15-2 フォード社長の不適切会計と株主ジェット嬢の裁き(5.5k)
俺がジェット嬢の腰痛治療による【波動酔い】から復活し、ジェット嬢と夜の散歩をして、キャスリンに【免停】処分が下された翌日。
イェーガ王子とキャスリンは午前中にウェーバ操縦の【試作1号機】で首都まで帰った。
いつのまにか首都にも【試作1号機】が離着陸可能な滑走路を整備していたらしい。また、首都だけでなく、いくつかの領地でも滑走路と飛行場の整備を進めているとか。
【試作1号機】に乗客として乗って帰るキャスリンに、ジェット嬢は座布団を三枚渡していた。
そして、ウィルバーはフォード社長に相談して【西方運搬機械株式会社】に【品質保証部】を設立。ギロチン台を使って品質管理を始めたとのこと。
また、フォード社長は【勝利終戦号】の捜索と今後のヴァルハラ平野開拓に備えた測量を目的とした【ヴァルハラ平野捜索隊】を結成。【勝利終戦号】開発リーダーのウィリアムと、西方農園のオリバーを代表として活動を開始したそうだ。
サロンフランクフルト周辺で各自がいろんな動きをする中、俺は、食堂棟の掃除をして過ごした。丸三日寝ていたので、建物内の高いところを中心に汚れが溜まっていたのだ。
腰痛が治ったジェット嬢は昼食営業時は車いすのスーパーウェイトレスとして復活し、空いた時間は縫物や読書を等をして楽しそうに過ごしている。
腰痛が治ったので日常生活が快適になったのが嬉しいようだ。
やっぱり楽しい日常のためには健康第一だ。
◇◇◇
イェーガ王子とキャスリンが首都に帰り、【西方運搬機械株式会社】に【品質保証部】が設立されてから三日後の夕方。
今日はフォードが社長を務める【西方運搬機械会社】の決算説明と配当金の支払いの日だ。
この地域の主要作物は小麦で、十月が作付けで翌年六月が収穫。収穫から次の作付けの間の七月~九月はわりと暇になる。
だから、七月で決算を締めて、八月に配当金を支払うことに決めたのだ。
経営陣はフォード社長一人、【株主】はジェット嬢一人なので、食堂棟のテーブルで対面に座り書類を広げながら、こぢんまりとした決算報告を行っている。
俺はいつものポジション。ジェット嬢の左後ろの執事的立ち位置でそれを見守る。
ちなみに、ジェット嬢はなぜか昨日は医務室で寝たようで、起きてから夕方まで俺の背中に張り付いていた。
そしてフォード社長が食堂棟に来てから、しぶしぶ座布団三枚を重ねて敷いた車いすに降りた。
以前にもこんなことがあったような。
「トラクターの製造台数に対して、えらく売り上げが多いけどどういうこと? いまのところトラクターしか作ってないわよね」
「それは、トラクターを保守契約と合わせて販売してるからだよ」
報告書を見ながらのジェット嬢の問いにフォード社長が応えた。
質疑応答の時間だ。
「保守契約って何よ」
「あのトラクターは電動機の部品とか、鉛蓄電池とか、定期交換が必要な部品が多いし、故障して修理が必要になることもあるから、トラクター販売時に一年分の消耗品交換と故障修理と定期点検の代金を頂いておくのさ」
「なかなか斬新な発想ね」
「斬新だったから社内でも反対意見はあったけど、やってみると結構好評だったんだ。どちらにしろ故障したらうちでしか修理できないし、農家にしてみれば先払いしておけば一年間の運用費用が読みやすくなる。それに、定期点検することで故障とかを防いでおけば、ある日突然トラクターが使えずに困るということもない。そして、会社としても売上が安定するメリットがある。だから今ではもう保守契約とのセット販売に一本化してる」
俺の前世の世界での【サブスクビジネス】に相当するものだな。
「使用済みの鉛蓄電池を確実に回収するというのも重要な目的だ。鉛蓄電池は分解して材料を取り出せば安価に作り直せる。でも、有毒な鉛を使っているから、決められた以外の方法で廃棄すると罪に問われるんだ」
俺の前世の世界での【リサイクル】と【環境規制】に相当するものだな。
「トラクターの販売台数が増えて点検でお邪魔する範囲が広範囲になってきたから、点検作業に特化した小規模な工場を点検拠点として近隣領地の穀倉地帯に四か所作った。こうしておけば、農家の人にトラクターを乗ってきてもらって点検もできるし、トラクターが動かなくなったときもそこから部品を持って点検作業員を向かわせることもできる」
俺の前世の世界での【メンテナンス拠点】に相当するものだな。
「トラクターと保守契約以外の物品販売の売り上げも大きいけど、これは何をしたの?」
