11-6 泥泥棒オリバー と泥奉行アンダーソン卿の泥仕合(1.1k)
【曝気槽】で汚水の攪拌を始めた七日後。傷心のキャスリンが【泥酔】してから五日後。サロンフランクフルト周辺に立ち込めていた異臭が消えた。
【曝気槽】内の微生物が汚水の分解ができるレベルまで【馴養】されたのだ。
微生物が放つ独特の臭いは若干残っているが、以前の悪臭ほどではない。ジェット嬢もこの臭いは気にならないらしく、悪臭が消えたことを喜んでいた。
俺も多くの人の力を借りて最終的に【期待】に応えることができて満足だ。
これでサロンフランクフルト周辺も日常を取り戻していくだろう。
技術者は【期待】に応えることができたとしても【感謝】されることなどまずない。その結果がすぐに当たり前の日常になるからだ。
だが、それでも、技術の力で【期待】に応え続ける。
それが、技術者の仕事だ。
臭いが消えたのでジェット嬢を背負って東池に来た。
首都から大型馬車で三十名ほどの視察団が到着したそうで【曝気槽】と機械室周辺は人だかりができていた。
新技術が気になるのは分かるとけど、そもそもの問題の原因は人の集めすぎなんだからちょっと自重してほしい。
【密】ですよ。
残る課題を考えながらふと【曝気槽】の向こう側に視線を送る。
【曝気槽】のほとりで、ロープ付バケツを持ったオリバーと両手に柄杓を持ったアンダーソン卿が泥まみれになりながら対峙している。
「何やってるんだ。アレは」
近くにいた黒目黒髪のズボン姿の女性技術者が教えてくれた。
「肥料原料になりそうな【汚泥】を狙う【泥泥棒】と化したオリバーさんと、【曝気槽】の安定運転のために汚泥量を維持したい【泥奉行】のアンダーソン卿の【汚泥】を巡る【泥仕合】が【泥沼化】しているところです」
二人を眺めながら楽しそうに彼女は言う。
「御二方は【定数】が拮抗しているので、ああやって掛け合わせるとかなり尊いです」
【尊い】というキーワードを聞いてもしやと思い周囲を見渡すと、やっぱりメアリが居た。
「尊いわ。ドロドロに尊いわ……」
ヨダレと鼻血で顔面をドロドロに崩壊させながらうっとりと眺めている。
背中に張り付くジェット嬢が震えているのがわかる。
聞かなかった、見なかったことにした。
稼働を開始したのは【曝気槽】だけだ。
【活性汚泥法】を成立させるには【沈殿槽】と【返送汚泥ライン】の構築が必要だ。あと、何より重要なのは汚水処理により発生した【余剰汚泥】の処理の確立。
でも、この様子なら彼等に任せておけば大丈夫だろう。
異臭も収まった。
【西方運搬機械株式会社】の工場もすぐに再開される。
その前にジェット嬢と一緒にもう一回ぐらい町遊びに行ってみるか。
そんなことを考えながら、俺はジェット嬢を背中に張り付けたまま食堂棟に向かった。
●次号予告(笑)●
全長9.9m、全幅4.4m、分厚い鋼鉄の装甲に覆われた車体に両脇の無限軌道が推進力を与える。
銃弾を跳ね返し、阻塞を踏み潰し、塹壕を乗り越えて突進するそれの威容は対峙した者全てを恐怖に陥れる。
異世界からの来訪者の落書きに描かれたそれに釘付けになった男達がいた。
それは、魔王討伐完了により平和を取り戻したこの世界には明らかに不必要なものであった。しかし、対峙した相手を圧倒する力の造形はいつの時代も、何処の世界でも男達のロマンを刺激する。
それの不整地走行能力に商材としての可能性を見出した社長は男達のロマンに資金を投入。
自らのロマンのため、自らを悪夢から解放するため。男達の技術者魂に火がついた。
異世界から持ち込まれた技術と自分達で作り上げた応用を駆使し、最強のそれを創り出すというロマンに憑りつかれた男達は設計室にて不眠不休でデスクに齧りつく。
ロマンに狂った男達が製図台前で次々倒れる設計室でクレイジーエンジニアは叫ぶ。
「ドクター常駐の設計室なんて嫌だ!」
次回:クレイジーエンジニアと魔力戦車
(幕間 入るかも)




