16-2 フォード社長、売れっ子作家を目指す(2.4k)
【深竜】開発中止から三日後の夕方。
フォード社長と車いす搭乗のジェット嬢が食堂のテーブル席に対面で座り仕事の話をしている。
「この【浄化槽】って何なの?」
「異臭騒ぎの時に東池のところに排水処理設備を作ったじゃないか。アレを小さくまとめたものさ。住宅一軒分の排水を生物処理で浄化して放流することができるんだ。オリバーとアンダーソン卿が開発して量産化の目途を立てたから、今度は事業化したいんだ」
「本当に次々といろんなことを考えるわねぇ。それで私に出資してほしいと」
「【浄化槽】の機械製造自体はオリバーの会社でできるけど、定期的な保守点検は営業範囲が広くなるから別会社を作りたいんだ。名前は【西方環境開発株式会社】を予定してる。魔王討伐成功で城壁都市外側に住宅地の造成が進んでるけど、ここと同じで水はけが悪い場所もあるんだ。そういうところに人が住むためにこれは必要になるはずだ」
「分かったわ。排水処理は国内全域で問題になっている話だし、それの解決策なら事業性は十分ね。株式を発行しなさい。全部買うわ」
「やった!」
商談は成立したようだ。
ジェット嬢の左後ろ、執事的ポジションで見守っていた俺も今回は冷や汗の出るやり取りが発生せずに安心したよ。
二人でコーヒーを飲んだ後、ジェット嬢が話を切り出す。
「そういえば、【西方農園】の今年の今年の作付面積、ちょっと異常じゃない? トラクターがあるからって、やりすぎと思うわ」
「俺もそうは言ったんだけど、ヴァルハラ平野は広いし、排水処理設備の汚泥から肥料が大量にできたし、裏山のため池の水量は余裕があるし、これだけ条件が揃ってしまったからオリバーが暴走してしまって……」
「普段の見回りどうするのよ。トラクターがあってもあの広さは大変よ」
「【試作1号機】で空から見回りするそうだ。ウェーバも飛行機の用途が増えると喜んでた」
「【豊作貧乏】になっても知らないわよ」
「まぁ、売れ残ったら玄麦の状態で国家備蓄として買い取ってもらえば無駄にはならないし、いいんじゃないかな」
「国家備蓄の買取価格は安いのよね。在庫過剰になりがちなのは分かるけど、食料の生産力は重要なんだからもうちょっと値上げしてほしいわ」
「同感だ」
二人でテーブルに置いてあるビスケットをつまみ、ちょっと間があく。
40代のオッサンとして、仲の良い男女二人を生暖かい視線で見守る俺。
こういう日常が楽しいのだ。
「俺、社長辞めようと思うんだ」
「ゲフッ! ゴホゴホ!」
フォード社長がいきなりとんでもないことを言い出して、ジェット嬢がむせた。
「いきなり何を言い出すのよ! むせちゃったじゃない!」
「すまん。実は、最近【西方運搬機械株式会社】の経営実務はエドゼルに任せてたんだ。仕事は楽しいんだけど【深竜】の件もあって、このままじゃよくないと思うようになったんだ」
「それで、【社長】を辞めて、次は何をしたいの?」
「物書きになりたい。そして、【売れっ子作家】を目指したい」
「向いてないわ」
「なっ! なんで断言するんだよ! 俺こう見えて作文得意だぞ!」
「向いてない。物書きとか絶対に向いてない! アンタは経営者が天職よ!」
「俺の書いた資料渡した時、文章力とか構成力とかメアリにも褒められたんだ。出版したら売れるかもしれないとまで言われた。だから、ユグドラシル出版社に原稿を持ち込みたいんだ。そして、続編を書きたいんだ」
「持ち込むべきじゃないわ! 書くべきじゃないわ! 続編だなんて冗談じゃないわ! アンタの天職は社長! もう社長するしかないのよ!」
珍しくジェット嬢が必死だ。
そんなにフォードに本を書かせたくないんだろうか。
「俺の人生は俺の自由だ! 社長業はエドゼルに引きついで、俺は続編も番外編も特別号限定版も執筆して出版して、【売れっ子作家】になるんだー!」
フォードが席を立って食堂棟から飛び出して行った。
「ちょっと! 待ちなさーい!」
焦るジェット嬢を背中に張り付けて、食堂棟北側広場を裏山に向かって走って逃げるフォードを【ジェットアシストマッチョダッシュ】で追撃。
正直、フォード相手の追いかけっこならジェットアシストはいらないんだが、ジェット嬢は必死なのか魔力推進脚の推力でグイグイ押してくる。
ダダダダダダダダダ
「逃げるっていうことはそういうことなんだよ! 分かれよ!」
ドドドドドドドドド
「追いかけるということはそういうことなんだ! すまん! 分かってくれ!」
どこかで聞いたようなやりとりをしながら追いかけて距離を詰める。
「捕まえずに追い越して頂戴!」
ジェット嬢から謎の指示。言われたとおりにフォードを追い越した直後。
「捕獲!!」シュバッ
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
半径6mぐらいの【地獄の業火壁】が俺達の周りに出現。急ブレーキで灼熱のプラズマカーテンへの突入を回避。
「何するんだ! 危ないだろ!」
フォードが叫ぶ。
「話し合いよ! 仕事の話よ!」
食堂棟北側広場の中に突如出現した【地獄の業火壁】。
周囲全周を囲う推定温度3000℃のプラズマ火炎のカーテン。
その中に閉じ込められた俺達三人。
犯人は当然ジェット嬢。
俺は灼熱のプラズマ火炎からの輻射熱に耐えながら、フォードに背中を向けて話し合いが終わるのを待った。
普段から【不適切発言】や【不道徳行為】に対しては容赦ないジェット嬢であるが、話し合いのためだけにここまでするのは珍しい。
それほど重要なことなのだろうか。
結局、フォードを社長として【西方良書出版株式会社】を設立することを条件に、フォードがジェット嬢からの仕事を引き受ける形で話はまとまったようだ。
そして、ジェット嬢からの依頼の仕事の都合と、首都に本社を置く形で【西方良書出版株式会社】を設立するため、フォードは首都に向かって旅立っていった。
【西方運搬機械株式会社】の社長はエドゼルに交代だ。
フォードがヨセフタウンから居なくなる。
寂しくなるなぁ……。




