12-1 ウィリアム、戦車にロマンを抱く(3.3k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから七十五日目。サロンフランクフルト周辺の生活排水による悪臭問題に解決の目途が立ってから三日後の夕食後。
俺達は展示室に集まって秘密会議を行っていた。
事の発端はヘンリー卿と初めて徹夜した夜に描いた落書きのうちの一枚。
ヘンリー卿はあの夜俺達が描いたメモを整理して、複製して製本して、希望者に配布していたらしい。
その中に含まれる一枚に強い関心を示した男が居た。
ヨセフタウン市内の鍛冶屋の次男坊ウィリアム青年。魔法学校一期生でもあり、今は【西方運搬機械株式会社】社員でトラクターの足回りの改良設計を担当している。
展示室に集まったのは、俺、フォード社長、ウィルバー、プランテ、車いす搭乗のジェット嬢、そして、ウィリアム青年。
食堂から持ってきた椅子を長机に並べてちょっとした会議室状態にして座っている。
「こんな遅い時間に済まない。ウィリアムの奴がどうしても話を聞きたいというので来てしまったんだ」
微妙な雰囲気の中でフォード社長が事情を説明。
「俺は別にかまわんが、一体何があったんだ?」
「先生の描いたこのスケッチ! コレがどうしても気になりまして。なんだかよく分からないけどすごいロマンを感じるんです!」
興奮気味に語りだしたウィリアムが差し出してきた紙に描かれていたのは【戦車】。
俺の前世世界で【菱形戦車】などと呼ばれていた、砲塔や主砲を持たない最も初期の【戦車】。
ヘンリー卿と技術話で徹夜したあの夜。
俺の前世世界にあったいろんな機械を思いつくままに描いていった中の一枚。
ヘンリー卿はこれに興味を示さなかったのでこの絵には説明書きは無い。
俺はこの世界の文字を読み書きできないので、ヘンリー卿がメモを書かなかったスケッチには説明書きは残っていない。
だからウィリアムはこれの形にロマンを感じるもののこれが何なのかが分からない。
魔王討伐完了により【魔物】は出なくなり、戦う相手のいなくなったこの平和な世界では明らかに不必要な物ではあるが、興味があるというなら教えることに問題は無いだろう。
「これは俺の前世世界で【戦車】と呼ばれていたものだ。全体を装甲板に覆われた車体をこの両脇の無限軌道という走行装置で動かす」
「なんとなくこの無限軌道というものの動き方は想像できるけど、これでどうやって曲がるんだ? 直進だけしかできないってことはないよな」
フォード社長がスケッチを見ながら質問。
「【緩旋回】といって、両脇の無限軌道の回転に速度差をつけることで曲がることができる。また、片方の無限軌道だけを動かすことでその場で方向転換する【信地旋回】や、両方の無限軌道を逆方向に動かすことで車体中心を軸にその場で回る【超信地旋回】というのもある。この無限軌道は意外と小回り利くんだ」
「そうか、だとしたら農耕車両用にも使えそうだな。耕した後の畑やぬかるんだ場所はトラクターの車輪が埋まって動けなくなることがあるけど、この機構ならそういう場所でも走行できそうだ」
「正解だフォード。このスケッチは別用途のものだが、俺の前世世界では農作業用の車両にもこの機構は多用されていた。コストは高くなるが不整地の走破能力は断トツだ」
「その無限軌道を搭載したこのスケッチの機械は何なんでしょう。農耕車両には見えません。なんかこう強そうに見えます」
ウィリアムが待ちくたびれたように質問。
見た目だけでも強そうなことは分かるのか。
「正解だウィリアム。この【戦車】は地上最強の【兵器】だ。【陸の王者】とも呼ばれていた」
「社長! コレ作りましょう! 地上最強とか、陸の王者とか、もう作るしかありません!」
「待て! 一体何と戦うつもりだ! 【魔物】が出る頃なら欲しかったかもしれないけど、今作ってもいらないだろ!!」
興奮して叫ぶウィリアムに対し、今回ばかりはフォード社長もツッコミに回る。
「別に戦う相手はいらないでしょう。最高、最強、陸の王者、それを創り出した我々の技術力をユグドラシル王国全体に知らせる象徴として、コレ作って博物館に飾りましょう!」
