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14-5 ジェット嬢の腰痛と波動酔い(2.3k)

 脚の痺れを感じて目が覚めた。

 見覚えのある天井が見える。

 ここは医務室のベッドだ。俺はベッドに寝かされている。

 身体は動くようだ。周囲を見る。

 ベッドの脇に車いす搭乗のジェット嬢が居た。


 なんか不安げな表情で俺を見ている。


「…………」


 目が合う。だが、ジェット嬢は黙って俺を見ている。

 どうしたというのだ。


「どうしたジェット嬢。俺の顔に何かついてるか?」

「目が覚めたのね。皆を呼んでくるわ」


 パッと表情を明るくしたジェット嬢が一言。


 そして車いすで医務室から出て行ってしまった。

 今の間は一体なんなんだ。


 起き上がって脚の方を確認すると、ベッドからはみ出した脚が宙に浮いていた。

 脚がしびれるわけだ。


 今の俺は規格外のビッグマッチョで医務室のベッドに納まらない。

 だからベッドの脚の方の柵を取り外して、脚がはみ出した状態で無理やり寝かせていたようだ。


 頭の中を整理する。

 今俺が座っているベッドは、キャスリンが治療を受けていたベッドだ。

 そういえば、キャスリンはどうなった? 【回復魔法】は? 異常現象は? 俺が人体経由接地をやった後で、一体どうなったんだ。


 そしてやたら空腹だけど、どれだけ寝ていたんだ?


 医務室入口からジェット嬢に連れられて何人か入ってきた。

 車いす搭乗のジェット嬢に続いて、イェーガ王子、キャスリン、メアリ。


 イェーガ王子。いつの間に来たんだ。

 そしてキャスリン。怪我は治ったのか。


「お久しぶりです。無事目覚めたそうで安心しました」


 イェーガ王子が声をかけてくるが、安心したと言いつつも、なんか胃のあたりを押さえて辛そうだ。

 いつの間に来たのか、なぜ来たのかも気になる。


「久しぶりだな。キャスリンを迎えに来たのか? あと、どうやって来たんだ。近くに居たのか?」

「まぁ、キャスリンを迎えに来たのが主目的ですね。昨日王宮から【試作1号機】で飛んできました。キャスリンを治療していただきありがとうございました」


 王族にタメ口利く俺。それに対して違和感なく敬語で話す王子。

 でも俺異世界人だからまぁいいや。


 そして、治療は成功していたのか。でも治療したのは俺じゃないぞ。

 それより気になることがある。


「昨日? じゃ、俺は一体何日寝てたんだ?」

「アンタ二日近く寝てたのよ」


 ベッド脇に来たジェット嬢が応える。


「そうか。どうりで腹が減るわけだ。結局あの後どうなったのか教えてくれ。まぁ、この状況見る限り、何とかなったんだろうとは思うが」

「なんとかなったわ。二日前にキャスリンの治療に成功してアンタが倒れた。昨日、キャスリンが【試作1号機】で王子を連れてきて、今日になってアンタが目を覚ました。というところね」


 王子は迎えに来たんじゃなくて、連れてこられたのか。

 妻の治療のお礼言うため? 律儀な王子様だな。


「そうか、無事に問題を解決できたようで何よりだ」


 そう言いつつも、意識を失う前の危機的状況を思い出す。

 アレは危なかった。


 とっさに取った行動が功を奏したのかどうかもよくわからないが、とにかく危機的状況を乗り切れていたようでよかった。

 せっかくだから何がどうなったのかぐらいは聞いておくか。


「ジェット嬢よ。キャスリン嬢の治療が成功しているということは、【回復魔法】が使えるようになったのか? 一体どうやったんだ?」

「【大根】や【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】の代わりにアンタの身体を含めて波動生成を試したのよ。これがうまくいって【回復魔法】による治療が成功したわ」


 俺は接地アースで波動生成を止めようとしてジェット嬢の頭を掴んだけれど、結果的には俺自身が【帰還回路】の一部になったということか。

 切断した脚の代わりとしては俺は大きすぎると思うが、今のジェット嬢と俺の重さを合算すると元のジェット嬢の三倍ぐらいになりそうだから、三次高調波の抽出で治療の波動の生成に成功したとかだろうか。


 そして、ジェット嬢の生成するフロギストンの波動に巻き込まれた俺は意識を失って寝込んだと。

 【波動酔い】といったところか。

 あの状況下でそんなことをとっさに試せるあたりジェット嬢は器用だな。


「そうか、結果的には成功だな。だけど、ジェット嬢が覚えているかどうかわからんが、あの時は結構危なかった。この方法はあんまり多用はできないな」

「確かに多用はできないけど【回復魔法】が使える手段があるのは心強いわ」


 そう言いながら、ジェット嬢はベッド上に座る俺の上半身を押して寝させようとする。

 とくに抵抗する意味も無いので、俺は押されるままにベットで再び横になる。


「俺を寝させて何をするつもりだ? 俺はコーヒーが飲みたいんだが」


 ジェット嬢は何も言わず俺の左手を持ち上げて、自分の頭の上に乗せる。

 左手に触り心地の良い黒髪の感触が伝わる。


「ずっと我慢してたけど、腰痛の治療がしたいのよ」


 まさか!

 と思った次の瞬間。

 強烈なホワイトノイズが脳内に響き、意識が遠くなる。


 ザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ


 ジェット嬢の腰痛は確かに俺のせいでもある。

 治療に協力するのはやぶさかではない。

 でも、せめて、コーヒーを一杯飲みたかった……。


 ザァァァァァァァァ……


【技術試験報告】

 フロギストン理論で未解明だった【聖属性】の【回復魔法】は、フロギストンを媒体とした波動によるものと確認。【回復魔法】の適性に体格が影響することと、アイテムや、他人の身体を繋ぐことでその適性者を増加させる技術の可能性を見出した。

 しかし、同時に波動生成の暴走の危険性も確認。有益な技術ではあるが、研究を安全に進めるために必要な要素技術が確立するまではこの研究に着手すべきではないと結論付け、本結果は心の中に封印する。

●次号予告(笑)●


 この国には、馬以上に速い移動手段は無かった。

 そんな中で突如実用化されたVTOL機【試作2号機】。

 場所を選ばない離着陸能力と、桁違いの高速性能。


 ユグドラシル国内各領地に定期的に飛来する【試作2号機】は、初飛行から一カ月半で国内の情報伝達網として重要な役割を担うまでになっていた。


 そんな中で発生した墜落事故。

 来るはずの定期便が来ない。その理由も、次回飛来の見通しも分からない。

 領地間の情報伝達網が寸断され、それによる混乱はゆっくりと確実に波及範囲を広げていく。


 情報網の破綻は物流網の混乱に波及し、この国で構築されつつあったサプライチェーンをも破壊する。


 部品が届かない。

 部品の材料が届かない。

 部品の材料の原料が届かない。

 部品の材料の原料の素材が届かない。


 そして社長は叫ぶ。


「鉄が足りないんだ!」


 急場しのぎのため、鉄スクラップを求めてヴァルハラ平野に遠征。

 そこで見つけた懐かしのあのボート。

 そして、その後見つけたものはこの国の危機を示すものだった。


次号:クレイジーエンジニアと歪みの兆候


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