2-1 背中合わせの迷子(1.8k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が異世界転生とやらでこの世界に降臨してから丸二日。
攻撃担当のヒロインを背中合わせで背負い、兵站担当の俺の武器は両手に持った食料バッグ。
戦うときは敵に背を向けるというデタラメすぎる戦闘スタイルで、魔王討伐完了により撤収する魔王討伐隊本隊への合流を目指して、林の中をさ迷っている。
「ターリーホウ」
前方に【魔物】を見つけて俺は掛け声をかける。
「180度回頭ー」
俺の背中で相方のジェット嬢が応える。
俺が【魔物】に背を向ける。
そして背後から爆発音と【魔物】の断末魔の悲鳴……。
またオーバーキルなやりすぎ攻撃魔法が炸裂。
【魔物】が可哀そうとも思えてしまう。
しかし、この【魔物】って一体なんなんだろうね。
「針路、もどーせー」
ジェット嬢から号令が出るので、俺は前を向く。
会って二日しか経っていないけど、ずっと背中合わせで歩いていると自然と息が合ってくる。
今の目的地は、魔王討伐隊の前線基地。
だけど、ジェット嬢の案内に従って進んでもなかなか目的地に到着しない。
食料の残りも少なくなってきたので、俺は気になっていたことをジェット嬢に聞いてみる。
「背中合わせで背負われて、後ろしか見えない状態で道案内って、そもそも無理なんじゃないか?」
「……正直、迷子よ」
やっぱり。
ここで道案内を俺のヤマ勘に切り替える。
二日も動き回っていたので、太陽が昇る方角と沈む方角は分かっている。
この世界は西に山脈、東に海、山脈と海の間に広い平野という地形が南北に続いており、国が二つに分かれている。
北側のエスタンシア帝国と、南側のユグドラシル王国。中央を西から東に流れるヴァルハラ川が国境となっており、国境沿いには広大なヴァルハラ平野が広がる。
そして、【魔王城】は西側の山脈近くのヴァルハラ川沿いでユグドラシル王国側。
俺達の所属はユグドラシル王国。
進撃時にもヴァルハラ川は渡っていないそうなので、現在地がユグドラシル王国領であるのは間違いないとのこと。
ユグドラシル王国領【魔王城】近隣で迷子の俺達の進行方向として、ヤマ勘ナビゲートが示すのは南東側。
前線基地は林を抜けたヴァルハラ平野にあるので、林を出るまで南東側に進めば発見できる可能性が高い。
…………
道案内を切り替えて、南東側を意識して進みだしてから数時間後。
ようやく目的地である魔王討伐隊の前線基地まで到着した。
しかし、既に撤収済みだったようで、すでに前線基地跡地になっていた。
「思っていたより撤収が早かったわね」
「遅かったとはいえ、置いてけぼりかよ。ちょっと扱いがひどくないか」
「魔王討伐隊の本隊も結構ギリギリだったのよ。死者も負傷者も多かったし、医療品や食料も限りがあるし、【魔物】残党の襲撃もあることを考えれば、行方不明者を待つよりも撤収を優先するのは仕方ないわ」
「そうは言っても、俺達どうすればいいんだ?」
「とりあえずせっかく到着したんだから休憩しましょ」
確かに腹も減っていたので、適当な場所にシートを敷いてジェット嬢を降ろす。
40代のオッサンである俺は紳士なので、女性を地べたに座らせるようなことはしないのだ。
ジェット嬢から離れて、前線基地跡地を観察。
跡地のあちらこちらには、撤収時に放棄されたと思われる資材が放置されていた。
その中には車輪が壊れた小さな馬車もあった。
前世世界での観覧車のゴンドラぐらいのサイズ。
寝床としては使えそうだ。
馬車の扉を開けて中を見ると、馬車の床に俺が持ってきた鞄によく似た鞄。
座席には手紙が置いてあった。手紙の文字は俺には読めない。
俺はこの世界の文字を読めないのだ。
手紙と荷物を持ってジェット嬢のところに戻る。
「馬車の中に荷物と置手紙があったぞ」
「手紙を頂戴」
手紙を渡すと、ジェット嬢はそれを読み難しい顔になる。
「私たちのために食料を残してくれたそうよ」
グッドニュースじゃないか。なぜそんな難しい顔になる。
「それは助かる。もう手持ちは残ってないからな。こっちの荷物のことかな」
「確認してみるわ」
俺はジェット嬢に荷物を渡して、再び廃棄された資材の物色を行う。なんかこう、ジャンク品を求めて粗大ごみ置き場を漁ってた前世の若かりし日を思い出す。
本隊がギリギリの状況で撤収したのは本当だったようで、撤退に不要な物は全部捨てていったような感じだ。まだ使えそうなテント生地とか、ロープとか、本革製の戦闘服とか、剣や盾なんかも十人分ぐらいは捨てられていた。
なぜか、未使用と思われる二人乗りぐらいのボートもあった。
何に使うつもりだったんだろう。




