15-3 夢の輸送機・深竜、無茶な挑戦もまた進歩(1.9k)
フォード社長とジェット嬢の間の【西方運搬機械株式会社】のお腹いっぱいな決算説明会から四日後、航空機事業と【品質保証部】を親会社から切り離した【西方航空機株式会社】が設立された。
そして、【西方運搬機械株式会社】の工場より少し北側にある格納庫の端に設計室を作り、航空機設計メンバーと【品質保証部】はそこに転居した。
もちろんギロチン台も一緒に。
コンピュータも通信システムもないこの世界では手形や小切手等の清算処理が遅い。そのため正式な会社設立手続きにはもう少し時間がかかるようだが、やることは決まっているので実働は先に始めてしまう形だ。
【西方航空機株式会社】の社長はウェーバが務める。
ウィルバーが【品質保証部】所属を主張したのと、野心家のウェーバが社長役をやりたいと希望した結果とのこと。
本当にいいコンビだ。
転居作業が落ち着いた午後。
ウィルバーとウェーバ社長が新型航空機開発の構想説明会をするというので、俺も参加した。
ちなみにジェット嬢は縫物をしたいそうなので、車いす搭乗で食堂で留守番だ。
そして、構想説明会が始まる。
【西方航空機株式会社】全社員が集まる設計室にて、黒板に描かれた新型航空機の構想図を指して、野心家のウェーバ社長が熱く語る。
「これからは、航空輸送の時代だ。人員、荷物を一度に大量に運搬できる航空機を開発し、各領地に飛行場を整備することで領地間の人、モノ、金のやり取りを高速化する。その新時代のもたらすためにこの【深竜】の開発を行う!」
集まった全社員から歓声が上がる。
【深竜】の開発名を付けられた新型航空機の構想図を見る。俺は、この世界の文字は読めない。でも図なら分かる。黒板に描かれた【深竜】の構想図と、その端に比較用に描かれた【試作1号機】の対比より、作ろうとしている物がどんなものかは読めるのだ。
全長約30m、全幅約42m、四発の超大型航空機。
4t~5tぐらいの貨物を一気に輸送できる。
しかも、事実上の永久機関である【魔力電池】により、燃料が不要。
俺の前世世界の航空機は、離陸重量の何割かが燃料となるぐらいに大量の燃料を必要とした。だから、航空機による貨物輸送は、運ぶ荷物よりもそれを運ぶために必要な燃料の方が重くなるぐらいに非効率なものであり、貨物輸送の主力とはなりえないものだった。
だが、この世界ではその燃料が不要。たしかに、完成すればこの世界では貨物輸送の主力となれる可能性もある。その有効性は計り知れない。
実際、排水処理施設を作った時も【試作1号機】は遠方からの人員や物資の輸送に大活躍した。その時に、積載量の少なさで困ったのも事実だ。だから積載量の大きい航空機は確かに欲しい。
しかし、俺には分かる。
この世界の今の技術レベルで完成は無理だ。
まず、空気入りタイヤが実用化できてない。
全備重量で30tぐらいになるこんな大型機をソリッドタイヤで離着陸させるなんて無理だ。
飛行機を作る以前に、この重量で地上を走るものすら作れていない。
軸は? 軸受けは? 緩衝装置は? そしてブレーキは? ヨセフタウンには多種多様の鉄系合金がある。そして、その加工技術も高度だ。
でも鉄だけでは機械は作れないぞ。
そして操縦系はどうする。
動翼を操縦桿とワイヤーで繋いだとしてもこれだけの巨大機だ。人力じゃ舵は動かんぞ。油圧か? 継ぎ目のない長いパイプ作れるか? 高圧で漏れない継手作れるか? 長時間油の浸漬に耐えられるゴムはあるのか?
さらに、高圧の油圧ポンプを作れるだけの精密加工技術あるのか?
いっそ電動で操舵するか?
電動機ならあるが、サーボモータに必要な電子回路の要素技術が全く無い。配線も未だに布巻絶縁だ。
飛行中に舵が利かなくなったら、墜落するぞ。
機体もだ。
これだけの大きさ。木造で作れるか? いくら燃料不要で重量制限が緩和されていると言っても、鉄で作るのか? それで飛べるか? 荷物載せられるか?
軽金属合金が必要だろ。ちょっと前に電池が実用化されたぐらいだ、軽金属の電解精錬技術なんて無いよな。
分かっていても、俺はそれは指摘しない。
開発を止めたりもしない。
壮大な夢を見るのもいい。その夢を目指すのもいい。
技術の進歩というのは積み上げの繰り返しなんだ。
その積み上げの中には、背伸びをしすぎて失敗する経験も必要なんだ。
俺の前世世界でもそうだった。
失敗と犠牲を乗り越えて、技術を進歩させてきた。
ここの【品質保証部】にはウィルバーが居る。
だから、犠牲者が出るような失敗はしない。
挑めばいい。
そして失敗すればいい。
そこから何が必要だったか学べばいい。
それがこの世界の技術の進歩だ。
俺は、新型航空機の設計構想で盛り上がる設計室からそっと退出した。
●オマケ解説●
【深竜】のモデルは、日本海軍の陸上攻撃機深山。
4発の大型航空機だけど、実戦での活躍は殆どなかったとか。




