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16-5 異世界技術者達の覚悟(3.3k)

「その【戦略爆撃せんりゃくばくげき】で戦争が終わったのか?」


 黙って聞いていたヘンリー卿が、何かを考えながら問いかける。


 戦争は終わったか。

 難しい問いだが、俺は前世世界の歴史を正直に教えることにした。


「その戦争は最終的には、都市一つを一発で焼き払う【最悪の兵器】の実戦投入で終戦となった。その時にも数万人の一般市民が、自分の住む町で焼き殺された」


「飛行機はすでにある。その【最悪の兵器】を我々の技術で再現して、エスタンシア帝国の首都上空に運んで降伏を迫れば、戦争は終結できるんだな」


 ヘンリー卿が、とんでもないことを言い出した。


「何を言っているヘンリー卿。それは最悪の選択だぞ」

「どこが最悪なんだ。その脅しで相手が降伏するなら、前線で一人も兵士が死なずに済む。一般市民も当然無傷だ」


「こちらがそれをしたら、相手も同じことをしてくるぞ。俺達の頭上に【最悪の兵器】が飛んでくるぞ」

「お互いの頭上に敵国側の【最悪の兵器】があれば、実際に使うことはできないだろう。その状態であれば、開戦も抑止できる。私の立場からすると魅力的な解決策だ」


「こんな危険な手段のどこが魅力的なんだ?」

「皆が住んでいる私の領地は国境沿いだ。そして国境線に一番近い街があのヨセフタウンだ。【魔物】との戦いでも最前線だったが、今回もエスタンシア帝国軍の侵攻予測地点になっている。戦いが始まればあの街でまた多くの犠牲者が出る。開戦を回避するための抑止力は魅力的ということだ」


「街を守るために、世界全体を危険にさらすのか?」

「私は領主として領民を守る責任がある。世界を守るためだとしても、領民の命を差し出す選択肢は無い。それに、その狂った世界は【最悪の兵器】で滅びたのか?」


「滅びそうになったことはあったが、滅びてはいない。ヘンリー卿の言ったことと同じようなことをした時代もあったし、その世界で俺が死んだ頃も、それが抑止力となって大きな戦争を防いでいた部分もある」


「だったら、その【最悪の兵器】の開発が、今回の王命に対する最適解だろう。これを実現できる原理に心当たりがある者はいないか」


 今まで黙って聞いていたルクランシェが手を挙げた。


「その【最悪の兵器】の実際の原理は分かりませんが、単純に巨大な爆発力を得られれば良いのであれば、フロギストン感応素材の組み合わせで実現可能性があります」

「ルクランシェ! そんなものを作ろうとして、技術者としての良心は痛まないのか」


「戦争を抑止するためです。犠牲者が出るのを防ぐためです。誰に恥じることもありません」

「この世界の歴史に禍根を残すことになるぞ」


 プランテが青ざめた顔を上げて口を開く。


「フロギストンを吸蔵出来る材料と熱エネルギー変換ができる材料を発見しています。組み合わせると爆発させることしかできないので研究対象から外していましたが、爆発させる必要があるなら使えます」

「プランテまで何を言い出す。世界を滅ぼすつもりか!」


「【滅殺破壊魔法】を技術で再現するようなものか。そんな物作りたくないけど、それがあることで飛行機を兵器にしなくて済むなら……」

「ウェーバまで! 頭を冷やせ!」


 ヘンリー卿が紙束とペンを持ってきた。


「ならばその新兵器は【滅殺破壊弾】とでも呼ぶか。爆発させれば都市一つ消滅させるだけの威力を持つが、実戦での使用は想定せずに戦争を抑止するための【戦略兵器】として使う。あまり時間は無いが、短期間での開発は可能か?」


 各自がそれぞれ紙に図とか文字とかを描き始めた。


 俺は失敗した。

 兵器の開発を止めるために俺の前世世界の悲惨な戦争の歴史を教えた。

 そのつもりだったが、【最悪の兵器】の話をしたのは大失敗だった。


 彼等は技術者だ。

 俺が持ち込んだ技術の欠片を応用して、いろんなものを創り出してきた。

 原理的に可能であることを示せば、自分達でそこにたどり着くだけの力がある。


 俺の話を通じて【最悪の兵器】が実現可能ということを知ってしまった。

 このままでは、この世界の技術で【最悪の兵器】として【滅殺破壊弾】を完成させてしまう。


 何としてでも阻止しなくては。


「ヘンリー卿よ。その【滅殺破壊弾】が完成したとして、それを抑止力として使いこなせると思うのか? 今回はいきなり【宣戦布告】を受けている。何の交渉も無くいきなり最後の通知が来ているんだぞ。こんな幼稚な国際関係しかない状況で、世界を滅ぼすような危険な物を作るべきじゃないだろう」


