17-4 戦争は愛から生まれる(4.3k)
異世界の王族に人間国家同士の戦争を教える俺。
技術者の仕事じゃないんだけど、成り行き上仕方ないので頑張る。
「もう一つは、戦力不足だ。四月の【魔王】討伐の際にエスタンシア帝国軍から大砲の供与を受けていたことは知っているだろう。【魔物】討伐には不向きな兵器ではあったが、人間同士の戦争においては有効だ。つまり、あの時点でエスタンシア帝国軍の方が装備面では優勢だった」
「そして、九月に発見した陸戦兵器はそれよりも数世代進化したものだ。特に【重機関銃】は脅威だ。今のユグドラシル王国の装備では全く歯が立たない。剣と盾の装備で【重機関銃】に対抗すれば、千人居たって秒殺だ」
バカ宰相が口を挟む。
「攻撃魔法を駆使すれば火砲に相当する破壊力は得られる。戦力で劣っているとは考えていない」
バカは黙ってろと言いたいが、教えないといけないことが増えたのでよしとしよう。
「確かにヘンリー領にも魔法適性がある者はいくらかいる。その中には火砲に相当する火力が期待できる者も数人はいる。でも戦力として扱うには全員集めても数が全然足りん。また、彼等を応戦させるためには軍隊組織に徴兵する必要があるが、軍人は死ぬのも仕事のうちだ。総数が少ない中から志願者を募る必要がある。どう考えても戦力となるほどの数は集まらん」
バカ宰相が応える。
「イヨ様をその軍に加えて応戦させれば戦力としては十分だろう」
このバカいい加減にしろと。
「ジェット嬢の参戦については、先程話した二件とは別次元の大きな問題がある。宰相殿が期待する通り、ジェット嬢の魔法攻撃力なら重武装した一個師団を一撃で焼き払うぐらいの火力はある。やりようによっては敵軍相手に一人で防衛線を維持することも可能だ。だが、その場合敵国の軍人数百数千人の命を奪うことになる」
「つまり、家に帰れば家族が居て、戦死しなければ家族との幸せな未来があったはずの数百数千人の命を奪い、その親、妻、子、兄弟からの怒り、恨みをの業を背負う。それをこの娘一人にさせるんだ」
バカ宰相が問題に気づいたようだ。
国王と第二王子と揃って顔色がヤバイ色になっていく。
「宰相殿、自分のバカさ加減が少しは分かったか。自分がこの娘に何させようとしていたか理解したか?」
ジェット嬢が口を挟む。
「私が前線に出て、敵国軍人を殺さずに兵器だけを破壊して帰ってもらうというのはどうかしら」
ジェット嬢よ。
戦いたいのか? 役に立ちたいのか?
でもそれはだめだ。
「戦争の相手は【魔物】じゃない。自分達と同じ人間だ。相手の立場になって考えろ」
「双方やる気の無いような戦場に第三者として降臨して大暴れするならそういうのもアリかもしれん。だが、今回エスタンシア帝国軍は勝つつもりで攻めてくるし、今のジェット嬢はユグドラシル王国所属だ。開戦の判断をするほどに追いつめられた国から、死ぬ覚悟を持って勝ちにきた戦場で、デタラメな奴に全部ひっくり返されたら相手は次何をすると思う」
「……そのデタラメな奴を、手段を選ばす消そうとするわね」
ジェット嬢がすぐに正解を出したことに正直驚いた。
コイツは普段の言動が若干残念なところがあるが、頭の回転は速い。
「そうだ。そして、そのデタラメな奴がオマエだ。一度でも前線に出て敵国にデタラメ認定されると、手段を選ばずに命を狙われる余生を送ることになる。そして、本当に殺されてしまった場合は戦力逆転でユグドラシル王国の敗戦だ。戦場にデタラメを持ち込んだ報復も加わるから、普通に負けるよりも凄惨な戦後処理にはなるだろう」
ジェット嬢が俯いてしまった。
何かを考えているようだ。
そして、まだ別次元の問題は残っている。
「ジェット嬢の生死や戦争の勝敗以上に危険な問題点もある。ジェット嬢は魔王討伐隊の一員として参戦したんだよな。だったら、同等の魔法攻撃力を持つデタラメな奴が他にも居るんだろ。ちなみに、ユグドラシル王国内にそういう奴はどのぐらい居るんだ」
「……他に生存者は居ません」
しばしの沈黙の後、第二王子が応えた。
「そうか。それは、言い方は極めて不適切だが、安心要素だな」
「どういう意味よ」
「エスタンシア帝国側にデタラメな魔法攻撃力を持つ奴が居て、それと戦場で対峙してしまった場合【滅殺破壊魔法】に匹敵する大火力魔法の応酬になり、下手をすると世界が滅びる」
秘密会議参加者の視線が俺に集中した。
「現時点でエスタンシア帝国側は魔法攻撃力を前面に出していない。ということは、向こう側にそういうデタラメな奴が居ないか、居るけどそれを戦争に投入した場合の危険性を理解しているかどちらかだ」
「前者の場合、かつ、味方側にそういう奴が他にも居た場合、寝返って対峙する危険性も考慮する必要があった。だが、他に居ないならその危険性は考慮しなくていいことになる」
「後者の場合、こちらがジェット嬢を戦場に出すと、相手もデタラメな奴を出して来ることになる。そうなれば世界滅亡の危機だ。戦争の勝敗どころの話じゃなくなる」
「単純に力で戦闘に勝てばいいというわけではないということか」
バカ宰相が解釈を述べる。
理解してくれたようだ。
