10-1 イカロスとスカートと翼(1.9k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから四十一日目。
着脱自在の背負子的ハーネスで、脚の無い女を背負う大男というデタラメな生活スタイルが定着してから二十九日後。
プランテが永久機関ともいえる魔力電池の原型機の運転に成功してから三日後の午後。
俺達は食堂棟北側の広場にてウィルバー作の【カッコよく飛ぶためのアイテム】と対峙していた。
食堂棟北側の広場の大半は昨日までフォードの工場の建屋建設のための作業スペースとして使用されていたが、建屋の建設が一段落して内装と設備工事に移ったことにより一旦片づけられた。
それにより広いスペースが確保できている。
飛行試験には広い場所が必要になるので、今回は東池周辺よりも広い食堂棟北側の広場に集まってみた。
ウィルバーが持ち込んだのは翼だった。
俺の前世世界のグライダーの主翼だけ取り出してきたようなもの。アスペクト比大きめで翼幅15mぐらいの両端が若干下側に垂れ下がった主翼。
その中央部分には、俺の腰ベルトと連結するための構造と両手で翼を保持するためのハンドルがついている。
「翼型の検証用も兼ねて作ってきました。低速でも離陸できるような設計にしているので、イヨさんの推力を加えれば先生の全力疾走で離陸可能なはずです」
得意げにウィルバーが説明する。
ウィルバーは俺を先生と呼ぶ。
魔法学校が初対面だったからな。
落第してたけど。
「なるほど、よく考えたな。でも動翼が無いぞ。舵はどうやってとるんだ。あと尾翼も無い。前後方向の姿勢制御はどうすればいいんだ」
「推力偏向ですよ。イヨさんの魔力推進脚は二本あり、かつ広い可動範囲があるのでそれだけで姿勢制御と操縦が可能です。先生の脚の動きによる重心移動も加えれば遊覧飛行を楽しむぐらいの機動力は得られますよ」
念のため背後に居るジェット嬢に確認する。
「ジェット嬢、いけそうか?」
「離陸さえできれば何とかなると思うわ」
ジェット嬢にはあらかじめ飛行機の原理や基本構造について教えておいた。
揚力や抗力の概念については、ロケットボートの操縦を通じて体感的にある程度理解しているようだった。
「もし、飛行中に翼が破損したり何らかの理由で制御不能になった場合は、翼を捨ててイヨさんを下にする【カッコ悪い飛び方】で緊急着陸してください」
「それは避けたい」
俺とジェット嬢のつぶやきが同期した。
緊急脱出手段があるというのは心強いが、ジェット嬢を下にして大男が小娘におんぶされる構図での飛び方を想像するとげんなりする。
「では、僕が十分離れてから風上に向かって全力疾走で離陸してください」
そう言ってウィルバーは離れていった。
手に望遠鏡を持っているが俺達の飛行を地上から観察するつもりなのか。
飛行試験開始。
腰ベルトに連結した翼の角度を進行方向に向けて前傾姿勢でマッチョダッシュ。途中からジェット嬢の推力も加わり【ジェットアシストマッチョダッシュ】という新技が発現する。
これは普通に時速45km/hぐらい出てそうなので、翼無しの地上高速移動手段として使えるかもしれない。
そんなことを考えていると翼が風を掴んだ感触。
垂れ下がっていた翼端が持ち上がり俺の脚が地面から浮き上がる。離陸成功だ。
離陸成功後はジェット嬢任せだ。魔力推進脚の推力を上げゆっくりと上昇していく。
「若干開いた状態で脚を水平に。急加速、急上昇に備えて」
背後のジェット嬢から指示が出る。
急加速? 急上昇? 何をするつもりだ。
そう思いつつも、推進噴流が当たらないように若干脚を開いた状態で水平姿勢にする。
「うおっ!」
背中から強い推力を感じる。
急加速して太陽に向かって急上昇を始めた。
翼が上方向に反っている。
「ジェット嬢、何をするつもりだ! イカロスにでもなるつもりか! この翼ではあんまり速度は上げられないぞ!」
翼というのは、求める速度に合わせて設計される。
走って離陸することを前提に低速用に設計したこの翼では高速飛行はできない。
何をするつもりか。
それに対するジェット嬢の回答は、それはそれは残念なものだった。
「緊急回避機動よ。後ろから望遠鏡でスカートの中を覗こうとしたアホが居たの」
何やってるんだウィルバー。
お前、スカートめくりして落雷で落第させられたことに懲りてないのか。
「分かった。後でよく言っておく」
「とりあえず沼に埋めておいたわ」
すでにサロンフランクフルト全域が見えるほど上昇していた。
下を見てウィルバーの姿を探す。
沼に腰まで埋まって身動き取れなくなっている可哀そうなウィルバーが居た。
水魔法で土の中に水を作り出してウィルバーの足下をとっさに沼に変えたのか。




