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12-3 設計者の過労と腹ばい社長(2.8k)

 【勝利終戦号】開発会議から八日後。

 設計メンバーが【勝利終戦号】のうたを合唱してから三日目の朝。朝食後の片付けが終わって落ち着いた後にメアリ様から医務室に呼び出し。


 医務室に行くと【勝利終戦号】設計チームメンバーの五名が床の上に置いた毛布に寝かされていた。

ベッドが足りないそうだ。


 ここ数日で【西方運搬機械株式会社】から医務室に搬送される人数が激増しているとか。

 搬送後にある程度医務室で休めば回復して帰っていくので大事には至っていないが、食堂棟の普段の業務を圧迫しているとのこと。


 メアリ様が俺に対して指示を出す。


「【問題を解決】しなさい。貴方はそのためにここにいるのでしょう」


 俺の扱いが上手くなってきた。

 そうだよ。【問題を解決】するのも技術者の仕事だ。


 【問題を解決】するために、ジェット嬢は食堂で待たせて【西方運搬機械株式会社】の工場に向かう。今回は食堂で待機してもらったけど、ジェット嬢は聖属性の【回復魔法】も使えるらしいのでいざとなったら頼りになるかもしれない。


 そういえばジェット嬢が実際に【回復魔法】を使っているのは見たことないな。

 【回復魔法】自体見たことないから実は使っていたのかもしれないけど。機会があれば見てみたいものだ。

 でも、それを使うときというのは病人や怪我人が出た時だろうから、あんまり楽しみにはできない。病人や怪我人は出ないのが一番だ。


 健康第一。安全第一。いい仕事をするための原則ですよ。



 設計室に到着。


 各々、デスクや製図台で設計をしている。

 でも、皆顔色が悪くフラフラしている。


 各所から不気味な笑い声が聞こえる。

 ナチュラルハイ特有のヤバイオーラがあちこちから出ている。


 設計リーダのウィリアムが居たので事情を聴く。


「なんか設計メンバーの顔色が悪いように見えるが、ちゃんと休養は取れているのか?」

「当然不眠不休ですよ」


 目の下にクマを作ったウィリアムが即答。

 言っているそばから設計室の中央付近の製図台前でメンバーが一人倒れた。


 設計室に居たウィルバーとウェーバが倒れたメンバーを素早く担架に乗せ、身長差のある二人で息を合わせて患者を搬送。


 器用なもんだ。


 だが、設計室のこの惨状を見た以上、常識的な40代のオッサンとして言っておくべきことがある。


「ウィリアム。ちょっとそこ座れ」


 設計室奥の座敷のようなところで俺とウィリアムが正座で対面する。

 そこで俺は常識を語る。


「ここ数日医務室への搬送者が急増してメアリから苦情が出てる。メンバーの体調管理もリーダーの仕事だぞ。ロマンを追うのはいいけれどちゃんとリーダーの仕事しろ」

「面目ない。各担当者に適切な休養を取るように言ったんですが、全員設計に夢中になってて倒れるまで休みたがらなくて。医務室に搬送されても帰って来るなりすぐにデスクに齧りつく有様で……」


 それを聞いて、前世世界での開発職の仕事を思い出した。

 やっぱり開発職はそれが好きで仕事する人間が多いので、調子にのってくると無茶をしがちなところはあった。


 健康管理のために会社が残業時間の上限を規定してくれているにも関わらず、上限いっぱいまで残業した上にタイムカードを●●して会社に夜遅くまで居残ったり、しまいには仕事を持ち帰って自宅で徹夜で設計したりとか、そんなことをしている奴も確かに居た。


 前世の俺もその一人。


 だけど、そんな無茶苦茶して作った設計がマトモであろうはずもなく、そういうのは後からボロが出ることが多かった。

 その上、タイムカードの●●とか持ち帰り仕事とかのルール違反がバレた時は【始末書】だ。

 上司も連帯責任だ。ルール違反はいろんなところに迷惑をかける。

 仕事好きなのはいいけど、好きならなおさらルールを守って正しいやり方で仕事をしないといけない。


 ふと気になったことが出たのでウィリアムに確認する。


「倒れる直前まで夢中になって設計するのはいいけど、こんな状態でまともな設計ができるのか? 図面描くにしても普通にミスとか失敗とかしそうだが」

「そこは確かに問題になっています。設計チームではないウィルバーやウェーバに検図作業を手伝ってもらっていますが、確かにミスが増えていて設計の進捗が滞ってきました。遅れを取り戻すためにまた休まず設計してという、ちょっと悪循環になってしまって困っています」


 完全に【悪循環】だよ。それは。


 人間が集中力を持続できる時間なんてそんなに長くない。

 適度な休憩、適切な休養。それなしでまともな仕事はできないものだ。


 俺は40代オッサン。

 前世世界でその【悪循環】を体験済みの開発職のサラリーマン。

 彼等に同じ失敗を繰り返させるわけにはいかない。

 なんとかしてやらねば。


 そんなやり取りをしていると設計室にフォード社長が現れた。

 へっぴり腰で、杖代わりにした金属パイプにすがりつくような姿勢で。


 フォード社長は設計室奥の座敷に俺達を見つけると、杖にすがりつきながらおぼつかない足取りでゆっくりと近づいてきた。その姿があまりにいたたまれないので俺はフォード社長を抱えて座敷まで運んだ。


 ビッグマッチョな俺に抱えられたフォード社長は弱弱しい声で言う。


「済まない。座敷に腹ばいにして降ろしてくれないか」


 言われた通り座敷に腹ばい姿勢で降ろしてやる。

 いつぞやの腹ばい女を思い出す。


「社長。一体何があったんですか?」


 ウィリアムが腹ばい社長に心配そうに声をかける。


「倒れた社員が増えたと聞いて食堂棟の医務室に状況確認しに行ったら、社員をもっと大事にしろとメアリにさんざん尻を叩かれた……」

「申し訳ありません社長……」


「いいんだ。これは俺の管理不行き届きだ。医務室に居たウィルバーとウェーバから検図の状況も聞いた。過労で設計品質も下がってるんだろ。休ませないと仕事にならない。かといって、ロマンに燃えている彼等のことだ、休めと言っても素直に休むとも思えない。食堂棟の医務室にこれ以上負担をかけるわけにはいかないから、とりあえず設計室にドクターを常駐させよう」


「ドクター常駐の設計室なんて嫌だ!」


 俺は思わず叫ぶ。


「ドクター常駐はあくまで暫定処置だ。検図結果を公表するなどして各自に休養の大切さを自覚してもらうようにする。休んだほうが仕事が進むとわかれば自分の限界をわきまえて良い仕事ができるようになるだろう」


 フォード社長は腹ばい姿勢で反論。

 若いのに本当に賢い。


「ウィリアム。すまないが、俺はしばらくここから動けない。クララに俺がここに居ることを伝えておいてくれ」


 ウィリアムはフォード社長の伝言を伝えるために設計室から出て行った。

 しばらく動けなくなるって、メアリの尻叩き。どんだけだよ……。


 そして、クララは経理部じゃなかったか?

 社長秘書も兼ねてるのか?


 俺は40代オッサン。

 今回はあんまり役にたった感じがないオッサン。

 せめて、何か一つはお役立ちしようとフォード社長に声をかける。


「フォードよ。そんなに痛いなら医務室行くか?」

「絶対嫌だ!」


 フォード社長は即答した。


 【西方運搬機械株式会社】の工場が併設された、多目的施設サロンフランクフルト。

 そこの医務室からは、たまに怪我人が出る。

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