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幕間 退役聖女の直談判(3.2k)

 【金色の滅殺破壊魔神】などという物騒な異名を持つ私だが、実は弱い。

 女性にしては大柄で、万能な拳を持ち、大火力魔法が使えたりもする。それを見て強いと思われがちだが、頭を銃で撃たれたり、剣で心臓を貫かれたり、首の骨を折られたりしたら普通に死ぬ。


 私は弱いのだ。


 だから、戦場に出るのは私だって怖い。特に背後からの攻撃が怖い。


 【敵意】や【殺気】のようなものは背後からでも感じることはできる。見えていなくても自分の後ろ側に魔法を発動させることはできる。

 でも、見えていない場所に発動させても有効な攻撃にはならない。【敵意】や【殺気】が分かると言っても、攻撃ができるほど正確に位置が特定できるわけではない。


 背後に【殺気】を感じたら、とっさに振り返って相手を確認してから応戦しないといけない。

 この一瞬の隙が戦場では命取りになる。

 だから、背後からの攻撃は怖い。


 背後からの攻撃が怖いと知ったのは、ヨセフタウンで自警団の手伝いで街中を巡回していた時。

 何を考えたか、背後から襲ってきた連中が居たのだ。


 初めて感じた背後からの【敵意】。

 とっさに振り向いたら男二人が私を捕まえようと迫っていた。


 怖かった。

 本当に怖かった。


 思わず全力で殴り飛ばした。

 無我夢中で薙ぎ払って吹き飛ばして焼いて、気が付いたら男二人は炭のようになっていた。


 死なせるわけにはいかないので、広範囲の炭化した火傷や、あちこちの露出した骨折等を【回復魔法】で治療した。


 治療して、完治させて、男達が起き上がるとやっぱり怖かった。

 背中を向けるとまた襲われそうで怖かった。


 フォードから【土下座して泣いて謝る相手を殴ったり焼いたり薙ぎ払ったり吹き飛ばしたりしてはいけない】と教わってはいたけど、そいつらは例外扱いにした。


 また殴って薙ぎ払って吹き飛ばして焼いて、治療して。

 完治させて、男たちが動き出すと、やっぱり怖くて。


 何回繰り返しただろうか。怪我させたいわけではない。死なせるわけにはいかない。弱い私を背後から襲うのをやめてほしいだけなのだ。

 この時、【私を襲うことが間違っている】という事を理解させる技を編み出した。


 【一発芸】だ。


 怖かったとはいえ、何度も瀕死の重傷を負わせたので後が気になってはいた。

 だから、酒場の前で見かけたときに声をかけてみた。

 元気そうで安心した。


 あの【勝利終戦号】の開発チームにも居た。

 仕事もしている。大丈夫そうだ。

 問題ない。


 温厚で慈悲深い私がそのようにしたくなるほど、背後からの攻撃は怖いのだ。


 だから、戦場でも背後は守ってほしかった。

 王宮騎士団と行った【魔物】討伐では、彼等にその役割を期待したけれど、期待外れだった。

 何を考えたのか背後の守りを頼んだ騎士達は、背後から私に【警戒心】を送ってくるのだ。


 これは本当にやめてほしかった。


 【敵意】や【殺気】と【警戒心】は感覚的な区別が難しい。背後から感じるものが、【魔物】が出す【殺気】なのか、騎士が送って来る【警戒心】なのか、振り向いて確認しないと分からない。

 戦場ではそういう一瞬の隙が命取りになる。


 だから、背後から【警戒心】を送るのをやめてもらうように何度も頼んだ。殴ったりもした。

 でも、やめてもらえなかった。

 私は怖いのに耐えて命がけで戦っているのに、ふざけないでほしかった。


 正面からの【魔物】の【殺気】、背後からの騎士達からの【警戒心】。この挟み撃ち状態で戦い続けるのはとても疲れる。結局、背後を守ってほしいと思いながらも、誰にも守ってもらえず、単身【魔物】の群れの中に突撃して全周囲薙ぎ払うような戦い方になってしまう。


