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17-3 外交の怠慢と国防の不備(3.1k)

 王宮内の通路を進むこと数分。

 大きい長方形の机が置かれた会議室のようなところに到着。


 部屋にはヘンリー卿達が到着しており、奥側の長辺には顔なじみの第二王子を含む王族メンバー三名がすでに着席していた。

 俺達も入口側の椅子前に並ぶ。


 上座側の初老の男性が口を開く。


「私が国王のワフリート・ソド・ユグドラシルである。着席してくれたまえ。これは正式な会議ではなく、記録も残さない秘密の会合とする。事態はひっ迫している。発言の不敬は問わないので、忖度そんたくのない意見を問いたい」


 国王の開始宣言により、こちら側のメンバーも対面で着席する。

 ジェット嬢は俺の隣の椅子に降ろした。


 並び順は国王の前側から俺、ジェット嬢、ヘンリー卿、ウェーバ、プランテ、ルクランシェ。

 俺以外は明らかに緊張している。いや、俺だって緊張してる。


 でも今回は王族相手に暴言を吐く覚悟で来ている。

 聞いてるだけでも心臓に悪いが全員我慢してくれよ。


 こちらが着席したのを見計らって、国王の隣の男が口を開く。


「私は宰相のオットー・ホン・パラワルクだ。王子については面識があるという認識でよろしいか」

「ああ構わない。サロンフランクフルトで何回か会ってる」


 不敬問わないと言われてマジでタメ口したら室内の雰囲気が悪くなった。

 俺も気が重いけど、社会人経験の長い40代オッサンとしてがんばる。


「はっきり言って状況は最悪だ。隣国から突如の宣戦布告を受けているが、相手方の戦力、国内状況、開戦動機などの基本的な情報が掴めてない。外交と国防に関する対応が完全に後手に回っている。これは王族の無能と無策が招いた結果だ。その認識はあるか」


 確信犯だけど、場の空気がさらに悪くなった。

 ヘンリー卿達真っ青。ジェット嬢だけは平然としている。

 これはこれですごい。


「前もって聞いてはいたが、辛辣しんらつだな。無能扱いついでに、この状況の要因について貴公きこうの見解を聞きたい」


 国王もすごい。顔面ちょっと青筋立ってるけど、言動は大人の対応だ。


「まずは、外交についてだ。隣国の情勢に気を配るのは基本中の基本だ。正式な国交が無かったとしても、魔王討伐で共同戦線を張ったのなら連絡手段はあったはずだ。また、魔王討伐の混乱でその連絡手段が途絶えたとしても、国境沿いに見張り兵を配置しておけば何らかの軍事行動の予兆はつかめたはずだ」


 宰相が口を挟む。


「国境沿いの対応は各地の領主に一任してある」

「お前らバカだろ」


 部屋の空気が完全に凍った。

 ヘンリー卿の顔に死相が出た。王族をバカ呼ばわりとか不敬の極みだろう。良くて投獄悪くてギロチンといったところか。


 だが、バカにはバカと言ってやらねばならん。

 絶句している皆を前に俺は続ける。


「地方自治が進んでいるのは分かるが、外交や国防は国家の責任だ。国策で魔王討伐をやり遂げたぐらいだから、国境沿いの自治区に指示を出すことぐらいできただろう」


 国王が応える。


「……それは間違いない」


「ヴァルハラ平野北部の地上調査結果。ヘンリー卿から報告は受けていたはずだ。たびたび飛来するキャスリン嬢にも報告書は逐一渡していた。そこにはエスタンシア帝国軍が越境攻撃をした痕跡についても記載があったはずだ。遅くても九月時点では国境で異常が発生していた。国王は報告を受けてないのか? 見て何とも思わなかったのか? 宰相殿、ヘンリー卿からの報告握りつぶしたりしてないよな。キャスリン嬢には報告書の重要性は説明したぞ。国王陛下には報告したのか?」

