13-2 回復魔法と恐怖のお仕置き(4.4k)
俺とジェット嬢が【勝利終戦号】に撃墜された翌日夕方。俺とフォード社長が展示室の長机にて向かい合っている。
ジェット嬢は腰が痛いということで、今日は食事の時以外は医務室のベットで休んでいる。だから今俺の背中には居ない。
【勝利終戦号】の設計チームは直角謝りを美しくキメた後、全員その場で倒れた。
怒ったジェット嬢が何かをしたわけではない。
過労が限界を超えたのだ。
ドクター達が駆けつけてきて、全員、悲願を達成したとても幸せそうな【神々しい表情】で搬送されていった。
そんな彼等をジェット嬢はストレッチャー上から【忌まわしいものを見る目】で見送った。
そういうわけで、今は設計室が仮設の病室になっている。
かといって、事態は収束したわけではない。制御不能の【勝利終戦号】がヴァルハラ平野方面に逃走して行方不明。何か問題を起こす前に何とか止めて博物館に運ばないといけない。
ヴァルハラ平野は広いのでやみくもに探しても見つかる可能性は低い。
また、迂闊に接近するのは危険だ。
何処へ向かい、どのように動くかの予測を立てる必要がある。
そのために、フォード社長はヨセフタウン市内の熟練魔術師に相談に行ったそうだ。
そこで、【勝利終戦号】の暴走は魔法では考えにくいが、闇属性魔法の延長線上で、設計者が設計に込めた想いが何か影響しているのかもしれないとの見解をもらったとか。
そして、【勝利終戦号】の行動パターンを予測するため、設計チーム各人の経歴を調査してまとめてきた。
その結果について俺とフォード社長で展示室にて情報交換をしている。
設計者が【勝利終戦号】に込めた想いを逆算するのだ。
フォード社長は分厚い資料をまとめてきたが、俺はこの世界の文字を読めないのでフォード社長からかいつまんで説明を受ける。
「結論から言うと、設計チーム三十六名全員が過去に何らかの形で【金色の滅殺破壊魔神】に酷い目に遭わされていた」
フォード社長が驚愕の事実を説明。
俺はあんまりな内容に言葉を失いかけたが、なんとか応える。
「一体この町で何があったんだ。ジェット嬢はよほどのことが無ければ自分から襲い掛かるようなことはしないと思うんだが」
もしそうでなければ、昨晩俺達は無事では済まなかっただろう。
「ヨセフタウンは今は住みやすい街だけど、5~6年前はすごく治安が悪かった。そこで、ちょっとしたことがきっかけでイヨに自警団の手伝いを頼んだんだ」
フォード社長の補足説明を聞いて、俺はなんとなくわかった。
「やりすぎたのか……」
「ああ、自警団が人手不足だったからと、イヨを一人で巡回させたのがまずかった。現場を押さえたらその場で【お仕置き】していたんだ。イヨは【回復魔法】も得意だから、【お仕置き】後に【回復】したのと、被害者も目撃者も何も言わなかったので発覚が遅れた」
またツッコミどころが多すぎる。
今は時間があるので、一つ一つ丁寧にツッコミしてやる。
「正確には分からないが、今のジェット嬢を見る限り、5~6年前なら子供だろ。治安が悪いと分かっている街を女の子一人を巡回させる方がそもそもおかしいぞ」
「扱いがおかしかったのは皆反省してる。だから、自警団や俺が随伴するようにしたんだ。街を守るために」
ツッコミの回答でツッコミどころを増やすな。
だが、青ざめて震えながら話しているあたり、フォード社長自身にも何らかのトラウマがありそうだ。
そこはツッコミしないでおこう。話が進まなくなる。
「設計チーム三十六名がその【お仕置き】経験者ということか。その【お仕置き】というのはそんなに酷いのか」
「再犯率がゼロになるぐらいには酷い」
フォード社長が即答で断言。
俺は背筋が凍るのを感じた。
再犯率ゼロってどんだけだ。
「殴る蹴るとか、そんなレベルじゃなさそうだな」
「殴るのは殴るんだけど、イヨは蹴りはしないんだ。地面に転がる相手に対しても、腰を落として拳を撃ち込んでた」
確かに俺も、ジェット嬢が何かを蹴っているのは見たことがない。
当たり前か。
でも、ツッコミどころはそこじゃない。
「地面に倒れている相手に拳を撃ち込むとか、そんな残虐なことしていたのか」
「殴る上に魔法も使うんだ。一番酷かった【お仕置き】は、後付けの砲塔部の設計と製作をしていたあの二人だ。別の街から追放されてヨセフタウンに到着したばかりだったが、何をしたのかいきなりイヨをえらく怒らせたらしい。目撃者の情報によると、町の人が大勢見ている前で拳でめった打ちにして風魔法か何かでしばき倒して火魔法で黒焦げになるまで焼いて、【回復】して、まためった打ちにして、しばいて焼いて……」
「もういい」
あんまりな内容に思考回路の動きが鈍くなってきたので、この機会に気になっていた別のことを聞いてみることにした。
「この世界の【回復魔法】っていうのはどういう物だ?」
「俺は【回復魔法】は使えないし、イヨの【回復魔法】しか知らないからそこだけの知識になるけど、普通の治療に比べるとすごく治りが速い。大火傷や裂傷はすぐ治る。解放骨折のような酷い怪我も少し時間をかければ治る。自然治癒の加速だけじゃない何かがあるような気がするけど、そこはよくわからない」
「それはすごいな。ちなみにフォードは【回復魔法】で治療してもらったことがあるのか?」