 私は確かに【魔物】相手には無敗だった。だけど、無傷だったわけじゃない。

 平地での戦いなら大火力魔法が使える分まだいい。でも、林のように遮蔽物の多い場所で【魔物】の群れと対峙した場合は苦戦した。

 接近されると拳で応戦するしかない。【回復魔法】で治せると言っても、斬られたり折られたり潰されたりえぐられたりしたら、私だって痛い。怖い。


 だから背後は守ってほしかった。ずっとそう思っていた。


………………

…………

……


 現在、首都にあるヘンリー卿の邸宅にてあのアホの背中で惰眠をむさぼっている。

 今日は長距離飛行でちょっと疲れたというのもあるけれど、実は普段から私はあのアホの背中で寝ていることが多い。


 プランテから指摘されたように端から見ると常識からかけ離れた姿かもしれない。でも、常に背後からの攻撃に怯えていた私にとっては、背後を気にしなくていいここが一番安心できる場所だ。

 背中から伝わる温もりと、適度な揺れが心地よい。そしてなにより、逃げるのだけは得意なあのアホに自動的に守られているという安心感がたまらない。


 ここで寝るのは私にとって至福の時間だ。


 仕事は終わったし、役割は果たした。あとはこの場所で昼寝などをしながらのんびり暮らしたい。そのための資金繰りもフォードを使ってやりすぎなぐらいに目途を立てた。


 たまに他の事をしたくなったら車いすに降りればいい。

 その時もあのアホは背後を守ってくれる。

 長年夢見たマイベストプレイス。これはもう手放せない。


 室内が騒がしくなり、不意に目が覚める。


 私は仕事中以外は一人で居ることが多かった。でも今はあのアホの背中に居ることで人の輪の中に入ることが多い。これもこの場所に居ることの楽しみの一つだ。

 ここで存在アピールしたときの皆の反応も楽しい。


 騒がしくなった室内の会話に耳を傾ける。

 今日は皆でどんな面白いことをしようとしているのか。

 私の出番がありそうなら、存在アピールして参加してみようか。


 【技術の進歩を加速させる戦争】の実現。

 最終兵器【滅殺破壊弾】の開発。


 冗談じゃない。

 そんなことさせてたまるか。


 マイベストプレイスの存続を脅かすものは何であろうと【滅殺】だ。

 あのアホに動きを悟られないように気を付けながら、メイド服のポケットから紙とペンを取り出し、指示を書く。


【酒に睡眠薬を混ぜて全員眠らせた後、王宮騎士団により投獄させよ】


 使用人に目線で合図して、酒を配るついでの動きで指示書を受け取らせる。あの使用人は王宮時代の私の侍女を変装させてヘンリー邸に潜入させていた者だ。

 アンという。昔から私の扱いがとにかく雑だが、頼りにはなる。


 これでこのアホ共は明日には監獄行きだ。


 その後のことを考える。

 話を聞く限り、ヘンリー卿達だけでは対処が難しい。だとしたら、国王に直談判だ。あのアホを国王にぶつけて何とかさせよう。


 私のベストプレイスを守らせよう。

 

 直談判するにも、国王に車いす姿で謁見するのは面白くない。私は病人じゃない。だからと言ってあのアホを連れて行く訳にはいかない。


 あまり気が進まないが、脚を使うか。


 魔力推進脚製作時に人型を取るための義足も製作してあった。人前で使ったことは無かったが、何かあった時のために今回は荷物に混ぜて持参している。


 せっかくだから、あのアホに私の元の姿を披露してみよう。キャスリンによると王宮に居た頃の私の居室は残っているらしい。だとしたら、正装用のドレスもいくらかあるはず。このおんぶ紐的ハーネスと義足に合わせて即席で改造して久しぶりに着てみよう。


 背後からあのアホの声が聞こえる。


「そういえばジェット嬢どこだっけ」


(いるわよ。ここに)


 だけど、今は居ないと思われた方が都合がいい。

 気配を消して成り行きを見守る。

 願わくば、睡眠薬が効いたときにあのアホが仰向けに倒れませんように。

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