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13-4 製造業の悟り、ギロチン台の誓い、そして品質保証部へ(4.8k)

 格納庫の中。

 大破した【試作2号機】の前でギロチン台に固定されて泣くウィルバー。


 あんまりな状況だが、とりあえず事情聴取だ。


「ウィルバーよ。今日一体何があったんだ」

「……午前中に、この【試作2号機】の残骸と共にキャスリン様が来たんですよ。墜落してしまったけど、どういうことかと問い詰められたんです」


「キャスリン、立って喋ってたのか?」

「ええ、すごく怒ってましたぁ。僕も、コレ見て回答に困ったので、【試作2号機】は特殊構造だから仕方ないのかなぁと応えたんですよ」


「それは……、ダメな回答だろう。それでどうなったんだ」

「護衛騎士二人に取り押さえられて、このギロチン台に固定されましたぁ」


 キャスリン怖い! 怖すぎる!!


「そして、【このギロチン台は貴方のための特別品だから、刃が落ちても仕方ないですわね】と言い残して、何処かへ行ってしまいましたぁ」


 言わんとしていることは分からなくもない。

 だけど、やりすぎ! コレ絶対にやりすぎ!!


 でも言いたいことは分かる。


「墜落の原因に心当たりはあるのか?」

「【試作2号機】は機体中央部にダクテッドファンを搭載したので、方向舵と昇降舵の操作ワイヤーの経路が複雑なんです。その、中継点に通常点検で点検できない場所がありましたぁ。あの機体は昇降舵が降下側いっぱいになっているから、そこが原因かなぁと」


「それが分かっていたなら、なぜキャスリンにそんな状態の機体を引き渡した。キャスリンが死んでもよかったのか。お前と初めて飛行機の話をしたあの夜。俺は言ったはずだ。飛行機は落ちたら乗っている人はほぼ死ぬ。だから、信頼性の高い設計が必要だと」


「……それは、フォード社長が小切手目当てに勝手に……。それに、あの方なら……」

「……許されんのだ。どんな理由があったとしても、製造業である以上、懸案事項の残る品質で、顧客に製品を引き渡すのは許されんのだ。それをやってしまったら、ギロチン台に固定されても仕方ないんだぞ」


 俺は前世では40代の開発職サラリーマンだった。品質や製品事故に関してはつらい経験がたくさんある。言いたいこともたくさんある。

 新製品を発売する際、開発段階で完璧と言えるぐらいに仕上げても、市場に出たら何らかのトラブルが起きることはある。

 製品で何らかのトラブルが発生するということは顧客が製品に寄せる【信頼】を裏切るということだ。多くの人に迷惑をかける最悪の結末。これは俺も辛かった。


 だから、懸案事項が残っているような品質での出荷はあり得ない。

 先輩社員から受け継いできた製造業の看板を自ら破壊する自殺行為だ。


 もっとも、ウィルバーは製造業なんて目指してなかったのかもしれない。

 しかし、自分が作ったものを他者に引き渡した時点でもう逃げられない。

 例え、その引き渡しが不本意なものであったとしても。


 ましてや、作っているのは製品事故が死亡事故に直結する飛行機だ。

 長年製造業に務めた40代のオッサンとして、言うべきことは言うべき時に言っておこう。


「顧客は製品を信頼する。信頼するからこそ乗れるんだ。着陸して機から降りるまでの間、命を預けることができるんだ。だから、その信頼に応えるだけの品質を作りこむことが製造業には求められる」


「僕は製造業じゃありません。自分が飛びたかっただけなんです! それだけなんです!」


 ウィルバーよ。泣いて叫んだところでもうそれでは済まんのだよ。だが、お前にとって悪いことばかりじゃないんだ。それを教えてやる。


「自分の研究の成果物。その価値をキャスリンに認めてもらえて嬉しかったんだろ」

「…………」


 しばしの沈黙の後、ウィルバーは口を開いた。


「……僕は傘職人の三男坊。兄二人が居れば家業を継ぐのに問題は無い。だから、三男の僕にはだれもなにも期待しなかった……。そして、上の兄が結婚したことで、自宅には僕の居場所すら無くなった……」


 コイツは結構辛い境遇だったんだな。


「ただ、空を飛びたい。子供の頃からのその夢が実現できたら、もう人生は終わりでいいかななんて思ってた。でも、キャスリン様は僕に期待した……。僕は人に期待されたのは初めてだったんだ……」