「俺は過去に何度もイヨに治療してもらったことがあるんだ。【お仕置き】に巻き込まれて大怪我した時とか、あとは農作業中に怪我した時もイヨは頼めば治してくれた」
「ヨセフタウンに【回復魔法】を使える奴は他に居るのか?」
「街の教会に居たこともあったけど、今は居ない。【回復魔法】を使える人は少なくて、使えるようになった人は給料が高い王宮で働く場合が多いんだ。使い手も大半は男で、女性で【回復魔法】を使えるイヨはすごく珍しい」
【回復魔法】を使えるのは男のほうが多いというのは感覚的には意外だ。
そして、この聖属性の【回復魔法】というやつがフロギストン理論とどう関係するのか気になるので、ついいろいろ聞きたくなってしまう。
「【回復魔法】というのは、術者本人の治療もできるのか?」
「イヨが自分を治療しているところは見たことは無いけど、一般的にはできると言われてる」
「【回復魔法】は、患者に触れてないと治療できないものなのか?」
「俺が知る限りそのはずだ。一般的にそう言われてるし、イヨも治療時は毎回患者に触れてた。見ていた感じだと、服の上からでも治療はできていたけど、触らずに治しているのは見たことが無いな」
だとしたら、ジェット嬢はギックリ腰を自分で治そうとするはずだ。
服の上からでも治せるなら、治療を見せてもらえるかもしれない。今度頼んでみよう。
そういえば、今腰痛で医務室で寝てるんだっけ。【回復魔法】が使えるならすぐに治してもよさそうなものだけど、何か事情があるのかな。
そして、フォードを質問攻めにしておきながら、いまさら気になったことを聞く。
「俺がこの世界の常識を聞いても違和感なく回答してくれているけど、もしかして俺以外に【異世界人】みたいな人間がいるのか?」
「【異世界人】は他には見たことないな。でも、【金色の滅殺破壊魔神】が居るんだから、【異世界人】や【ゾンビ】が居てもこの街の人はだれも気にしないさ」
なるほど、そういうことか。
でも俺は【ゾンビ】じゃないぞ。
…………
しばし休憩。その後、【お仕置き】の話のツッコミ疲れが抜けてきたので、コーヒーを一杯飲んで仕切り直し。
「イヨの【お仕置き】は確かに酷かったけど、誰もイヨを恨んだりはしてないんだ。悪いことをしたのは事実だし、【お仕置き】をきっかけに這い上がって人生好転してる奴ばかりだからな」
フォード社長が話の続き。
【いい話】っぽくまとまろうとしたところでさらに続ける。
「ただなぁ、恐怖がなぁ。俺は【お仕置き】現場に立ち会ったこと多いけど、無言、無表情で拳を撃ち込み、強力な魔法連発してあっという間に相手をズタボロにするから、やられた方の恐怖感は酷かったとは思う。経験者は多くは語らないけど【心を刈られる】とか、【魂を吸われる】とか、【命を喰われる】とか言うんだ。そして、未だに悪夢を見るって言ってる奴も多かった」
目つき鋭い悪役顔の少女から、無言、無表情の鉄拳制裁と、それに続くノーモーションでの強烈な魔法リンチ。
トラウマ間違いなしだ。
「見てたなら止めろよ。明らかにやりすぎだろ」
「俺が巡回に随伴するようになってから、やりすぎないように説得はしたんだ。でも、イヨは見た目は普通の女性だからな。止めている間にイヨの事を知らない相手が反撃をしようとして余計に酷いことになったことがあった。だから、現場を押さえたら問答無用で【お仕置き】して【回復】するのが一番無難というところに落ち着いたんだ」
「落としどころが酷いな。ジェット嬢は何を考えてそんなことをしたんだ」
「あいつに悪気は全く無いんだ。街の役に立とうとして自警団の手伝いを引き受けたし、街の治安を良くしようと真剣に考えて行動したんだ。実際に成果は出て、街の治安は確かに改善された。でも、恐怖がなぁ……」
「悪気が無い奴が一番恐いというやつだな」
「それなんだよ」
そして、【勝利終戦号】の行動予測。
【お仕置き】経験、【勝利終戦号のうた】の歌詞、【勝利終戦号】の性能等より、基本的な動きを予測した。
・渡河能力は無いのでヴァルハラ川は渡れない。
・【戦意】を持つものを敵味方問わず殲滅する。
・【金色の滅殺破壊魔神】が接近したら迎撃するが追撃はしない。
ヴァルハラ川を渡れないということは、ユグドラシル王国から出ることができないということなので、そこは安心材料だ。他国を巻き込むと面倒なことになる。
【戦意】を持たない相手に対して攻撃をしないというのも、むやみやたらに被害が出る心配が無いので、安心材料だ。
そして、【金色の滅殺破壊魔神】を攻撃するというのは、恨みは無いけど悪夢から解放されるために一矢報いたいという、そんな設計者達の想いが混じってしまったものと考えた。だから、【金色の滅殺破壊魔神】が接近したら無条件に攻撃はするけど、追撃はしない。むしろ逃げる。
実際初戦で惨敗した時もそうだった。
でも、これは正直すごく困る。
ヴァルハラ平野の何処かに居る【勝利終戦号】と偶然遭遇してしまった場合非常に危険だ。
そういうわけで、誠に遺憾ながら医務室で休むジェット嬢に残念なお知らせを伝える。
【ヴァルハラ平野上空は当面の間飛行禁止】
これを聞いたジェット嬢はものすごく悔しそうな顔をしながら、拳を握りしめて歯ぎしりをしていた。
「あのアホ共! あのアホ共め!! あのアホ共めぇ!!!」
ヴァルハラ平野上空の遊覧飛行。好きだったもんな……。
俺もまさか【戦車】に【制空権】を奪われるとは思ってなかった。
なんかごめん。




