16-4 戦争の気配、宣戦布告(3.6k)
俺達がウィルバー作の新しい翼【ウィルバーウイング】の試運転をしてから八日後。
食堂の昼食の営業が終わり、食堂で後片付けと掃除をしているときにキャスリンがフラッとやってきて、当然のように無茶ぶりをした。
「お忙しい中申し訳ありませんが、ちょっと首都まで来てくださいまし」
「いきなりだな。一体何があった」
「いろいろ事情がありまして。搭乗割は、ウェーバ操縦でプランテとルクランシェを【試作1号機】、貴方とイヨ様は例の翼で後続ですぐに出発しますわよ」
物腰柔らかい口調で、有無を言わせず命令。
ジェット嬢曰く、こういう時のキャスリンに逆らうのは危険とのことなので、俺達は問答無用で指示通りの搭乗割で離陸となった。
一列に並んだ【編隊飛行】。
キャスリン操縦の【試作2号機】が先頭で案内役。
その後にウェーバ操縦、プランテとルクランシェを乗客として乗せた【試作1号機】。
その後ろを、【ウィルバーウイング】を装着した俺とジェット嬢が追いかける。
この中で一番遅いのは俺とジェット嬢なので、先行する二機には速度を抑えるように頼んだ。
それでも飛行機は速い。150km/h程度は出ている。
防寒着はつけたけど生身で飛行機を追いかけて飛び続けるのは結構辛い。
俺は前世で大型バイクに乗っていたが、それで高速道路走った時の感覚に近い。
80km/h超えたあたりから風圧が急激につらくなるあの感覚を思い出した。
宿泊前提だが、男達の荷物は最小限だ。
でも、ジェット嬢は大きめのスーツケース持っていきたいと言ったので、それは【試作1号機】に積んでもらった。
女性は荷物多くなるのは仕方ないよね。
【編隊飛行】で飛び続けることおよそ一時間半。
首都の城壁都市外側に作られた飛行場に到着。
そこには、大型輸送機【深竜】の完成と運用を想定した長い滑走路と、大型の格納庫。そして、簡易的な貨物ターミナルのような設備が用意されていた。
【深竜】は国策としても期待されていたようだ。
ウェーバが気まずそうにその設備を眺めていた。
次の輸送機。無事完成するといいな。
飛行場で俺達を待っていた使用人の方の案内で、徒歩で首都のヘンリー邸に向かう。
馬車は用意されていたが、ジェット嬢を背負ったビッグマッチョの俺が馬車に入れないので、みんな合わせて歩いてくれた。
そういう友情が心にしみる。
キャスリンは別用があるということで、飛行場にて【試作1号機】に乗り換えてどこかへ飛んで行った。
首都のヘンリー邸。
各地領主が首都に持っている小さな別荘のようなところに案内されて、久しぶりにヘンリー卿と会った。
ヘンリー卿は首都で開かれる議会のために首都に来ていたとのこと。
その議会の内容に関連して緊急で相談したいことがあるので、キャスリンに頼んで俺達を連れてきてもらったそうだ。
首都に集まっている他領の領主も同じような状況らしく、そのためにキャスリンは【試作1号機】で飛んだとか。
会合部屋に集まったのはヘンリー卿、俺、ウェーバ、プランテ、ルクランシェ。
この屋敷には会議室のような部屋が無いので、ヘンリー卿の趣味の作業部屋を片付けて、普段作業台として使っている大きめのハイテーブルを囲んで立ったまま会合。
部屋の入口には俺達を案内してくれた使用人の女性。
【ザ・メイド】みたいな感じで立ってる。一人だけ規格外のビッグマッチョな俺が気になるようだが、あんまり気にしないでくれ。
「みんな突然済まない。今日の議会で国王から重大な発表があった。それに関連して、急ぎの仕事を頼みたいので急遽集まってもらったのだ」
ちょっと疲れた表情のヘンリー卿が話を切り出した。
「何があったんですか? 次の輸送機なら開発を始めていますよ」
ウェーバが気まずそうに応える。
早く輸送機を完成させろという国からの圧力かな?