 大破した【試作2号機】の残骸を見る。あまりに残酷な【期待】の結末。

 だけど、これは現実。

 どんなに残酷であろうとも技術者は現実から逃げることは許されない。


 残酷を承知で俺は問う。

「その初めての期待へのお前の答えが、コレか? お前を信頼して【試作2号機】に命を預けて飛んだ結果がコレか?」


「……こんなはずじゃなかった。人を失望させるために、【期待】を裏切るために僕は飛行機を作ったんじゃない。僕の夢のためだけに作った。そして、僕は夢を果たした。もう終わりにする。キャスリン様もそのためにギロチン台を用意してくれた。この刃を落とせば、全部終わりです」


「ウィルバーよ。そこから【試作2号機】の操縦席が見えるか? 搭乗口が見えるか? そこに何がついているか見えるか?」

「……見えます……。血痕? しかも、多い。搭乗口内側にも? まさか、墜落前に脱出しなかった?」


 お前は何を言っているんだ? 当たり前だろう。

 落ちようとする飛行機から脱出なんてできるもんじゃない。


 俺の前世世界の【戦闘機】には脱出装置を持つ物もあったが、【試作2号機】にそんな機構はついてない。

 だが、製造業に務めた40代のオッサンとして今指摘するのはそこじゃない。


「脱出できるかできないかの問題じゃない。市街地上空で飛行機に異常が起きたらどうなる。日常生活している市民の頭上にアレがいきなり落ちたらどうなる」


「……そうか。キャスリン様は、墜落の瞬間まで機体を制御するために、操縦桿を離さなかったのか」


「搭乗口を見ろ。なぜあの場所に血痕があるか分かるか」


「…………まさか……。墜落した後で、自分で降りた? あれだけの出血をしながら?」


「そうだ。【試作2号機】は搭乗口が狭い。操縦席に取り残された操縦者を外から救出するためには、機体を破壊するしかない。それを避けるために、キャスリンは操縦席を血まみれにするほどの状態で、自ら足下の搭乗口を開いて、機外に落ちたんだ」


 これは、本人に直接聞いたわけではない。俺の推測だ。

 でも大きく外れてはいないはずだ。


「…………」

「そうまでして、機体を守り、お前のところに運んできた。その意味が分かるか?」


「僕に、直せと……。墜落の原因を調べて改良して、直せと……」


「こんな目に遭っても、キャスリンはお前に【期待】している。航空機の有用性を見出した王族として、国の未来のため必要なものとして、お前に【期待】している」


 俺は、前世で技術者として生きた40代オッサンとして、若者に道を示す。


「最初は自分の夢のためだけだったのかもしれん。だが、この世界で飛行機を創り出したお前の技術力は世界中から【期待】される本物だ。技術者は【期待】に応えるのが義務だ」


「命があるなら生きねばならん。技術があるなら活かさねばならん。夢を果たしたのなら、義務を果たせ」


 ウィルバーがギロチン台から機体全体を見上げる。


「……水平尾翼の昇降舵、操作ワイヤーの問題か。それだけにしては、動きがおかしい。そして、あの状態で機体を制御したのか。キャスリン様に墜落直前の状況を聞きたい」

「キャスリンは意識不明の重体だ。食堂棟の医務室で生死の境を彷徨ってる」


「そんな馬鹿な! ここに来たときはいつも通り立って喋ってた! 墜落の怪我は【回復魔法】で治療してから来たはず」


「キャスリンは治療は受けてない。あの状態でどうやって立って喋っていたのかは分からないが、食堂入口まで歩いて来て、そこで立ったまま意識を失って医務室に搬送された」


 ウィルバーが号泣しながら語る。


「そうまでして、瀕死の重傷を負ってまで、治療する前にここに来るぐらいに、僕に【期待】をしてくれるのか……。だったら僕は命を懸けてその【期待】に応える! このギロチンに誓う。この生涯をかけて、この国で、この世界で、最高の品質で、最高の信頼性で、最高の飛行機を作り続ける!!」


「そうだウィルバー。それが製造業に務める技術者の心というのものだ」


 そこにギロチンが必要かどうかはちょっと疑問ではあるが。


 ウィルバーが【製造業の悟り】を開いたその時、薄暗かった格納庫内が明るく照らされ、大破した【試作2号機】残骸の上にキャスリンが現れた。


 怪我はしていない。いつもの黒のワンピースと魔女帽子姿。

 その姿は少し透けており、足下は【試作2号機】残骸から浮いている。


『私の熱いメッセージ受け取ってくれてありがとー!!』

 ワァァァァァ!!


『お礼に、命を懸けて歌いまーす!!』

 ウォォォォォォ!!


