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13-1 ぎっくり腰のジェット嬢と設計者達の熱狂(3.4k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから百八日目。

 最強陸上兵器のロマンに憑りつかれた男達が創り出した【戦車】、【勝利終戦号】が、まるで自分の意思を持ったかのように無人で脱走。

 その捕獲のため航空攻撃を仕掛けた俺達は、返り討ちに遭い撃墜。

 命からがらサロンフランクフルトに帰還していた。


「で、どういうことなのコレ」


 【勝利終戦号】を追跡した日の夜。

 サロンフランクフルト食堂にて。

 食堂の真ん中に置かれたストレッチャーの上で、うつ伏せに寝かされた【腹ばい女】ことジェット嬢が俺を睨む。

 ストレッチャーを挟んだ対面では、メアリがジェット嬢に腰痛治療のマッサージをしている。


「どういうこと、と言われてもなぁ」


 俺も回答に困る。


 【勝利終戦号】は結局逃がしてしまった。


 左旋回しながら【勝利終戦号】の前方に出て、進路上に水魔法で沼を作ろうとしたら、無人の勝利終戦号がスーパーデンジャラスビーム兵器【魔導砲】を撃ってきた。

 ジェット嬢がとっさに魔力推進脚の推力偏向で回避するが、機動性の劣るあの翼では回避しきれず右主翼を半分吹っ飛ばされる。

 【魔導砲】の破壊力恐るべし。命中したら死ぬと確信した。


 翼が左右の揚力のバランスを失ったことできりもみ状態で急降下。

 その間も容赦なく【魔導砲】の速射は続く。


 ジェット嬢が推力偏向でギリギリで回避しながら攻撃魔法で左主翼を切り詰めてバランスを取り、墜落直前に姿勢を立て直す。

 その後、勝利終戦号から秒間3発で連射される【魔導砲】を超低空飛行で機体を左右にスライドさせてかわしながら逃走。


 俺は、前世で好きだったロボットアニメの世界に転生した気分を味わった。

 撃たれる側として。


 ジグザク回避機動で逃走を続けて、あと少しで射程外かというところで、背中に張り付くジェット嬢の腰あたりから【ゴキッ】という感触と、背後から【ぎゃふっ!】という変な声。


 突如推力を失った機体は砂地に墜落。

 俺を下にして、俺が痛い形で墜落。


 頭上をかすめる【魔導砲】の連射を半分砂に埋まってやりすごし、砲撃が止んだ頃合いを見計らって、翼の残骸をその場に捨てて、俺が歩いて食堂棟に帰り今に至る。


 ジェット嬢は腰を痛めたらしい。


「あー、でもあのときの操縦すごかったぞ。あの腕前ならガチでスーパーロボットのパイロットになれるぞ」

「下手すりゃ死んでたのにのんきね」


 呆れたようにジェット嬢が応える。

 スーパーロボットについては今はスルーらしい。


「でも、あの【魔導砲】回避のジグザク横スライド機動はどうやってやったんだ? アレは飛行機にできる動きじゃないぞ」

「どうって、こうよ。イタタ」


 ジェット嬢がストレッチャーの上で左脚を真横に動かす。

 薄赤色のスカートの左端から魔力推進脚の噴射口が顔を出す。

 腰のマッサージをしていたメアリがすかさず脚を戻してスカートをかぶせる。


「なるほど、魔力推進脚は可動範囲が広くてレスポンスも速いと思っていたけど、とっさに真横にも推力を出せるのか。でも、その角度で瞬時に機体をスライドさせるほどの大推力を出したら……、確かに腰を痛めるな……」


 あの超絶回避機動はジェット嬢のある種の足技あしわざだったんだ。


「本当に腰が痛いわ。これは【回復魔法】を使わないと完治は難しいわね」


 ギックリ腰とか前世の世界では治らない系のケガだったから、【回復魔法】があるこの世界は多少マシなのかな。


 でも腰は大事にしないとね。

 腰は一生モノだよ。


 そんなことをしていたら、【勝利終戦号】の設計チームが食堂棟に駆け込んできた。


「無事ですか?」


 設計チーフのウィリアムが心配そうに声をかける。


 お前らが心配しているのは俺達か【勝利終戦号】かどっちだ。

 気を遣って、どちらでもいいように俺は応える。


「ああ、無事だよ。捕獲作戦は失敗。残念ながら【勝利終戦号】は無傷で逃走中。俺達は撃墜されてこのざまさ」


「やったぁぁぁ!!!」

「ウオォォォォォ!」


 途端に設計チームから歓声が上がる。


「やったぞ! 俺達だってやれるんだー!」

「ついに【金色の滅殺破壊魔神】に勝ったぞ!」

「【勝利終戦号】こそが勝者だ! 陸上最強だ! 世界最強だ!!」

「これで悪夢ともオサラバだ!!」

「俺は、俺達は生まれ変わるんだぁぁぁぁぁ!!!」


 ガッツポーズで膝から崩れる者、泣きながら抱き合う者、四人でスクラムを組んで雄叫びを上げる者達。男達はそれぞれの形で【クレイジーエンジニア】として、陸上最強兵器開発の偉業を成し遂げた喜びを表現した。


