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10-3 軽飛行機、試作1号機と試作2号機誕生(2.6k)

 ウィルバー作の翼を使った俺とジェット嬢の初飛行から十五日後の午後。昼食の後片付けが終わったぐらいの時間帯。


 八日前に完成した格納庫の中で俺とウィルバーはこの世界で初となる飛行機と対峙していた。


 格納庫内に並ぶのは灰色の【試作1号機】と、白の【試作2号機】の二機。


 俺の渡したスケッチを元にしたウィルバーの設計。

 製作は、ヨセフタウンの大工と馬車職人と【西方運搬機械株式会社】の試作チーム。


 ベースになっている機体形状は、俺の前世世界で最も多く生産されたと有名な単発プロペラ推進の高翼式の軽飛行機のそれであるが、中身は別物だ。

 

 俺の前世世界での飛行機は、燃料消費量を節約するために機体を徹底的に軽くする必要があった。それでも離陸重量の何割かが燃料となるぐらいに大量の燃料を必要とした。

 それに対して、事実上の永久機関である【魔力電池】を実用化したこの世界の飛行機は燃料を必要としない。


 無論飛ぶためには軽くする必要はあるが、前世世界の航空機設計に比べると制約ははるかに緩い。

 その結果、機体構造は木造で強度が必要な部分は鉄を多用するという前世世界の航空機ではありえないような設計になっている。


 動力は電動機だ。開発者はヘンリー卿。

 ヨセフタウンで過去に武器用として試作された鉄合金の失敗作の中に、鉄心に使用することで電動機の効率を高めることができる鉄合金があったそうだ。

 それを固定子と回転子の鉄心に使用することで、軽量、高効率、低発熱な大型電動機の開発に成功したとか。

 直流電動機なので定期交換部品があるのが泣き所ではあるが、前世世界の内燃機関に比べれば整備は簡単だ。


 同じ機能、同じ外観でも、動力源とその性質が変わることで全く別物になってしまう。

 設計という物の多様性に俺は驚愕していた。


 それでも【試作1号機】は軽飛行機としてまともな仕様だ。

 前後二列の座席で、操縦者二人、乗客二人、あと少々の荷物。乗降は機体両側面の扉より行う。

 降着装置は車輪付きの固定脚。空気入りタイヤが開発されていないのでソリッドタイヤだ。その分緩衝装置を工夫してあるが、俺の前世世界の飛行機と同じく整備された滑走路でしか離着陸できない。


 それに対してかなりキワモノになってしまったのが【試作2号機】だ。

 ウィルバーの発案と俺の入れ知恵によりとんでもない仕様になってしまった。


 滑走路の無い場所でも離着陸できるように客室を潰して垂直離着陸用の垂直ダクテッドファンを機体に内蔵した。

 俺の前世世界で言うところのVTOL機だ。


 前方にもプロペラがあるが胴体にも垂直方向にファンを内蔵している。言うなれば独立した二系統の動力があるぶっ飛んだ設計だ。

 俺の前世世界の設計では絶対あり得ない。


 ダクテッドファンを内蔵するために客席を潰したので乗客も荷物も乗れない。

 そのダクテッドファン用の大型の魔力電池を操縦席両脇に配置したので、操縦席は非常に狭く当然操縦者は一名。

 

 胴体両脇にドアが配置できないため搭乗は機体下部の搭乗口から行う。

 座席の下から潜り込むような形だ。


 ダクテッドファン搭載による重量増加を相殺するため降着装置はソリ。

 実質、垂直離着陸しかできない。


 操縦席が狭いため小柄な人間しか乗れない。

 ウィルバーでもギリギリだ。俺は絶対無理だ。


「先生達が翼型の検証に協力してくれたおかげですよ。僕の夢が叶いました。これがあれば好きなだけ飛び回ることができます」


 望遠鏡を不適切な使い方をして沼に埋められたウィルバーだったが、ちゃんと適切な使い方もしていたようであの飛行試験で翼型よくがたを確定させたらしい。


 それにしても、この短期間でこれだけのものを作ってしまうのは驚きだ。

 俺はふと思ったことを口に出す。


「こんな短期間で本当に作ってしまうとはな。【試作1号機】のほうは、量産化すれば売れるんじゃないか? スポンサーのフォードはどう言ってる?」

「うーん。売れるかどうかはどっちでもいいですねぇ。僕は自分が飛びたかっただけなので、コレがここに置いてあるならあとはフォードさんの好きなようにしてもらえればと思います」


「投げやりだな。維持費だってかかるだろうに。会社の収益への貢献を考えてもいいんじゃないか。お前今は一応【西方運搬機械株式会社】の社員だろ」

「そういうことを気にしないのが【クレイジーエンジニア】なんじゃないですかぁ?」

「それもそうだな」


 俺とウィルバーは二機の飛行機の前でほくそ笑んだ。

 ウィルバーは俺以上に【クレイジーエンジニア】というものをよく理解し、そして実践している。将来有望な若者だ。


 そこでちょっと気になったことを聞く。


「【試作2号機】の方はちゃんと飛んだのか? 明らかに操縦が難しそうだが」

「実際コレは操縦難しいですねぇ。イヨさんの推力偏向すいりょくへんこう機動を参考に設計をしてはみましたが、自由度が低いし応答も遅いので、離着陸の難易度は高いです」


「そうだろうな。離陸時の姿勢制御とかすごい難しそうだ。あと、運転席の背後で高速でファンが回っているというのも、なんとなく心臓に悪い。俺は正直乗りたくないな。乗れないけど」

「ファンの強度は大丈夫ですよ。鍛冶屋の太鼓判付の鉄系超合金です。でも、確かに怖いので僕も正直コレはあんまり乗りたくないなぁとは思います」


「これの離陸に成功できたのは何人居るんだ? そもそも乗れる奴が少ないと思うが」

「【試作2号機】は今のところ僕だけですね。ウェーバも挑戦しましたが無理と言ってました」


「滑走路が整備されていないこの世界では垂直離着陸は貴重だけど、乗り手を選ぶし、乗客は乗れないし、荷物は全く乗らない。ちょっと売るには厳しいな。ロマン優先実用性度外視の試作機どまりか」

「まぁ、僕が飛べればいいのでそれでもいいんですけどね」


「それにしても【試作2号機】のダクテッドファンの電動機と魔力電池。けっこう高かったんじゃないのか。魔力電池のコストダウンが進んでいるとは聞いたけどここまでのサイズになると安くはないだろう。フォードの承認は取れてるんだろうな」


「あはははは。【試作2号機】は無断で作ってしまいましたぁ」


「いやいやいや、いくら【クレイジーエンジニア】だからって、無断はマズイだろ無断は!」


 ウィルバーは俺以上に【クレイジーエンジニア】を理解している。

 しかしモノには限度があるだろう。試作機一機まるごと無断とか、ちょっと度を越えている。


 ルールを守ることの大切さとルールを破ることの難しさを教えようと思ったら、格納庫の通用口に人影が見えた。

 そこには怒り心頭のフォード社長が居た。たくさん書類を持ってる。


「ウィルバー。話がある。ちょっと食堂棟までついて来い」

●オマケ解説●

 作中の【世界で最も多く生産されたと有名な単発プロペラ推進の高翼式の軽飛行機】のモデルは、セスナ 172 スカイホークです。

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