 ♪スペシャルギロチン@品質管理ソング★死刑!!♪

 

  作詞・作曲:キャスリン

  歌・踊り:キャスリン@瀕死


  予算不足なんて言い訳よ

  想定外なんて通用しない

  怪我人なんて出したなら

  アナタとワタシ仲良く絞首

  設計不良は重罪よ 死刑! 私刑! 極刑! 執行!

  (シケイ! シケイ! シケイ! シケイ!)

  アナタの首に常に縄

  お忘れなきこと製造業


  短納期なんて言い訳よ

  気づかなかったじゃ許されない

  犠牲者なんて出したなら

  アナタとワタシ仲良く電気椅子

  製造不良は重罪よ 死刑! 私刑! 極刑! 執行!

  (シケイ! シケイ! シケイ! シケイ!)

  アナタの腕に常に電極

  覚悟しなさい製造業


  特注だなんて言い訳よ

  分からなかったじゃ済まされない

  巻き添えなんて出したなら

  アナタとワタシ仲良くギロチン

  検討不足は重罪よ 死刑! 私刑! 極刑! 執行!

  (シケイ! シケイ! シケイ! シケイ!)

  アナタの頭上に常にギロチン

  ちゃんと見ていて製造業


『ありがとーーーー!』

 ウォォォォォ!!


『ちなみに、私がここに居ることは旦那には内緒ですわ』


 フッ……


 謎の音楽、謎の歓声、謎の歌、謎の踊り。そして謎のメッセージを残してキャスリンは消えた。


 何事もなかったかのように薄暗い格納庫の中に【試作2号機】の残骸がある。


 思考停止から復活した俺は思い出した。

 ここは、前世の世界とは違う。剣と魔法のファンタスティック世界。

 こういうことが日常的に起きる世界なのかもしれん。


 ギロチン台で呆然ぼうぜんとしているウィルバーに聞く。


「今のは何だ? 魔法の一種か?」

「僕にもよくわかりません……。でも、魔法だとするなら、闇属性の何かじゃないかと……」


 しばしの沈黙。


 ウィルバーがギロチン台に載ったまま語りだす。


「僕は、製造業として生きる最初の仕事として、【西方運搬機械株式会社】の製品の信頼性がその製品に求められる水準に達しているかを検証、審査する仕事をします。キャスリン様から頂いたこのギロチンを使って」

「俺の前世世界では、そういう仕事をする部署を【品質保証部】と呼んでいたな。でも、ギロチンは使ってなかったぞ」


「では僕は、フォード社長に掛け合って【品質保証部】を作ります。そして、製品の品質や信頼性の向上に貢献します。このギロチンを使って」

「そうだな。トラクターの出荷台数も増えているし逐次改良設計も進んでいるという。【西方運搬機械株式会社】にもそういう部署が必要な時期かもしれん。でも、そこに本当にギロチンが必要かどうかはよーく考えたほうがいいと思うぞ」


「お客様の農園でトラクターが故障する事例がしばしば起きているとウェーバから聞いたことがあります。僕は【品質保証部】として、顧客の信頼を裏切るそういう事例を撲滅します。このギロチンを使って」

「そうだな。製品の品質を通じて、会社に対する顧客の信頼を守る事こそが【品質保証部】の仕事だ。でもギロチンは……」


 製品の品質と顧客の信頼を守ることの大切さを命懸けで学び、【製造業の悟り】を開いたウィルバーとの語らいは夜遅くまで続いた。


 俺は、本当は、ウィルバーをギロチン台から降ろしてやりたかった。


 でも、大砲や【魔導砲】の暴発や【勝利終戦号】暴走の前科がある俺がギロチン台に触れると、ギロチンの刃が落ちそうで怖かったんだ。

●次号予告(笑)●


 この国では、王族に怪我を負わせた罪に対して死刑が適用されることが多い。

 ギロチンの下で【製造業の悟り】を開いたウィルバーを救うためには、墜落事故にて瀕死の重傷を負ったキャスリンを無傷で生還させる必要がある。


 通常の治療では手に負えないほどの重症。

 頼みの綱はフロギストン理論で未解明の【回復魔法】。


 しかし、かつて【回復魔法】の名手だった女はその力を失っていた。


 女は言う。

「【禁忌の呪い】せいよ」


 男は応える。

「【呪い】なんてものは存在しない」


 男は技術者の勘と経験を駆使し、その力の再生に挑む。

 しかし、未知の力に乏しい知見で挑むのは危険な賭けであった。

 窮地に陥る男は叫ぶ。


「これは、【異常発振】!」


 そして、万策尽きたと思った瞬間。男はひらめく。


「必殺! 俺★アーシング!」


次号:クレイジーエンジニアと回復魔法

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