16-1 深竜の頓挫と残された知見(1.3k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから百七十一日目。ヴァルハラ平野でエスタンシア帝国軍の物と見られる陸戦兵器の残骸を発見してから三十七日後。
あの後、陸戦兵器の残骸は何度かに分けて回収。
一部を残して鉄スクラップとして再利用した。
上質な鉄が確保できたことにより【試作2号機】の修理と改良は無事完了。
【免停】期間が終了したキャスリンが再度飛ぶことで、国内の情報伝達網の混乱は収束した。
同時に、国内各領地に【試作1号機】が離着陸できる滑走路が整備されることになった。
そして、残した一部の残骸は鹵獲兵器としてウィリアム達にて調査を行い、その結果をヘンリー卿を通じて王宮に報告した。
その後、ヨセフタウン及びサロンフランフルト周辺では特に何の動きも無く、平和な日常が続いている。
今日もいつも通りの一日、そして夕方。
俺は、ジェット嬢を食堂に残して【西方航空機株式会社】の格納庫で行われている集会に参加している。
格納庫に置かれた例のギロチン台の両脇に沈痛な面持ちでウィルバーとウェーバが並び、【西方航空機株式会社】の設計者達がそのギロチン台に向かって、こちらも沈痛な面持ちで整然と並んでいる。
その後ろの方には、キャスリンも居る。
室内に轟音が響く。
ギロチンの刃が落とされたのだ。
もちろん誰も乗っていない。
ただ、刃が落ちただけだ。
そして、集まっているメンバーがそれに合わせて黙祷をはじめる。
何をしているのかというと、【深竜】開発中止の会だ。
ギロチンを使う意味は分からないが、彼等なりの気持ちの区切りとしてこの謎儀式を行っている。
【深竜】は、【西方航空機株式会社】が新型航空機として開発を進めていた全備重量30tを超える四発の超大型輸送機だ。
目標必達を掲げて設計を進めていったが、設計を進めるうちに各所に無理が出てきた。
この国に蓄積された要素技術では、超大型機を完成させて安全に飛ばすことは不可能だった。
降着装置、操縦系統、機体構造それぞれに多くの問題点が露呈。
特に、材料面の問題が大きかったという。
俺の前世世界では航空機の構造には軽金属合金が主に使われていたが、この国では軽金属合金の精錬技術は開発されていない。
鉄と木だけでは超大型機の構造は設計できなかった。
そして、設計進捗や問題解決の見通し等を話し合った結果、【開発中止】という結論に至った。
構想発表から開発中止判断までの四十九日間。
その間必死で頑張った設計者達には悪いが、俺には最初からこうなる事が分かっていた。
だが、この開発の中から得られたものは大きい。
次の開発に生かせる知見が多く得られたはずだ。
黙祷後に、集会は終了。
設計メンバーはとぼとぼと帰って行った。
「【リズ】はもう完成しないのね。楽しみにしてたのに……」
退社していく設計者を見送りながら、キャスリンが寂しそうにつぶやいた。
俺は心の中で突っ込む。
【リズ】って何だよ。
心の整理のため、今日から一週間【西方航空機株式会社】の設計室は休業するとのこと。
静かになった格納庫の隅で、ウェーバとキャスリンが何か相談をしていた。
俺は失敗と挫折を乗り越えた彼等の次回作に期待しながら、ジェット嬢の待つ食堂棟へ帰った。




