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15-4 便利屋キャスリンの置き土産(2.6k)

 【西方航空機株式会社】設立と、【深竜】開発開始から十二日後の午前中。朝食の片付けが一段落して食堂の掃除をしていたら、食堂棟に来客。

 俺と車いす搭乗のジェット嬢で出迎える。


「鉄が足りないんだ!!」


 食堂に入るなり叫んだ来客は、フォード社長だった。


「落ち着け。まずは座れ。コーヒーを淹れてやる」


 テーブル席に座らせてコーヒーを出しつつジェット嬢と一緒に事情を聞く。


「鉄の材料はユグドラシル王国南部の工業地帯から仕入れていたんだけど、二週間ぐらい前から材料が届かなくなったんだ」

「納期遅れか? 仕入れ元には連絡したのか?」


「確認のため手紙は送ったんだけど、送ってもあの地区に届くには十日ぐらいかかるから、返信は届いてない」


 そうか、この世界では通信技術も移動手段も未発達だから、遠方の状況確認には時間がかかるのか。


「でも、製鉄工場にはキャスリン様の指示で滑走路を造ったと聞いていたから、もう待てないと思って昨日ウェーバに頼んで【試作1号機】で事情を聞きに行ってもらったんだ。今朝帰ってきて報告を受けたけど、製鉄工場の操業が止まってしまったそうなんだ」


「一体何が起きたんだ? 事故か? 災害か?」

「事故や災害は起きてない。石炭とか、鉄鉱石とかの製鉄用の原料が鉱山地区から届かなくなって、操業が出来なくなったそうだ」


「鉱山側でなにかあったのか?」

「鉱山側の状況は良く分からないけど、鉱山地区と工業地帯の間の連絡手段が使えなくなったせいで、必要材料手配の情報伝達が混乱して材料が手配できなくなったとか」


「いきなり連絡手段が使えなくなるというのはどういうことだ? 鉱山地区と工業地帯の間を【魔物】の群れにでも寸断されたのか?」


「【魔物】は出てない。情報伝達が速くなったから材料の保管量を減らした矢先にこんな状態になったそうだから、もしかしてと思って修理中の【試作2号機】の飛行記録簿を確認してみたんだ。そしたら、キャスリンがその地区の間を定期的に飛んでいたことが分かった。鉱山地区と工業地帯の間の情報伝達をキャスリンが【試作2号機】で引き受けていたんじゃないかと。そして、今【試作2号機】は修理中で飛べない。おそらく、これが原因だ」


 俺はそれを聞いて、前世で開発職サラリーマンをしていた時のことを思い出した。

 業務効率を格段に引き上げる新手法を一人で片手間で作り出して普及させ皆に感謝されるまではいいけれど、保守や代替策を考える前に普及させてしまったがために、何らかのトラブルでその手法が使えなくなったときに職場が大混乱に陥るパターン。

 前世の職場にも居たよ。

 そういうことをするありがた迷惑な奴。


 前世の俺だ。


 この世界の情報伝達は遅い。

 一番速い移動手段が馬なぐらいに遅い。

 格段に高速で、場所を選ばず離着陸できる【試作2号機】はその状況の改善に絶大な効果を発揮する。


 だからキャスリンはそういう仕事を引き受けたんだろうが、引き受けるなら役割を確実に果たせる形を整えてからにするべきだった。

 【試作2号機】は一機しかないし、それを操縦できるのも実質一人しかいない。確実に運用を継続できる状態ではないのは明らかだろう。


 しかも、引き受けていた仕事が情報伝達というのはかなりマズイ。

 仕事が滞ったら絶対混乱が発生するやつだ。


 もう嫌な予感しかしないが、俺はフォード社長に確認する。


「キャスリンが定期的に飛んでいた場所は他にあるのか? あるんだとしたら、その周辺地区でも何らかの混乱が発生しているかもしれん」

「飛行記録を見る限り、飛んでいた地区はユグドラシル王国全域だ。ほぼすべての領主邸に頻繁に離発着していた記録がある。晴れた日の日中はほぼ飛び続けていたようだ。ウェーバもこの飛行記録を改めて読み直して驚いていた。この飛行時間は真似できないと」


「これは、国内大混乱確定だな……」

「キャスリンらしいわ……」


 ジェット嬢が呆れた表情で一言。


 ユグドラシル王国全域をカバーできる高速な情報伝達手段は【試作2号機】しかない。馬車や馬では遅すぎるし、【試作1号機】が離着陸できる滑走路は場所が少ない。


 また、国内にある滑走路の全体像を把握しているのもキャスリンだけだ。

 混乱を収束させるには、暫定的でも【試作2号機】にキャスリンを乗せて飛ばすしかない。


 キャスリンの【免停】期間は残っているが、イェーガ王子も王族だ。

 国内大混乱の収束のためならそこは【執行猶予】の相談はできるはずだ。


「【試作2号機】の修理状況はどうだ。混乱が拡大する前に一時的にでも【試作2号機】を飛ばすしかないだろ」

「だから、鉄が足りないんだ。【試作2号機】の修理に必要な部品を作るための鉄が足りないんだよ」


「鉄がいきなりなくなったわけじゃないだろう。何故【試作2号機】を後回しにしたんだ」

「鉄材料の納期遅れがこんなに長期化すると思ってなかったし、【試作2号機】がそんな役割を担っていたなんて知らなかったんだ。だから、試作とか実験用の材料使用を控えて、受注済みのトラクターの量産を優先したんだ」


 フォード社長は間違ったことは言ってない。

 むしろ、経営者として正常な判断だ。

 キャスリンの免停期間を考えると、【試作2号機】の修理を量産より優先する理由は無い。


 せめて、キャスリンが普段【試作2号機】で何をしていたかを知らせてくれていたらとは思うが、今となっては後の祭りだ。


「ヘンリー領や近隣領主配下の自警団が【魔物】対策用として備蓄していた剣とか盾とかも根こそぎ買い取ってしのいでいたんだけど、いよいよ材料が足りなくなってきた。だからちょっと手伝ってほしいんだ」

「俺に出来ることなら手伝うが、何か方法があるのか? 俺をバラしても鉄は取れないぞ」


「【ヴァルハラ平野捜索隊】がヴァルハラ平野で大量の鉄スクラップを見つけたんだ。それを集めて持ち帰りたい。【西方運搬機械株式会社】から腕力自慢の男を三人集めたけど、鉄スクラップの中には大きいものもあるから一緒に来て台車に鉄スクラップを積み込むのを手伝ってほしいんだ」


 ああ、この世界にはクレーンとかフォークリフトとかの重機がないから、その代わりか。それなら確かにビッグマッチョの俺の出番だ。


「わかった。俺も行く。でも行先がヴァルハラ平野だから、ジェット嬢は留守番だな」


「ヴァルハラ平野にはアレが居るのよね。まだ見つかってないの?」

「すまない。【勝利終戦号】は未だに行方不明だ。現場で鉢合わせすると危険だから、ここで待っていてほしい」


 不満そうなジェット嬢にフォードが応えた。

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