10-6 残念なイェーガ第二王子(2.2k)
ジェット嬢をシーツでぐるぐる巻きにして逃走した、ヤバイ女キャスリン。
行先を探すべく周りを見渡す。
トラクター工場より北側にある格納庫周辺が騒がしい。
格納庫の出入口周辺でウィルバーとウェーバが中に向かって何かを叫んでいる。
多分あのヤバイ女と何か関係あるだろうと考えてそちら側に向かう。
すると、格納庫の中から書類や塵を吹き飛ばしながら午前中に塗装したばかりの【試作2号機】が出てきた。
尾翼から。
格納庫から後ろ向きに出てきた【試作2号機】は、ダクテッドファンによる推力で機体を浮かせながらゆっくりと滑走路のほうに後ろ向きで移動する。
滑走路の端に来ると、滑走路に合わせて回頭。
機首のプロペラを始動させて滑走を開始し、滑走路の半分ぐらいまで走ったところで綺麗に離陸していった。
俺とウィルバーとウェーバは格納庫前に並んでそれを呆然と見とどけた。
ウィルバーとウェーバがここに居るということは乗っているのはあのヤバイ女だ。
間違いない。
俺は思った。
あの配色がマズかったと。
あの配色は【ロマン優先コスト度外視で作られた乗り手を選ぶ試作機】のためのものであるが、【無断で乗り込んで取説読んだだけで無双するヤバイ奴】を呼び寄せる作用もあるんだったと。
離陸した【試作2号機】は上空で旋回している。
三人+背中のジェット嬢で呆然と見上げていたら、その静寂を切り裂くようにウェーバが突然【電波】を受信して叫ぶ。
「総員! 対空戦闘用意!! 魚雷装填急げ! 撃ち落とせ!」
さすが【電波】だ。ツッコミどころが多すぎる。だが、俺は人生経験豊富な40代オッサン。瞬間的な選択と集中でベストアンサーなツッコミをしてやる。
「魚雷は対空兵器じゃない! その【電波】の発信源は一体何処だ!!」
しまった。間違った!
「そうじゃないわ。撃ち落としたらダメよ! キャスリンが乗っているのよ!!」
ナイスフォロージェット嬢!!
ウィルバーが格納庫の奥からスーパーミラクルデンジャラス金属パイプ【魔導砲】を抱えてやってきた。
「この【魔導砲】は対空兵器に入りますかぁ?」
今度こそ俺が正しいツッコミを!
「バナナはおやつに入りますかみたいなノリで超危険物持ってくるんじゃない!!」
「だから撃ち落としたらダメだって!! キャスリンはあれでも王族よ! ケガなんてさせたら最悪ギロチンよ!」
ジェット嬢が再びフォロー。
そんなことをしているうちに、離陸した【試作2号機】は南の空に消えていった。
そしてウェーバが次の【電波】を受信して叫ぶ。
「総員! 対空警戒を厳にせよ。望遠鏡と人数を集めて、建屋屋上にて南の空を中心に対空警戒。地上要員は帰還に備えて滑走路周辺を片づけろ! 夜間着陸に備えて滑走路に誘導灯を用意!」
今度こそ俺がパーフェクトなツッコミを!
「ウェーバ! 【電波】はもういい! 発信源は一体何処なんだ!」
「待って。今の指示は的確だと思うわ」
そういえば、そうだな。
ヘンリー卿とフォード社長も騒ぎに気付いて食堂棟から出てきた。
あとの対応はウィルバーとウェーバ達に任せて俺とジェット嬢は食堂棟に戻る。
ジェット嬢に聞きたいことがありすぎる。
「あのヤバイ女、キャスリンは何者だ?」
「えーと、第二王子の妻で、つまり、この国のお姫様的な方よ」
「なぜそのお姫様がジェット嬢をぐるぐる巻きにして、【試作2号機】を強奪しないといかんのだ」
「ちょっと、あの方は、【目的のためには手段を選ばない】ところがありまして、最近どうも、高速な移動手段を渇望していたそうなので、ついあんな行動に出てしまったんじゃないかと」
「強奪する必然性が無いだろう。素直に見たいと言えば、フォードもウィルバーも喜んで案内したはずだ。わざわざジェット嬢をぐるぐる巻きにする必要性がどこにある」
「あの方は以前より、【夢中になると周りが見えない】という悪癖がありまして、欲しかったものが手の届くところにあると思ったら、我慢できなかったんじゃないかと」
「最大の疑問は、ウィルバーですら操縦に難儀した【試作2号機】を初乗りで手足のように乗りこなしたところだが、あれはどういうことだ」
「それは私にも分からないわ。キャスリンは風魔法が得意だからそれと何か関係があるかもしれないけど」
夫であるイェーガ王子にも話を聞こうと食堂のテーブルに向かったら、イェーガ王子は机の上で頭を抱えてお酒のグラスを前になんか見覚えのあるオーラを出していた。
あのオーラは俺の前世世界で見た覚えがある。
【妻が駐車場で物損事故を起こしたので、妻の代わりに菓子折りを持って相手に謝りに行ったら無茶苦茶怒られて、帰って妻に文句言ったら逆切れされて心の行き場を失った夫が仕方なくお酒を飲んでいる時】
のオーラだ。
苦労してるんだな。普段から。
俺が聞きたいことは、その苦労に比べればそれほど重要なことじゃない。
いまはそっとしておいてやろう。
でも、キャスリンが食堂棟出るときに止めなかった王子にも原因はあったと思うぞ。
俺は理解した。
無茶苦茶な行動をする人間の傍では、それをフォローするために多くの人が疲れているということを。
俺は反省した。
前世ではけっこう無茶苦茶やったことあったけど、その時もいろんな人に苦労をかけたであろうことを。
俺は決意した。
若者たちの無茶苦茶をフォローできるような40代オッサンであり続けたいと。
そして、俺は願った。
第二王子とその妻が残念すぎるので、せめて、王位を継承するであろう第一王子とその伴侶がまともでありますようにと。
この国でこれからを生きる若者たちのためにも。