「……私は国王として全ての報告を受けている」


 さすがに王宮内で情報が滞ることはないようだ。

 数少ない安心要素だな。


「だったら、それを見て何故なにもしなかった。国家全体で隣国と協調して【魔王】討伐を成し遂げた国だ。中央と地方で歩調が合わないほどの軋轢あつれきがあるわけではないだろう。指示を出せば領主は動けたんじゃないのか? ヘンリー領でも、王命があれば越境しての航空偵察だって出来たんだ」


 王宮メンバーの視線が俺に集まる。

 でも、もうだれも何も言えない。

 【魔物】や【魔王】との戦いに明け暮れて、人間国家同士の外交の歴史が無かったんだ。

 この状況下で適切な判断を下せるノウハウの蓄積が王宮にもなかったんだろう。


 話を変えよう。


「次は国防についてだ。国境沿いのヘンリー領で半年近く暮らしていれば嫌でも気づく。国境に防衛用の戦力を配置してないだろう。隣国から進軍があった場合どうするつもりだったんだ」


「【魔物】との対応と同様に各領主配下の自警団が対応する手はずだった。また、ヘンリー領周辺にはイヨ様がいらっしゃることがわかっていたので楽観視していた部分がある」


 宰相の答えが予想以上に最悪だ。

 とことんとっちめてやる。


「問題点が少なくとも二つある。バカにもわかるように説明してやる」


 王族相手にバカ連呼しても部屋の空気はこれ以上は凍らないようだ。


「一つは、防衛組織体制の不備だ。敵国軍に応戦するには軍隊に相当する組織が必要だが、それに相当する組織が無い。自警団はあるがその位置付けが不明確だ。有事の際に徴兵して即時編成するような制度も無さそうだ。まさか、進軍する敵国軍に民間人で応戦することを想定してるんじゃないだろうな」


「自分の町を自分の力で守る。それの何が問題だ。今までだってそうやって【魔物】から町を守ってきたんだ。相手が【魔物】から敵国軍に代わるだけで何も変わらないだろう」


 このバカ宰相。

 上等だ。黙ってる他の王族も同レベルのバカなんだろう。

 よろしい。戦争を教えてやる。


「【魔物】の討伐と人間相手の戦争は根本的なルールが違う。民間人が軍隊に応戦するのは人間同士での戦争における最悪のルール違反だ」


 侵入する敵国軍に民間人が応戦する。

 俺の前世世界で【ゲリラ戦】と呼ばれた戦いだ。

 自分の街を守りたい気持ちはあるのだろうが、戦争においてはルール違反だ。


「戦争で戦う相手は自分達と同じ人間だ。敵視点で考えろ。敵国の軍人だって死にたくない。だから、生き残るためには、殺しに来る奴は殺さないといけない。それが戦場だ」


「軍人同士が殺し合うなら戦場としてはノーマルだ。しかし、そこに民間人が混じると地獄になる。攻撃する民間人と一般の民間人の区別なんて戦場ではできないから、民間人から攻撃を受けてしまった軍人は敵国の民間人も殺さなくてはいけなくなる。その状態で防衛線が崩れて敵国が市街地に入った場合どうなるか分かるか?」


「無差別大虐殺だ」


 歴史は勝者がしるす物。

 ルール違反を犯しても、勝ったなら武勇伝として歴史に残ることはあるだろう。


 だが、ルール違反を犯した上で負けたなら、記録にも残されない悲劇が待っている。

 俺の前世世界にはそのような歴史の断片が多数転がっていた。


「一度でも民間人から攻撃を受けたら、敵国軍人は目の前にいる民間人が女子供だろうが、自分が背を向けた瞬間に殺しにかかってくる可能性を意識してしまう。そうなったらもう自分が生き残るために無差別に殺さざる得なくなる。それが戦場となった市街地全体で行われる。その地獄が想像できるか?」


 うん。全員顔色がステキな土気色になりました。


「だから、先ず行うべきことは、軍隊に相当する組織の編成だ。この国の戦力がどのような指揮系統で編成されているのかは知らんが、【魔王】討伐が実施できたということは、戦闘可能な人間が多数所属する戦闘組織があるはずだ。それを再編成すればいい」


 こちらの方は組織の問題なので、王族が戦争のルールを理解したなら対応は難しくない。

 しかし、厄介な問題がもう一つ。

 いや、実質二つ残っている。

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