力を作り出すというのは、私達には無かった発想です」
「俺の前世世界には魔力電池は無かったからな、動力と言えばこの内燃機関が主流だった」
今回鹵獲した残骸は俺の前世世界で【焼玉機関】と呼ばれていたものによく似ている。
初歩的なディーゼルエンジンに当たるものだ。
燃料は回収できていないが、おそらく軽油に近いものなのだろう。
「電動機と魔力電池の組み合わせの方が動力としての性能としては優れているとは思いますが、この複雑で精密な加工品を製作、量産できるあたり、蓄積された要素技術の厚さはエスタンシア帝国の方が数段上であることがよくわかります」
完成品の性能としては上であることを理解しながらも、残骸から得られた情報より要素技術の高さを見抜く。
本当に技術者らしい視点だ。
「戦争を終わらせて友好的な国家関係が成立したら、向こうに行ってその技術を学ばせてもらうこともできるかもしれんぞ」
「それは楽しみですね。そのためにも、何とか戦争を早く終わらせたいです」
戦争を生き残るためには、初戦で壊滅しない戦い方が必要だ。
しかし、この技術力差、火力差でそれを実現するのは簡単じゃない。
そして【重機関銃】や【大砲】よりももっと厄介なものが出てくる可能性も考慮しておく必要がある。
「なぁ。皆、ちょっと聞いてくれ」
資料を見ていたウェーバが話を切り出した。
「俺、すごく恐ろしいことに気が付いたんだけど」
「私も同じですね。たぶん同じことに気づきました」
「私もです」
プランテとルクランシェも強張った表情で続く。
彼等も気付いたようだ。
これらの重装備を持ち込んだエスタンシア帝国軍は、ヴァルハラ平野で【勝利終戦号】に撃退されている。
現場を押さえたわけではないので状況証拠からの判断だが、それ以外に考えられない。
もしあの時、あの場所に【勝利終戦号】が居なかったら、サロンフランクフルトとヨセフタウンがあの装備のエスタンシア帝国軍の襲撃を受けていた。
何の準備もない中での奇襲だ。
住人が殺されるのを防ぐため、ジェット嬢が大火力魔法で応戦するしかない。もしそうなっていたら、戦場にデタラメを持ち込んだ影響でこの世界の歴史に大きな禍根を残す事態になっていた。
そう考えると、この世界は【勝利終戦号】に救われたと言っても過言ではない。
しかし、その時の戦いを通じてエスタンシア帝国軍に【勝利終戦号】つまり【戦車】が最強の陸戦兵器であることを教えてしまったのだ。
そして、【戦車】を作るために必要な要素技術はエスタンシア帝国にはすでに揃っている。
動く実物と対峙したのだ。短期間で近い形を作るぐらいのことはできるだろう。
青ざめて目線を交わす若者達に、俺が残酷な結論をまとめる。
「次は敵の【戦車】が来る。あの【大砲】と【重機関銃】を載せたやつが」
四人揃って【お通夜状態】で途方に暮れる。
予測される敵の武装は【重機関銃】【大砲】そして【戦車】。
それに対するこちらの装備は剣と盾のファンタスティック装備。
魔法の火力は戦力外。
小口径の単発銃はあるけど、それで一体どうしろと?
…………
昼食はジェット嬢と、【ザ・メイド】の方と、遊びに来た友人、メイというそうだが、その女子三人組が作ってくれた。
ハイテーブルのある部屋で皆で食べた。
昼食後にメイは帰り、【ザ・メイド】の方は仕事に戻り、ジェット嬢は俺の背中に張り付いた。
バリアフリー設備の無いこの屋敷ではジェット嬢は何かと生活が不自由だ。用事は早めに済ませて、明日にはサロンフランクフルトに帰りたいものだ。
…………
しばらくするとヘンリー卿が赤髪の男を連れて王宮から帰ってきた。
兵器と戦術について相談するため軍人を連れてきたそうだ。
ハイテーブルのある部屋で、ヘンリー卿から議会で発表された王宮の決定事項の説明を受ける。
まず、魔王討伐作戦や各地の防衛を担っていた【王宮騎士団】を解散。
【ユグドラシル王国戦略陸軍】を創設。
元・王宮騎士団メンバーと各領地自警団からの志願兵を集約し、軍隊組織としての体制を整えて防衛の主戦力とする。
【ユグドラシル王国交戦規定】を策定。
エスタンシア帝国軍に対して軍人以外による応戦を明確に禁止する。敵軍と対峙してしまった場合の対処法を含めて書籍としてまとめて、各領地に必要数配布し全国民に周知徹底する。
【ユグドラシル王国戦略空軍】を創設。
航空機からの地上攻撃は厳禁とするが、高速輸送や開戦前の偵察のための運用を想定して所属人数三名で、機体は【試作1号機】と同等仕様の小型機一機と小規模だが軍隊組織として活動を行う。
【ユグドラシル王国国境警備隊】を創設。
国境周辺の監視と警戒のために、国境線となるヴァルハラ川沿いにある程度の人数が常駐する体制を敷く。
一晩でこれだけの体制変更を検討できるあたり、王宮には優秀な人材が多く在籍していることが分かる。彼等はやればできる人たちだったんだ。
そして、ヘンリー卿が連れてきた赤髪の男は【ユグドラシル王国戦略陸軍】のブラッドフォード少佐。元・王宮騎士団の団長で、魔王討伐作戦でも最前線で戦ってきたベテランとのこと。
その日は少佐を含めた全員で徹夜で打ち合わせを行った。
俺は、前世世界の記憶より、この状況で使えそうな戦術と兵器の知識を一通り伝えた。