 そしてそれをうっとりと眺めるメアリはつぶやく


たっといわ。たくさんたっといわ……」

「メアリ痛い。痛い。メアリ痛いって、ほんと痛いの。お願い。メアリ……」


 マッサージの手元が狂うほどに眼前のたっとさに夢中のようだ。


 それにしてもお前ら不謹慎だろ。

 確かに、みんなで頑張って作った【勝利終戦号】だから試運転直後に暴走したうえに【滅殺破壊】されたら悲しいけど。

 そしてメアリ、うっとりするのは自由だけど、怪我人をもっといたわってあげて。


「でも、実際これからどうするかな」


 【勝利終戦号】は回収したいが、方法が思いつかない。


「アレの【魔導砲】は脅威だわ。狙いの正確さ、射程距離、そして命中した時の破壊力。魔王討伐作戦でいろんな【魔物】と戦ってきたけど、アレほど手強てごわい奴は居なかった。私は今まで無敗だったけど、アレ相手には完敗よ。力で止める方法は難しいわね」


 メアリが正気を取り戻して痛みから解放されたジェット嬢が悔しそうにぼやく。


「バンザーイ」「バンザーイ」「バンザーイ」


 設計チーム三十六名が素早くジェット嬢の乗るストレッチャーの周りを二列で囲み、したり顔でジェット嬢を見下ろしながら万歳三唱。


 おい、お前ら。


 設計チームは万歳三唱でストレッチャーの周りを囲んだ隊形のまま肩を組んで、横揺れでリズムを取りながら【勝利終戦号のうた】を合唱しだした。

 一緒に囲まれたメアリは何か楽しそうだ。


 好きにしろよ。もう。


「あの【勝利終戦号】みたいな無人の飛行機って作れませんかねぇ。やっぱり飛行機って落ちたら人死ぬので戦車よりも飛行機のほうが無人化って大事だと思うんですよ」


 いつの間にか【勝利終戦号】の設計チームではないウィルバーが来ていて、飛行機の設計図のようなものを食堂のテーブル上に広げながら言う。


 ウィルバーが広げた設計図を見ると、機体後部に推進式のプロペラ、アスペクト比の大きい主翼、機首には主武装となる魔導砲が描かれていた。

 無人とすることで操縦席が不要となるので設計の自由度が高まる。

 制御をどうするかは置いといて、アイデアとしては有望だ。


 しかし、この状況で言っておくべきことがある。


「この設計だと地上からの攻撃に対して脆弱だ。俺達みたいにあっさり撃墜される。重量増加を伴ったとしても機体下方に装甲板を配置すべきだな。製作可能ならオリハルコンの薄板で主翼下面の外板を作るとかな」


「なるほど。下方の装甲を厚くするなら、その面を敵に向けた状態で攻撃が可能なように【魔導砲】は機首に固定ではなく全方位射撃可能な銃座形式のほうがいいですね」


「下方に配置したハッチの中に隠してもいいな。攻撃時だけ開いて武装を展開する。そうすれば巡行時の空気抵抗の面でも有利だ。そうなると、上方向への攻撃が出来なくなるが、それを割り切るかどうかは考えどころだな」


「武装を露出させて可動にした場合、空気抵抗による姿勢制御への影響が気になりますね。とくに射撃時は精密な制御が必要になるので」


 食堂のテーブル上でウィルバーが設計図に改良点や課題点を書き足していく。


 そんなことをしていたら、ジェット嬢がストレッチャーの上で顔を真っ赤にして、拳を握りしめて震えながらしどろもどろにつぶやく。


「……ワタクシ、そろそろ怒っていいカシラ……」


 確かに、俺も今日の【勝利終戦号】設計チームの狼藉ろうぜきは怒られても仕方ないと思う。


「ああ、今回ばかりは怒っていいと思うぞ」


「アンタもよ!」


「申し訳ありませんでした!」


 勝利終戦号設計チーム三十六名と、俺とウィルバー合わせた総勢三十八名の完全に息のそろった千鳥配置二並列直角謝りが美しく決まった。


 美しい謝り方を極めるよりも、怒られないような言動を普段から心がけるほうが大切だと、40代のオッサンかつ常識人である俺は思う。

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