ジェット嬢が問いかける。
俺も文字が読めるならその報告書読みたいよ。
「これは思わぬ副産物さ。オリバーのところでいろんな農機具を製造しているから、それを点検拠点でも売るようにしたらすごく売れた。各地の農業に詳しい人に聞いてみたら、地区や時期によって必要な農機具が変わってくるらしい。それに合わせて修理拠点に農機具を在庫して販売するようにしたら、点検でトラクター乗ってきたお客様が点検帰りに農機具を買って帰るパターンが定着して売り上げが上がったんだ」
俺の前世の世界での【ついで買い商法】に相当するものだな。
「この、農場販売ってのは何? 農場も売ってるの?」
ジェット嬢がまた聞く。
読みたい。俺もその報告書読みたい。
「魔王討伐成功で【魔物】が出なくなったおかげで、城壁都市の外側を開拓するのがブームなんだ。いろんな人が各地の領主に許可をもらって農場経営を始めようとしている。でも、農業の経験が無い人の参入も多くて、作付けや収穫の時期や、肥料の調合などが分からず困るパターンも多いんだ。基本的に農家って世襲だからな。農家の間でのノウハウのやり取りも少ないし、新規参入者を指導するような人もあんまりいない。そこで、俺達元々農家だし、オリバーはいろんな作物の栽培に詳しいから、農場経営全体の手法の指導と合わせて必要な機材を販売してみた。これが好評で、トラクターや農機具を単体で売るより利益率が高くなったんだ」
俺の前世の世界での【プラットフォーム販売戦略】に相当するものだな。
「そう、それでこんなに売り上げが上がったのね。それで、そこから得た利益で工場建屋増設に投資したり、オリバーのところに出資して会社作ったりしたのね」
俺の前世の世界での【子会社】に相当するものだな。
「そうさ、売り上げを増やしていくには設備投資は必要だからな」
フォードは嬉しそうに話すが、ジェット嬢は不満そうだ。
「儲かったら儲かっただけ設備投資にお金使って、見かけ上の利益を減らしたら配当金も目減りするわよね。これはルールの問題だから仕方ないけど、工場とか設備とかやたら高額なものは数回の決算に分けて計上するとかそういう工夫も必要だと思うわ」
俺の前世の世界での【固定資産】の考え方に相当するものだな。
「なっ。それはそういうルールなんだからいいだろ。約束はちゃんと守ってるぞ」
「そうね。ルールの問題よね。今度ヘンリー卿に相談してみるわ。今はいいけど、長期的にはそのへんのルールは工夫したほうがいいと思う」
俺の前世の世界での【法改正のためのロビー活動】に相当するものだな。
「まぁ、そういうわけで、今回の配当金はこの額になる。問題なければ小切手を発行するよ」
フォードが話をまとめに入る。初めての決算発表。
経営者としてよく頑張ったなフォード。
お前はできる奴だとオッサン信じていたぞ。
「フォード。私の職業覚えてる?」
ジェット嬢があんまり関係なさそうなことを突然言い出した。
「【金色の滅殺破壊魔神】だろ?」
「違うわよ。それは職業じゃないわ」
「じゃぁ王宮所属の【聖女】か?」
「それはもう退役したわ。今はウェイトレスよ。町はずれの宿屋のウェイトレス」
「それと今日の話と何の関係があるんだよ」
「昼食を食べにくる工場の従業員はみんな顔見知りよ。そして、この町で私に嘘を付ける人はいないわ。経理部の決算担当者含めてね」
フォードの顔色が一気に悪くなる。お前まさか……。
「やたら利益率の大きい【お仕事】が二件ほど、【報告】に含まれてないけど。報告していただけるかしら。他領の鍛冶屋が絡んでる件と、ヨセフタウン内の学校の教室を借りて行っている件の二件よ」
フォードは冷や汗を流しながら、しどろもどろに追加報告を始める。
「……ヨセフタウンで開発された多種多様な鉄合金の製法を、製造量に応じた対価を支払う条件で公開したんだ。得た利益はそれぞれの合金を開発した鍛冶屋と、販売や使用料の徴収を管理しているウチの会社で折半してる」
俺の前世の世界での【ライセンス生産】というやつだな。
「次は?」
「……会社を起業して急成長させた功績を買われて、俺の話が聞きたいという人がたくさん出てきたから、ヨセフタウン内の学校の教室を借りて起業教室みたいなことをしてみたんだ。講義終了後に個別相談も受け付けると言ったら、ユグドラシル王国全土から参加者が来て意外と儲かった。その時、全国から経営者が集まったから、ついでに即席で立食パーティをしてみたらこれも好評で、講義、相談、交流会のセットでイベント企画したら参加希望者がどんどん増えて申し込みがたくさん来てる」
