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10-5 ヤバイ女、キャスリン登場(2.1k)

 夕方ぐらいになり、そろそろ格納庫の片付けの手伝いでもしに行こうかと思ったら食堂棟に来客。

 車いす搭乗のジェット嬢と出迎えるとヘンリー卿とフォード社長が視察団を連れて食堂棟に入ってきた。

 なるほど、工場見学が一区切りついたから食堂棟で休憩しようということか。


 コーヒーでも用意しようかと人数を確認するために視察団に視線を移した時、視察団の中にヤバイ奴が居るのを発見して俺は固まった。


 視察団は男性四名、女性一名。

 その一名の女性がヤバイ。


 恰好がヤバイ。


 小柄な女性だが、頭には先の尖がった魔女帽子、額にバンダナ、目にはハート型の色の濃いサングラス、鼻と口はマスクで隠し、全身は黒ロングスカートのワンピース。

 前には青いエプロン、腰には黄色のウェストポーチ。背中に赤いマント。手には扇のようなものを持っている。


 ヤバイ。デタラメだ。


 俺の前世の世界のセンスでもデタラメだし、この世界の中でも明らかにデタラメだ。

 どうやったらこんなデタラメなコーディネィトができるのか分からないぐらいのデタラメな恰好をしているヤバイ女。


 そのヤバイ女はこの俺を見つけると、なぜかジロジロ眺めて、そして、近づいてきた。


 逃げたい。すごく逃げたい。


 だけど、人の顔を見てダッシュで逃げると後でろくなことにならないことは学習済みだ。

 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだと、心の中で繰り返しながらそのヤバイ女の接近に耐えた。


 俺はヨセフタウン外に知り合いは居ない。

 もしかしたらこのヤバイ女はジェット嬢の知り合いかもしれないと思って、ジェット嬢の車いすを見下ろすとさっきまで居たはずの場所に居ない。


 何処どこへ行った?

 周囲を見渡すと、車いすをゆっくり動かしてそーっと医務室の方に向かっているジェット嬢の後ろ姿が見えた。


 オマエが逃げるんかい!!


 こっそり逃げようとする背中を見ながら心の中でツッコミを入れていると、ヤバイ女が素早く車いすに追いつきそのハンドルを捕まえてジェット嬢に話しかける。


「イヨ様。お久しぶりです。ちょーっと、お聞きしたいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか」

「……ワタクシに分かる範囲でヨロシければ、ヨロこんで」


 車いすごと完全に捕獲されたジェット嬢が、しどろもどろになっている。


 ヤバイ女はジェット嬢の車いすを押して二人でそのまま医務室に入ってしまった。

 どうやら知り合いっぽいしガールズトークでもするのかなと、俺はそっちは気にせずに来客にコーヒーを淹れるために調理場に入った。


 ヘンリー卿と、フォード社長と、視察団の男性四名。休憩に俺も同席を許されたので同じテーブルを囲んで話を聞く。

 視察団の男性四名はお忍びで来たこの国の第二王子イェーガとその護衛騎士。そして、さっきのヤバイ女は第二王子の妻キャスリンとのことだった。


 そして、俺はここでもオッサンを名乗った。正体は神聖大四国帝国から来たクレイジーエンジニアということにしておいた。デタラメ上等。


 イェーガ王子もやたらと俺の方をジロジロ見てきたが、俺の顔に何かついてるか? ジェット嬢に会った初日に髪を焼かれたり顔を殴られたりして、顔面若干ボコボコで鼻の潰れたボウズ男にされてるけど、眼鏡装備だから人相そんなに悪くないと思うぞ。


 今日は五日前に稼働開始したトラクターの工場の見学が主だったそうだ。

 電動機と鉛蓄電池と魔力電池を搭載したトラクターをユグドラシル王国内全域に販売するために招待したとか。


 イェーガ王子は農作業用だけではなく馬車の代替として交通手段としても普及させたいと言っていたが、俺は時期尚早だと伝えた。

 道路インフラと交通ルールの整備が先だと。前世世界の交通事故の悲劇までこの世界に持ち込むわけにはいかんのだ。


 あと、空気入りタイヤの実用化が必須条件だ。

 今のソリッドタイヤで石舗装の道路を走るのは危険だ。農作業用といっても空荷の全速力なら馬車より格段に速いからな。


 そんな話をしていると、医務室からあのヤバイ女、キャスリンだけ出てきた。

 そしてキャスリンはこちらをチラッと見た後、食堂棟入口からフラッと出て行ってしまった。


 夫のイェーガ王子がそれを見ても別段反応していないので、まぁキャスリンは大丈夫なんだろうと思い俺は医務室にジェット嬢を迎えに行った。


 医務室に入ってそこにあったあんまりな光景に俺は固まった。


「むぐーー! むぐーー!」


 ジェット嬢が車いすごと大きな白い布でぐるぐる巻きにされて中でもがいていた。白い布はベッド用のシーツだ。

 すぐにそれをほどいてジェット嬢を開放し事情を聴く。


「一体どういうことだ!? 状況がカオスすぎるだろ!」

「ウィルバーが作った飛行機の話をしたら、急に眼の色が変わっていきなりシーツを巻かれたわ! 追いかけるから背中向けて!」


 理解が追いつかない。

 なぜ飛行機の話を聞いたらジェット嬢にシーツを巻かないといけないのだ。

 でも、何かヤバイ事が起きようとしているのは何となくわかる。


 ジェット嬢を背中に登らせながら確認する。


「あのヤバイ女は一体何なんだ。ヤバイのは見た目だけじゃないのか!?」

「話は後! 追いかけて頂戴!」


 追いかけるというにはあまりにタイミングが遅いが、ジェット嬢を背中に張り付けて食堂棟から駆け出した。

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