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10-2 ウィルバー、紳士になる(1.7k)

 ウィルバーが覗き容疑で沼に沈められた後、しばしの遊覧飛行を楽しんでから着陸。


 魔力推進脚による推力偏向すいりょくへんこうの機動力は予想以上で着陸も難なくできた。


 着陸場所で翼を外して、沼に埋められてしまったウィルバーのところに向かう。

 直径1mぐらいの、ウィルバーを埋めるためだけに即席で作られた沼。

 その中心部で、腰まで埋められたウィルバーが泣いていた。


「僕が、何をしたって言うんですかぁ……」


 あの時と同じようになげくウィルバーだが、あの時と同じで自業自得だ。


「ウィルバーよ。望遠鏡を不適切な使い方したそうじゃないか」

「……太陽を見てしまいました……」


「バレてるんだぞ」

「ごめんなさい」


 俺は40代のオッサン。

 道を踏み外そうとしている若者が居たらそれを正してやるのが仕事。


 でも、そんな俺にも若い頃はあった。

 理解できないわけじゃない。


 いくら道徳的に間違っているからと言っても、若気の至りともいえる年頃の青年のささいな出来心を頭ごなしに全否定するのも可哀そうと思ってしまうこともある。


 そう、ついそう思ってしまうこともあるのだ。


「ウィルバーよ。どうしてもやりたいならバレないようにしろ。あと、命が惜しければ相手は選べ」


 俺が口を滑らせた瞬間だった。


 俺とウィルバーの間を中心にした半径5mほどの円上に高さ3m程度の【地獄の業火壁ヘル・ファイヤウオール】が出現。

 その下に生えていた草は一瞬で炭化し、その炭すら赤く輝きつつある。


 燃焼反応によるものではない。

 フロギストンの熱エネルギー変換により作った灼熱しゃくねつのプラズマ火炎のカーテン。

 見かけだけは焚火たきびほのおに似せようとしているが、そんな生易なまやさしいものではない。


 推定温度およそ三千度。

 かがやく業火ごうかの中では度々稲妻が光っていた。


 周囲全周を囲む灼熱しゃくねつかがやきが輻射熱ふくしゃねつで俺達をあぶる。


「うわっ! うわぁぁぁぁぁ!」


 沼に半身埋められて身動きが取れないウィルバーが悲鳴を上げる。


 明らかに俺の背中に乗っているジェット嬢の仕業であるが、ジェット嬢は無言。

 姿は見えないが、背中に感じる荷重よりなんとなく腕を組んでいるように感じる。


 この【地獄の業火壁ヘル・ファイヤウオール】はジェット嬢の仕業であるが、これが出てきた原因はこの俺の不適切な発言だ。


 つい、自分の若かりし日を思い出しウィルバーの出来心をかばうような発言をしてしまったが、あの発言は男同士の密談でのみ許されるもの。


 女性が居る場所、しかも被害者女性を背中に張り付けた状況で許される発言ではなかった。


 俺は、俺達をあぶ強烈きょうれつ輻射熱ふくしゃねつに汗と冷や汗をかきながらウィルバーに大事なことを説明した。


 女性は男が思っている以上に視線に敏感で、どういう原理かは分からないが下心や出来心を含む視線を向けると距離や方向無関係にほぼバレるということ。


 そういうことをされた女性は心に深い傷を負い、その心の傷が悪化したら時には男を【滅殺めっさつ】する超危険な【魔神まじん】に進化してしまう危険性があること。


 若気の至りによる出来心は仕方ないにしても、それに耐えてこそ紳士となり【輝く魂の力】に近づけるということ。


「ありがとうございます先生。僕、命がけで紳士になります」


 ウィルバーも理解してくれた。


「そうだ、ウィルバー。生き残るため紳士であれ。そうでなければ生き残れん」


 【セクハラ】にマジで【死刑】が適用されかねないこの世界で生き残るためには、紳士であることが必須だ。


 今まであんまり気にしてなかったけど、この世界で女性が生足を出して歩いているのを見たことが無い。スカートも基本的にロングスカートで全身露出は最小限だ。そういう習慣というか文化なのか。

 そういう文化的背景があるからこそ【セクハラ】に対して厳しい部分があるのかもしれん。


 若者に対する指導は及第点に達したようで、【地獄の業火壁ヘル・ファイヤウオール】は無事消滅し俺とウィルバーは生還の喜びを目線で分かち合った。


 俺は40代のオッサン。若者を導くことが仕事。

 だが、俺だって人間。若い頃があった人間。たまには間違うこともある。


 しかし、俺は40代のオッサン。

 信じてついてきてくれる若者が居る以上そんな言い訳は許されない。


 それを、ジェット嬢は【地獄の業火壁ヘル・ファイヤウオール】で教えてくれた。


 間違いを指摘してくれる仲間というのはとても大事である。

 そういう意味で俺の背中に張り付いているジェット嬢は今や欠かせない相方なのかもしれない。


 でも、間違いの指摘は、できれば、命の危険を感じない方法でお願いしたい。

 切実にそう思った。

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