11-3 俺、長机を持ち出して謝罪会見を開く(3.4k)
ヘンリー卿、フォード社長、オリバー、ジェット嬢で【お通夜状態】になった翌日午前中。キャスリンは【試作2号機】の点検整備のために飛来した。
ぐるぐる巻きの件もあるし生活排水処理はユグドラシル王国全体で問題になっているとのことなので、その解決策の開発のためなら協力は惜しまないと言ってくれた。
相変わらず服装センスはヤバイけど、根はマトモな性格らしい。
フォード社長の指揮の下、トラクター工場の稼働を停止してその作業員を投入した排水処理設備の建設作業が始まった。
滅殺池近くに機械室となる小屋を設置。
オリバーはいつの間にか農業資材として魔力電池と電動機を応用した自吸式揚水装置や簡易的なベルトコンベヤを開発していたようで、滅殺池からの水抜きを行っていた。
この滅殺池が【曝気槽】になるので、水抜きが終わったら散気管の固定工事をするとのこと。
滅殺池や東池は【滅殺破壊魔法】により作り出されたものなので、池の底は固まった溶岩だ。おそらくコンクリートより硬い。散気管の固定がしやすくて助かる。
【曝気槽】の次には【沈殿槽】が欲しいがそれは後回し。
【曝気槽】の運転開始が優先だ。
悪臭が漂う中、男達は夏場の屋外で汗水流して働いた。
俺とジェット嬢は、いつもの背中合わせスタイルで初夏の炎天下で働く男達に水を配った。ジェット嬢が水魔法で作った水に塩を少々混ぜて簡易的な熱中症対策水だ。
ジェット嬢曰く、これもウェイトレスの仕事らしい。
そして昼休み。屋外で働いた男達はいつもより空腹になったようで食堂は大盛況だった。相変わらず悪臭は立ち込めているが、何とかなるという希望が見えたので皆の表情は明るい。
俺は思った。
失敗したら、ごめんと。
午後になり工事はさらに進む。【臭い三連星】は【ジェットストリーム溝堀】により滅殺池から今の排水流路近くまで流路を掘り進めた。
滅殺池の【曝気槽】改造が終了次第汚水を流し込む算段だ。
そして、手紙を持ってアンダーソン領まで飛んでいたキャスリンの【試作2号機】が帰ってきた。
アンダーソン卿からの返信によると興味があるのでこちらに来たいとのこと。
しかし、馬車での移動では四日かかる。【試作2号機】なら一時間半程度であるが【試作2号機】は操縦者しか乗れないし荷物も乗らない。
ヘンリー卿、キャスリン、ウィルバー、ウェーバ、俺、ジェット嬢が食堂に集まって知恵を絞った。その結果、アンダーソン領のどこかに【試作1号機】が着陸可能な滑走路を即席で作る方法を発案。
ヘンリー卿がその旨を伝える手紙を、ウィルバーとウェーバが滑走路の整地方法をまとめた資料を作成。それを持ってキャスリンは【試作2号機】で再びアンダーソン領へ飛び立った。
この時間から往復すると到着時に夜間着陸になる可能性があるので、キャスリンは今日はアンダーソン領に宿泊するように伝えた。
馬車で片道四日かかる距離を一日で三回も移動する。
この世界の常識では考えらえなかったことを飛行機が可能にしてしまった。
飛行機の有用性を誰もが認識した日でもあった。
◇
滅殺池の【曝気槽】工事を開始した翌日午前中。
水を抜き切った滅殺池の底でオリバー達が散気管の固定工事をしていた。
散気管はヨセフタウンの鍛冶屋が突貫で作ったもので材質は耐食合金鋼らしい。まさかステンレスかな。
送風機の方は据え付けが終わってフォード達が送風機単体での試運転をしている。動力は十分そうだ。魔力電池のおかげで配線工事がいらないのは楽でいい。
そんな中、キャスリンが【試作2号機】でアンダーソン領から帰還。
アンダーソン領にて滑走路建設工事が急ピッチで進んでいるとのこと。
今日の午後には着陸可能なように仕上がるそうなので【試作1号機】の準備をしてほしいと。
昼休みを挟んで午後。
【曝気槽】工事が終了し散気管からの空気供給も問題ないことが確認された。排水流路は完成しており堰を取り外せば【曝気槽】への汚水注入が可能な状態になったと。
昼食後の後片付けが一段落したのでジェット嬢を背負って滅殺池に様子を見に行った。
現場の光景を見て俺は戦慄を感じた。
送風機室の前に置かれた壇上にフォードが居た。