「外交関係は王宮が考えることだ。国王から武器開発の指示が出ている。我々領主はそれに従い仕事をして、役割を果たすだけだ」


 そして、ヘンリー卿は天井を見上げながらつぶやく。


「それに、この世界の在り方は、この世界で生まれ育った我々に選ばせてくれてもいいじゃないか。たとえそれが、破滅に向かう危険性を持っていたとしても」

「それは一体、どういう意味だ」


「教えてもらった異世界技術を元に、この半年余りでいろんなモノを作ってきた。たしかに、仕事も生活も便利になった。しかし、その基礎になっている【我々の技術】自体は未熟だ。確かにモノはできているが、その基底となる要素研究、要素技術が薄っぺらだ。【深竜しんりゅう】の開発中止を通じてそれが明確になってしまった」

「それは、時間をかけて追いつけばいいだろう」


「【我々の技術】を本当の意味で進化させるためには、苦しみながら、数多あまたの犠牲を出しながら、その答えにたどり着く過程が必要なのだよ。狂った世界も同じだろう。悲惨な戦争。狂った殺戮。自ら招いた滅亡の危機。その繰り返しの中で、人々の意識も、技術も進歩してきた。だから、我々にも同じような歴史が必要なのだよ」


「その過程の中で無関係な人が沢山死んでもか。俺達だって死ぬかもしれないんだぞ」


「技術の進歩は世界全体に恩恵をもたらす。無関係な人など居ない。そして、何もしなくても我々は百年後には死んでいる。例え戦争の抑止に失敗したとしても、次の時代に優れた技術を残すために死ねるなら技術者として、研究者として本望だよ」


 何を言っているんだヘンリー卿。技術者なら分かるはずだ。


 技術は人々の生活を豊かにするためのものだ。

 人々が幸せに生きるためにあるべきだ。


 その進歩のために戦争の歴史と市民の犠牲を必要とし、自分の命すらも捧げようというのか。


 領民を守る義務があると言いながら、それを犠牲にした技術の未来を望むのか。

 本末転倒じゃないか。

 それじゃまるで……


【手段のためには目的を選ばないどうしようもない人間】


 そうか。

 そういうことか。

 彼はもう、俺を超える【クレイジーエンジニア】に進化していたんだ。


「分かった。ならばもう何も言うまい。そもそもこの俺は【異世界人】だ。この世界では【異物】だ。この世界の未来に口出しする権利は無い。この世界の人間で、この世界の未来を選ぶといい。狂った世界からの迷い人として、死ぬまでこの世界を見届けてやる」


 ヘンリー卿が陰のある笑みを浮かべて頷く。

 ウェーバ、プランテ、ルクランシェもそれに続き、頷く。

 全員、異論は無いようだ。


 俺はやりきれない。

 無理を承知で我儘わがままを言ってみることにした。


「酒が飲みたい。乾杯しよう。この世界の未来の選択を祝って」

「そうだな。私も飲みたいと思ったところだ。おい、酒をあるだけ持ってきてくれ」


 意外にも乗ってくれたヘンリー卿が、部屋の入口で立っていた【ザ・メイド】の方に指示を出す。


 その後、俺達は飲んだ。

 飲みながら、【技術を進歩させるための戦争】の実現と【滅殺破壊弾】の開発について熱く語りあった。


 世界を滅ぼしかねない危険な博打ばくちであることは分かっている。

 だが、この世界の人間がそれを選ぶなら【異物】の俺にはそれを止める権利は無い。


 何のために俺はこの世界に来た?

 俺の仕事は? 俺の役割は?

 俺は、前世で学んだ技術で何をしてしまった?


 一時いっときでもこの葛藤かっとうを忘れたい。

 そうも思って、俺は飲んだ。


 ふと思い出す。


「そういえば、ジェット嬢どこだっけ」


 そして、俺達は投獄された。

●次号予告(笑)●


 社会の中での人との関りにはルールがある。法律があり、それに反した際に取り締まりを行う警察組織がある。単純な力関係だけでは対人関係は決まらない。

 それに対し、国家と国家の間には法律も警察も存在しない。軍事力の力関係によりその関係性が決まる。


 目が覚めたらみんなで牢獄だった。


 不条理な扱いに対し、領主は主張する。

「我々は王命に従い新しい兵器開発の相談をしていただけだ。投獄されるような理由は無いぞ」


 脚の無い女は応える。

「うーん。ヨセフタウンで自警団の手伝いしてた頃。恐喝の現場押さえたとき、奪ったんじゃなくて貰ったんだから無罪だって主張した男がいたけど、あの男どうなったっけ」


 対人関係も、案外【力関係】次第なのかもしれない。


 そして、国王の元に引き出された男は暴言を吐く。


「お前らバカだろ」


次号:クレイジーエンジニアと謁見


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