ウィリアムは食い下がる。
ウィリアムもなかなか考え方がぶっとんでる。
でも、最終的に博物館に飾りたいというところが平和思想でいいな。
兵器作れるなら戦争したいとか言い出したら俺もさすがに止める。
「確かに。トラクターは売れているが、次に売る商材の開発もしたいし、この無限軌道の機構は農耕車両用として使いたい。魔力電池や電動機などの各種要素部品の改良も、コスト度外視の研究機の開発を通じて進歩が得られるかもしれん」
さすが。フォード社長は技術開発戦略についてもよくわかってる。
「下手に却下していつぞやのように無断発注を多発されても困るしな。よし、予算をつけよう。志願者を集めて設計班を編成し技術開発用として作ってみよう」
「やった!」 ガッ
フォード社長の先見性のある開発戦略にウィリアムがガッツポーズで喜びを表現。
その陰でいつぞやの無断発注の犯人のウィルバーが気まずそうに苦笑いをしている。
そうだよウィルバー。
こうやって最初から【相談】しておけば【始末書】書かずに済んだんだぞ。
俺は、開発にあたり重要なことを説明するために黒板を持ってきてその前に立つ。
作る目的はどうあれ【兵器】に類するものを作る場合に考えておいてほしいことがあるのだ。
俺は長机の対面に並んで座る若い衆に問いかける。
「【兵器】とは何だと思う」
「戦うためのものでしょう」
ウィルバーが応える。
「違う!!」
ヒュッ ビシッ バン ガン
俺がウィルバー目掛けて投げたチョークの狙いが外れて隣のジェット嬢の額に当たり、怒ったジェット嬢がすかさず金属コップ噴進弾を俺の顎に命中させる。
この間およそ0.4秒。
顎を狙うのは俺の眼鏡を割らないように配慮してのことだ。
この瞬時の精密な反撃能力を目の当たりにして俺は思った。
ジェット嬢よオマエだよ。
【兵器】っていうのはオマエのことだよ。
もう【最終兵器】と言ってもいいぐらいだよ。
いやいかん。
人は期待されたように育つという。
コイツに【最終兵器】を期待して育てたりしたら、本当に世界を滅ぼす【最終兵器】に成長しかねない。
コイツは単純な【ツッコミ上手】だ。
【ツッコミ上手】を期待して扱わねば。
【ボケ】も案外イケることは分かっているが、こいつの悪気のない天然の【ボケ】は危険な結果を招くことが多い。
こういうのは、悪気が無い奴ほど怖いんだ。
だから、【ツッコミ上手】の路線で育てる。
【ボケ】さえなければ【ツッコミ】は生じない。
【本質安全】だ。
間違っても【最終兵器】扱いをしてはいけない。
この世界の平和のためにも。
「申し訳ありません。ジェット嬢様」
「車いすに乗ってて避けることができないんだから、気を付けて頂戴」
額をハンカチで拭きながらジェット嬢が応える。
そのやり取りを見届けて、苦笑いしながらウィルバーが確認する。
「そんなに間違ってはいないと思うんですが……」
「まぁ、狭い意味では間違ってはいないんだが、俺が言いたかったのは作る目的についての解釈だ。戦争中ならいざ知らず、平和なこの世界で戦うことを目的してモノづくりをして欲しくないんだ」
「あと、戦争中だったとしても【兵器】という種類の機械の開発には、戦いを終わせるという想いを入れてほしい。もっと言うなれば、戦いに勝利し、終戦を勝ち取る。そういう種類の願いを入れて作ってほしい。そう思う」
「では、そのような願いを込めて【勝利終戦号】という開発名はどうでしょうか」
ウィリアムが手を挙げてものすごいネーミングセンスを披露。
「………………」
しばし室内が静まり返るが、フォード社長が沈黙を破って決定を下す。
「いいんじゃないか。【勝利終戦号】。開発名はそれでいこう」
間違っても、戦いを始める要因にならないように。
戦いを続けるための手段とならないように。
戦いがある場所に勝利と終戦をもたらすそんな存在になれるように。
本来の性能を発揮することなく博物館で眠り続けることができるように。
そんな願いを込めた【戦車】、【勝利終戦号】の開発が始まった。