「そうだ。人間同士の戦場にデタラメは禁物だ。勝つにしろ、負けるにしろ、今後の歴史に禍根を残さない形で戦争を終結させる必要がある。そのためには、自軍に多数の死者が出たとしてもジェット嬢を敵前に出さないようにするのが必要条件だ」
自軍に死傷者が発生するのを前提とする。
その話の流れで顔色が悪くなった国王が重々しく口を開く。
「【魔王】を討伐したのに、なぜ人間同士で殺しあわねばならんのだ」
嘆きか、弱音か、あるいは本音か。その問いの答えは俺も持ってない。
しかし、国王よりかは答えに近い自負がある。
「その質問の回答は俺も持っていない。でも俺なりの考えはある」
「聞かせてくれ」
「私見ではあるが、【戦争は愛から生まれる】と考えている」
何度目かわからないが、全員がぎょっとした顔で俺に注目する。
「どういうことだ」
国王が問う。
「世界の片隅に、安全な水や十分な食料が得られないことで我が子を亡くそうとしている親が居て、かたや世界の反対側に飲用水で水洗便所、まだ食べられる賞味期限切れ食料を大量に廃棄している連中が居るとしたなら。【殺してでも奪い取る】という選択するのは、愛の一環と言えるだろう」
「それは確かに道理だ。それならば、水や食料を送ればよいのではないか」
「自国民を飢えさせることなくそれが可能であれば。また、自国民がその負担を受け入れられるのであれば可能だ」
簡単な理屈だが、俺の前世世界ではそれが成功した試しは無い。
物的支援は物量をどれだけ充実させても一時しのぎにしかならない。
「確かに、戦争回避のためとはいえ、他国をまるごと養うのは現実的ではないな。だが、双方に利益がある形で協調できれば可能性はあるか」
国王もわかってきたようだ。
「つまり、そういうことだ。戦争というのは開戦側にしても自国を滅ぼしかねない危険な博打だ。開戦という最悪な判断に至るには相応の大きな理由がある。その理由を把握することが重要だ」
「相手国の情報収集が重要ということか」
「最初に外交の話をしただろう。早い段階で、魔王討伐成功のあたりからエスタンシア帝国側の情報収集と適切な対応ができていれば、今回の危機的状況は回避できた。だから、今回の危機は王族の失態だ。無能と無策で国民の生命と財産を危機に晒した責任は取ってもらう」
「手厳しいな。だが、確かにその通りだ」
「考え方については一通り伝えた。俺は政治家でも王族でもないから具体策については口出しできない。今後の対応はしかるべきメンバーで検討してくれ。戦力が上の相手から勝つつもりの宣戦布告を受けているから、もはや開戦は不可避だ。戦火を緒戦だけで禍根を残さずに終わらせるのが今できる最善策だ」
国王は立ち上がって言った。
「理解した。対応部隊を編成し、具体的行動に移る。オットーついて来い。イェーガこの場を頼む。後で来い」
「はい、バカ宰相お供します」
「了解しました」
バカ宰相とイェーガ王子が応えて、宰相は国王と共に速足で部屋から出ていった。
俺は大きく息を吐いて背もたれにもたれる。
疲れた……。
でもまだ終わってないな。
「ヘンリー卿。生きてるか?」
この場で一番ストレス感じたであろう男に声をかける。
「ああ、なんとかな」
よかった。生きてた。
「また緊急議会が招集されるだろう、それに参加できるのはヘンリー卿だけだからいろいろ頼みたいことがある。ヘンリー邸に帰ったらちょっと話そう」
「特別枠で議会に参加させてもらったほうがいいんじゃないか?」
「また土気色になりたいのか? 俺は【異物】だからな。もう仕事は終わったよ」
「それもそうだな。ここから先は、我々が選ぶべきだな」
ヘンリー卿が残念そうに笑った。
イェーガ王子が声をかけてきた。
「本日のお話大変勉強になりました。しかし、あのような知見を何処で学んだのでしょうか。我々の知っている限り、そのようなことを学べる場所は国内には無かったかと」
前世の記憶だからな。何処でと言われても困る。でも今さらだろう。
「俺がこの世界の常識外のことを言い出すのはいつものことだろう」
気になったことがあるので、ついでに聞いておこう。
他国との外交や人間同士の戦争の歴史が無かったとはいえ、この状況下で外交について考えた形跡すらないのが不自然だ。担当者が辞職した直後の業務の状況に似ている。
「つまらないことを聞くが、最近辞めたか亡くなった王族はいないか?」
「何? なんで今そんなことを聞くの?」
ジェット嬢が声を上げる。
「魔王討伐ではエスタンシア帝国と共同戦線を張ったんだろう? それだけのことができていたのに、今の王族がここまで無能なのは不自然だ。外交や国防を担当していた前任者が突然居なくなったと考えるとつじつまが合う」
「国家機密につきお答えすることはできません」
ちょっと間を置いて、イェーガ王子が応えた。
「秘密会議で国王をバカ呼ばわりした俺にまで言えないほどの機密か?」
「そうです」
気になることではあったが、追及するのはやめておこう。
これは今重要なことじゃない。
イェーガ王子が退室するのと入れ違いで、メイド服姿のアンが人数分の軽食を持ってきてくれた。
朝食と昼食を兼ねるような時間になっていたが、全員ありがたく頂いた。




