14-1 回復魔法の謎と呪いの否定(3.1k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから百十一日目。ウィルバーがキャスリンから贈られたギロチンの下で【製造業の悟り】を開いた夜の翌日午前中。
俺とジェット嬢は医務室で眠るキャスリンの様子を見に来ていた。
昨晩、キャスリンは一度だけ意識を取り戻し、ウィルバーへの伝言を告げたという。
「乗って帰りたいから【試作2号機】の修理を始めてくださいな」
それだけ言ってキャスリンは再び深い眠りについた。
その伝言を受けた護衛騎士は、ウィルバーをギロチン台から解放。
ウィルバーと【西方運搬機械株式会社】の航空機設計班は、大破した【試作2号機】の墜落原因調査を開始した。
キャスリンは重症だ。
ドクターの診察だけでも全身の外傷個所は多い。
体内の損傷についてはレントゲンやCTスキャンの無いこの世界の医療技術では診察は難しいが、軽くは無いだろう。
墜落した飛行機に乗ってたんだ。生きているのが不思議なぐらいだ。
だけど、死なせるわけにはいかない。
この国の刑法はよくわからないが、王族を傷つけたり殺したりした容疑を着せられたら死刑になる場合が多いとのこと。
もしキャスリンがこのまま亡くなってしまったら、【製造業の悟り】を開いたウィルバーが処刑されてしまう。
それだけは避けたい。
そのためにはキャスリンを全快させて帰す必要がある。
そして、この世界の医療には、点滴による栄養注入も生命維持装置も無い。
今は昏睡しているが、栄養も水分も摂れないこの状態では長くは持たない。
今もキャスリンの容体急変に備えてヨセフタウンのドクターが交代で常駐しているが、容体が急変した時に出来ることは限られている。
また、こんな無茶苦茶な性格ではあるが若い女性には違いない。
今後の人生のためにも顔面の大きな傷は完治させたい。
その治療の頼みの綱は、ジェット嬢の【回復魔法】のみ。
キャスリンの顔に手を当てて【回復魔法】を試みている。
でも、進捗は芳しくないようだ。
この世界の魔法というのは、空間中に満ちた謎の媒体フロギストンから、エネルギー又は物質を作り出すものであると解釈している。
これがこの世界に転生した直後に俺が提唱したフロギストン理論だ。
この世界の従来の魔法理論を全否定する新解釈だったが、即席魔法学校卒業生の有志により書籍化もされて、今では支持者も多いらしい。
それに対して、聖属性と呼ばれる【回復魔法】や、いまいちよく分からない闇属性の魔法についてはフロギストンとの関係性が分からず理論が確立できていない。
あるいは、これらとフロギストンは無関係で全く別系統の物かとも考えていた。
幸い、俺は微かながらフロギストンの動きを知覚することができる。
ジェット嬢の【滅殺破壊魔法】によるフロギストンの激しい流束を至近距離で浴びたことがきっかけでこの能力を手に入れた。
その感覚を意識してジェット嬢の【回復魔法】の試行を観察すると、空間中のフロギストンがかすかに動いているように感じる。
どんな動きなのかまでは読めないが、聖属性の【回復魔法】に関してはフロギストンと何らかの関連性があると考えてよさそうだ。
「聖属性魔法だったか。以前は使えたのか?」
「使えたわ。このぐらいの怪我ならすぐに治せた。【回復魔法】は得意だったから【魔物】との戦いで重傷を負った人達を治療してきた。でも、今はうまくできないの」
二日前にフォード社長からもジェット嬢の【回復魔法】の威力については聞いていた。
かつて、ヨセフタウンの自警団の手伝いをしていた時に、【お仕置き】でズタボロ黒焦げにした相手の肉体を完全に【回復】するようなことを日常的に行っていたとか。