その前には【西方運搬機械株式会社】の社員含むサロンフランクフルト居住者全員が、運動会の小学生のように綺麗に整列していた。キャスリンも隅の方で参加している。
【悪臭問題解決記念祝賀会】らしい。
待て。ちょっと待て。
壇上でフォードが喜びの言葉と、悪臭問題解決後の生活品質向上と、今後の生産効率向上について熱く語る。
会場? から歓声が上がる。
壇上はヘンリー卿に交代し、サロンフランクフルト周辺の排水問題解決と、その技術を使用した新しい都市計画について決意を述べる。
会場からまた歓声が上がる。
やばい。とてもやばい。
よく見ると、滅殺池への排水流入を止めている堰のあたりに【テープカット】の準備がされている。こっちの世界にもそういうのあったんだ。
壇上のヘンリー卿と目が合い、呼ばれる。
技術提供の功労者として壇上から挨拶をお願いしたいと。
その時、俺は、自らの失敗に気づいた。
重要なことを説明していなかったのだ。
【活性汚泥法】をはじめとする微生物を利用した処理は、処理装置内でその処理対象に適合した微生物を十分に繁殖させるためのプロセス【馴養】が必要だ。
これは処理対象の水質や気温水温などの影響を受けるが、数日から数週間。長ければ数カ月という長時間を必要とする。
当然、それが終わるまでの間、処理性能は出ない。悪臭は止まらない。
装置の運転を開始したらすぐに悪臭が止まるわけではないのだ。
それに、この世界には俺の前世世界のように専用の【種菌】が流通しているわけではない。自然界の微生物から処理能力の優れた種が処理層内で選別され繁殖するのを待つ必要がある。
馴養期間は俺の前世世界の常識よりも長くなる可能性が高い。
俺は、覚悟を決めて、工事の作業スペースに置かれた長机を一卓持って壇上に上がる。
壇上で自分の前に長机を置いて、深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
前世世界の【謝罪会見】の様式を再現して事情を説明して謝る。
途端に会場からブーイングが上がる。
俺は耐える。今回 悪いのは 俺だ。
技術者は【期待】される。
【期待】されることこそ技術者の喜びでもありやりがいともいえる。だが、その結果が【期待値】を下回ると【裏切り】とみなされる。
技術として、成果として、どれだけすごい偉業を成し遂げたとしても、顧客の判断は【期待値】に対する相対評価。それだけなのだ。
だから、技術者は【説明】にも気を配らなければいけない。
【期待】されることにやりがいを感じつつも、応えることができない【過剰な期待】を顧客に抱かせないように、相手の理解度に気を配りながら丁寧に【説明】をしないといけないのだ。
今回、俺はそれを怠った。
工場を止めて、社員総出で暑い中の突貫工事に挑んだ彼等の【期待】を裏切った。
壇上で罵声を浴びる責任は全て俺にある。
会場からのブーイングが止まらない中、背中に張り付くジェット嬢が動いた。
シュバッ
頭を下げる俺の背中で、両腕を斜め上に勢いよく上げた。
「ギャァァァァァァァァァ」
途端に会場が阿鼻叫喚。
集まっていた数百名が一斉に逃げ出して会場は静まり返った。
残っていたのは、ヘンリー卿、フォード社長、キャスリン、ウィルバー、プランテ、ウェーバ等、比較的ジェット嬢に慣れているメンバーだけだった。
「一体何をしたんだ?」
俺はジェット嬢に確認する。
「……腕を上げただけよ。魔法は使ってないわ」
ジェット嬢の魔法は基本的にノーモーションで発動する。
魔法を使うために腕を動かす必要は無い。
一体、何のために突然腕を上げたのか。
わざわざ聞くのは野暮な気がした。
とりあえず、【曝気槽】の運転を開始することにした。【テープカット】の準備を片づけて堰を取り外し汚水を【曝気槽】に送る。
夕方になったので、キャスリンの【試作2号機】とウェーバ操縦の【試作1号機】がアンダーソン領に向かって飛び立った。
帰りは明日。【試作1号機】でアンダーソン卿を連れてくる予定だ。
その夜。
汚水を【曝気槽】に流し込んで送風機で風を送ったことにより、過去最大の異臭がサロンフランクフルト周辺に充満した。