俺の前世の世界での【経営セミナー】というやつだな。
「その講義の資料を写しを貰って読ませてもらったわ。大半は会社経営とかの話で私にはよくわからなかったけど、最初の章で約束を守ることの大切さと信用の大切さを説明しているわね。書いた本人がコレ実践できてる?」
俺その資料読みたい。字読めないけど中身知りたい。
あとで教えて。読み聞かせて。
「利益率の高いこれらの【お仕事】の【報告】が漏れていたのはなぜかしら」
青ざめた顔で冷や汗を流すフォード社長をジェット嬢が鋭い追撃。
「えーと、【西方運搬機械株式会社】の本業から外れることなので、【報告】しなくてもいいかなって思って……」
「活動資金は【西方運搬機械株式会社】から出しているし、活動人員も【西方運搬機械株式会社】所属の人間が当たっているわ。ルールの上では、これは【報告】すべき内容よ。本業から外れるというのは確かだけど、独断で利益を別枠にするのは適切じゃないわ。少なくとも【連絡】と【相談】は必要だったんじゃないかしら。これは誰の判断?」
俺の前世の世界で言うところの【不適切会計】というやつだな。
フォード社長、そろそろ謝れ。もう無理だ。
いいから早く謝れ。俺はそんな目線をフォード社長に送る。
「経理の担当者と相談した結果、この扱いが適切ではないかと……」
フォード社長は俺の心配をあっさり裏切るようなことを言いだした。
なんか俺まで冷や汗出てきた。
フォード社長、やめてくれ。見てるほうも恐い。
「経理担当のクララが泣いてたわよ。あの人を止めてって」
俺の前世の世界で言うところの【内部告発】だな。
ジェット嬢のため息交じりの一言で、フォード社長は、詰んだ。
観念したフォード社長が震えながら語る。
「お金が、お金が必要だったんだ。ウィルバーの事業を切り離して別会社にするために、お金が必要だったんだ……。【品質保証部】の連中が図面や設計にミスを見つけるたびに設計者をギロチン台の下に固定して説教するから、ここ数日で離職者がどんどん出てる。奴等を会社から追い出すためにはそうするしかなかったんだ……」
俺の前世の世界で言うところの【ブラック企業】だな。
いや、それどころじゃない。
ウィルバーそんなことしてたのか。
しかも奴等って複数形。そんな奴が何人もいるのか。
それは確かに嫌だな。一緒に仕事したくないな。辞めたくなるな。
「投資の時の約束事項で、偽装があった場合の賠償金の規定があったわね。正確に計算した配当金と、賠償金。まとめて早急に支払いよろしく。約束守らないと【滅殺】よ」
詰んだフォード社長にジェット嬢が情け容赦なくとどめ。
それを聞いたフォード社長が頭を抱えて震えながらつぶやく。
「全部支払ったら、ウィルバーの会社への出資もできない。それどころか、直近の資金繰りまで怪しくなる。目を離すとすぐに設計室にギロチン台を持ってくる【品質保証部】と離れられないのか。悪夢だ……」
フォード社長よ。
ちゃんと約束守っていれば、少なくとも、適切なタイミングで【相談】しておけばこんなことにはならなかったんだぞ。
「ウィルバーの会社に株式を発行させなさい。手持ち資金と今回の配当金と賠償金を使って全部私が買うわ。あと、オリバーの会社の株持ってるんでしょ。それも私が買うわ」
ジェット嬢が突如出した助け舟。
それを聞いてフォード社長が涙目で顔を上げる。
「イヨ様! ありがとうございます。イヨ様! まるで【聖女】のようであります!」
フォード社長が地獄から救われたような表情でジェット嬢を拝んでいた。
俺の前世の世界での【買収】に相当するものだな。
「いろんな仕事を次々作り出して儲けるのはいいの。でも、【報告】【連絡】【相談】はちゃんとして。あと、そうね。本。書籍を執筆したり、編集したりして、それを印刷して売るような、そんなことを始めるときは、必ず事前に【相談】して頂戴。売る前に、印刷する前に必ず【相談】よ。あぁ今日もお尻が痛いわ」
拝み倒すフォード社長に対してジェット嬢が追加で注文をつけているが、【出版業】になにか思うところがあるのか?
あと、前も聞いたような気がするが、最後の一言の意味がよくわからないぞ。
そして、あまりに逞しい異世界の若者たちのビジネスセンス。
前世で開発職のサラリーマンだった40代のオッサンも満腹感を感じてつぶやく。
「俺はもう、お腹いっぱいだよ」




