10-4 試作2号機、借金してでも塗りたい色(2.1k)
【試作2号機】を無断で作った容疑にて。
食堂棟のテーブルでフォード社長によるお説教タイム。
俺とウィルバーが怒られる。
使った金額自体は研究用としては許容範囲だったそうだが、未承認で町内各所にいろいろ発注した影響で経理部が混乱したことのほうが問題だったそうだ。
すっかり社長らしくなったフォードが言う。
「事前に相談してくれればこのぐらいは研究費として承認するから。無断発注とか口頭発注とかやめてくれ。ちゃんと帳票残してくれ。ルール守ってくれ。決算の計算が狂ったら大変なことになるんだぞ。今回の件で経理部のクララが深夜残業になったんだ。かわいそうだろう」
そうだよな、コンピュータの無いこの世界では帳票の計算は全部手計算。やり直しが多発したらそりゃ大変だ。
クララってもしかしてフォードの彼女か? そりゃ心配だ。
「なるべくがんばります」
すっとぼけた口調でウィルバーが応える。
それを見てちょっと不安になったので俺が重要な事実を伝える。
「決算資料は【株主】が見るんだぞ。ここの【株主】が誰だか知ってるよな」
「ルールを順守し、関連部署に迷惑をかけない、清く正しく美しい【クレイジーエンジニア】として職務を遂行させていただきます!」
ウィルバーがシャキッと背を伸ばして、宣言。
結局、ウィルバーは【始末書】を提出した。
実は俺も前世世界で開発職サラリーマンをしていた時に【始末書】を書いたことがある。なるべく書きたくないものだ。
ルール違反はいろんなところに迷惑をかける。【クレイジーエンジニア】だからってむやみにルールを破っていいわけじゃない。ルールは守るより破る方が難しいんだ。
そう。俺は40代のオッサン。【始末書】経験のあるちょっと残念なオッサン。
ルールの大切さを若者に教えるのも仕事だ。
ジェット嬢は車いす搭乗で離れたテーブル席で縫物をしていた。
この後、俺は、ジェット嬢に借金を申し込んで、自費で塗料を注文してもらった。
赤、青、黄の3色。
真っ白の【試作2号機】に色を塗りたい。
フォードとウィルバーの許可は取った。
俺は借金は好きじゃない。
でも、俺は、どうしてもあの機体に色を塗りたかった。
◇◇
ウィルバーが無断発注の不祥事で【始末書】を書いてから二日後の午前中。俺とウィルバーは、格納庫で【試作2号機】に色を塗っていた。
「先生、このやたら派手な配色なにか意味があるんですかぁ?」
俺の描いた配色の図を見ながらのウィルバーの質問に俺は堂々と応える。
「俺の前世世界では【ロマン優先コスト度外視で作られた乗り手を選ぶ試作機】はこの色を塗るという決まりがあるんだ」
「確かにこの【試作2号機】はその条件にバッチリ該当しますが、先生が借金してまで塗るほど重要なんでしょうか。僕は飛ぶためには色とか関係ないとは思うんですが」
「俺としては重要なんだ」
どんな配色か。
運転席付近を青、そのちょっと後ろ、ダクテッドファンの外側あたりを赤、窓の周辺や、給排気口周辺を黄色。トリコロールカラーというやつだ。
窓ガラスに塗料が付かないように上から下に向けて丁寧に塗っていく。
ウィルバーは給排気口周辺の黄色を担当してくれた。開口部は構造に詳しい人が塗ったほうが上手に塗れるからな。
…………
昼食前ぐらいの時間には塗り終わった。
服のあちこちにペンキを付けながらも二人で達成感を感じる。
「塗ってみると綺麗なもんですね。なんかカッコよくなった気がします」
ウィルバーの満足そうな感想に俺が応える。
「そうだろう。そうだろう。塗装とか配色とかは機械にとっては重要なんだぞ。塗料乾かしたいから、今日は格納庫の扉は開けておきたいが問題ないか?」
「午後からは王宮からお客さん来るようですが、ここに用事は無いそうですし、コレは別に隠す必要はないので格納庫開けっ放しでも問題ないでしょう。夕方にウェーバと一緒に格納庫の掃除の予定ですが、一緒にどうですか」
「そうか。手が空いたら手伝うよ」
こうして、午前中の作業を終えて昼休み。
俺は、厨房立ち入り禁止の後片付け専門ウェイターとして、ジェット嬢はトレーラック付き車いすを駆使したスーパーウェイトレスとして昼の日課をこなした。
王宮から【西方運搬機械株式会社】の工場視察のためお客様が来るということで、フォード社長含め、対応に当たる一部のメンバーは大張り切りだった。
昼食後しばらくすると王宮からの工場視察団は到着したらしく、工場周辺で人だかりがあちらこちらに移動していた。
俺とジェット嬢はその光景を食堂棟の窓から眺めていた。
前世で開発職のサラリーマンをしていた時のことを思い出す。
工場見学のために勤め先にお客様が来た時。担当営業の方がお客様を案内している近くを通るのがなんとなく気まずかったので、お客様の見学が終わるまで事務所の奥に籠ってデスクワークとかしてたなぁ。
お客様とすれ違ったときに気持ちのいい挨拶とかできればよかったんだろうけど、体育会系の経験が乏しかったこともありそういう器用なことがなかなかできなかった。
お客様を引率して、誇らしげに工場の説明をしていたのも俺の同期の40代のオッサンだったが、40代のオッサンも人それぞれ。
俺はそういうのが苦手な40代のオッサンだった。