そう言われても難しいんだけど。
「今回はその件じゃない。エスタンシア帝国から【宣戦布告】を受けたとのことだ」
全員、絶句。
一体、どういうことだ。
聞きたいことが多すぎる。
「詳細を教えてくれ。何がどうなってそんなことになったんだ」
「エスタンシア帝国側の事情は分からないが、今年いっぱいでヴァルハラ平野を明け渡さないと、開戦するという内容だそうだ」
「それで、国王はどうすると言っているんだ」
この国の政治システムは良く分からないが、意思決定には国王が大きく関与しているはず。
状況を打破する方法を考えていてくれればいいが。
「それで、今回の議会で各地領主に、エスタンシア帝国軍に対抗できるだけの兵器の開発を行うように指示が出た。当然私もそれに従う必要がある。そのために、領内屈指の技術者である君達を急遽連れてきてもらったということだ」
「断固拒否する!」
即答一択だ。
そんなものを作るために俺は技術者になったんじゃない。
そんなことをするために、俺は前世世界の技術を持ちこんだんじゃない。
「だが、今のユグドラシル王国の装備ではエスタンシア帝国軍に対抗できないぞ。それを報告した本人なんだからよく分かっているだろう。我々に負けて滅びろというのか」
分かっている。
それはよーくわかっている。
鉄スクラップ回収時に見つけたエスタンシア帝国軍のものとみられる陸戦兵器。
重機関銃、連射可能な大砲、内燃機関搭載の軍用車両。どれも今のユグドラシル王国には無いものだ。
今のユグドラシル王国の装備は、剣と魔法の世界そのもの。
鎧を着て剣を持ち、盾を構えて白兵戦。
そんな装備で重機関銃で武装した師団の前に出たら、千人居たって秒殺だ。
こちらにも小口径の単発銃はあるそうだが、重機関銃相手じゃ大して変わらん。だからといってこちらも新兵器開発で対抗したら世界がどうなるかは明らかだ。
「武器の開発はいたちごっこだ。俺の前世世界の歴史はこっちの世界とは違って人間同士の戦争を繰り返しだった。戦争を繰り返すたびに兵器技術は進歩し、その災禍は拡大してきた。俺はこの世界をそんな悲惨な世界にしたくないんだ」
「その世界での進歩した兵器というのはどのようなものがあるのでしょうか。その中に、災禍を拡大させないように、勝利を得るようなものは無いでしょうか」
「プランテよ。災禍を拡大しない兵器なんて無かったぞ。エスタンシア帝国軍の残した残骸は、俺の前世世界の機関銃や大砲に近いものだ。陸戦兵器はこの世界も同じような進歩をしている。あとは、飛行機を兵器として使った。これが最悪の進歩だった」
「飛行機を武器に使うなんて絶対に許容できません!」
ウェーバが怒った。
コイツは飛行機好きだ。怒るのは当然だ。
俺も飛行機の兵器化は避けたい。
「そうだな。飛行機を兵器にしたことで、戦争は取り返しのつかない形に進化してしまった」
「飛行機を兵器として使うというだけで、どれほどの変化があるというのだ。参考までに教えてくれないか」
ヘンリー卿が飛行機の兵器としての使い方に興味を持ったようだ。
その危険性は教えておかねばなるまい。
「俺の前世世界の戦争では【戦略爆撃】と言って、前線を飛び越えて敵国の市街地上空に大型飛行機で侵入し、一般人が日常生活をしている都市の上空から【焼夷弾】を投下して街を焼き払うような戦術が横行した。これで一般市民が十万人以上、戦場でもない自分の住んでいる町で焼き殺された」
全員絶句。
「狂ってます! その世界の人間は狂ってます! どう考えても頭がおかしいとしか思えません! 何を考えてそんなことをするんですか? 意味が分かりません」
青ざめたプランテが机に手をついて応える。汗だくになっているのが分かる。
冷や汗か。そうだろうな。
まぁ、分からないならその意味は教えておく必要があるだろう。
「【戦略爆撃】というだけあって戦略的には意味がある。兵器や兵士の供給元である都市を焼き払うことで、兵站を破壊して戦いを有利に進めることができるようになる。また、都市を焼き払うことで、戦争継続意思を削いで降伏を促す意味もある」
「確かに【深竜】ぐらいの飛行機があればそれは可能だ。だけど、それはもはや戦争じゃない。虐殺だ。そんな狂った世界は嫌だ。この世界をそんな狂った世界にしたくない」
ウェーバがつぶやく。
俺も同感だ。
「飛行機を一度でも兵器として戦争に投入したら、最終的にはこの【戦略爆撃】に行き着く。この世界でも同じだ」
この世界の飛行機は事実上の永久機関である【魔力電池】を動力源としている。
俺の前世世界の航空機と違って航続距離の制約が無い。
要素技術の制約で大型機を完成させるのは難しかったが、小型機で良いなら【戦略爆撃】の実運用までそんなに長い時間はかからない。
そして、どちらかが一度でもそれをしてしまったら、【戦略爆撃】の応酬になる。
どちらの国にも安心して住める場所は無くなり、街中に【防空壕】を常設し、【空襲警報】に怯えながら暮らす日常になってしまう。
飛行機の戦場への投入。
これだけは絶対に避けなくてはいけない。