それができるぐらいなら、今のキャスリンを全快させることはできるだろうと考えていたが、【回復魔法】が使えないようになっていたのは想定外だった。
しかし、技術者に想定外なんて許されない。
問題を解決しないといけないのだ。
原因を確認して、対応を検討する。
「【回復魔法】が使えなくなった原因に心当たりはあるか?」
「【禁忌の呪い】を受けて、聖属性魔法の資格を失ったせいよ」
【禁忌の呪い】
出会った初日にも聞いたな。
それが原因とも思えないが一応聞いておこう。
「その物騒な名前の【呪い】は何だ。一体何に失敗して呪いを受けたんだ」
「失敗って。なぜ失敗って分かるの?」
「俺達が初めて会ったあの場所、あの状況。何をしようとしたのかは分からないが、しようとした何かに成功した後とは思えない。一体何をしようとしたんだ」
「それは……」
言いにくい事か。そうだろうな。
【禁忌の呪い】という物騒なネーミングからして、やっちゃいけないことをやってしまったらそうなるような名前だもんな。
でも、これは【回復魔法】とは無関係だ。今追及する意味は無い。
「言いたくないなら、言わなくていい。原因はその【禁忌の呪い】じゃない。そもそも、【呪い】なんてものは存在しない」
「【呪い】が存在しない? じゃぁ私が受けたこの【呪い】は一体何なの?」
俺の前世世界でも【呪い】なんてものは無かった。
魔法があるこの世界でも【呪い】なんてものは無い。
それがあると思っている奴は、解釈を間違えている。
「いいか、よく聞けジェット嬢。【呪い】なんてものは存在しない。厳密には、他人を呪うことができるような原理は存在しない。人は、自分を【呪う】ことしかできないんだ」
「……分かるようにお願い」
「人は自分を【呪う】んだ。以前のウェーバ達を思い出せ。小柄を理由に卑屈になって自分達の可能性を殺していた。彼等は心無い女性から受けた言葉をトリガに自分で自分に【呪い】をかけた。受けた言葉が【呪い】じゃない。【呪い】は自分が原因なんだ」
「確かに、今なら誰に何言われても気にしなそうね。試してみようかしら」
「それは絶対に試すな!」
「!?」
危険なことを言い出すので、ここは強めに止めておこう。
「今のあいつらは何を言われたって自分を【呪う】ことは無い。だが、それを試す目的であっても、人を蔑む意図で言葉を発したら、それは言葉を発した側に【呪い】として返って来る。つまり、オマエが自分で自分を【呪う】ことになる。言葉っていうのは危険なものなんだ」
「驚いたわ……」
「俺の前世の世界では【人を呪わば穴二つ】などという言葉があった。【呪い】をかけようとした人間が、その心で、その言葉で自分を【呪う】というやつだ」
「いや、そこじゃなくて。ここまで言葉の危険性を理解してるアンタが、軽々しく【失言】できるというところが驚きよ」
ズキッ
俺は40代のオッサン。
前世では開発職のサラリーマンとして生きたオッサン。
交流関係はそれほど広くなかったけど、それなりに多くの人と関わっていた。その中で、人の発する言葉の影響力、危険性のようなものはそれなりに学んできた。
人を見下すような、蔑むような意図で言葉を発する人間の傍には人は集まらない。そして、そういう人は仕事でも成果を出せないし、仕事以外でもろくな目に遭わない。
普段の言動というのは仕事や人生をマトモに進めるために大事なんだ。
本当に、言葉っていうのは大事なんだ。
そういえば、ジェット嬢が脚を失ったのも俺の【失言】が原因だったな。
言葉っていうのは、そのぐらい危険なものなんだ。
俺は真摯に反省し深々と頭を下げる。
「……その節は大変申し訳ありませんでした…………」
分かっているけど、分かっただけでは直らない。
これが俺のダメ行動癖。ダメ発言癖。ダメ失言癖……。
「で、【呪い】が原因じゃないなら、何が原因なの?」




