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1-3 腹ばい女ジェット嬢(2.5k)

 謝り方を考えながら逃げ続けていたら、目的地が見えてきた。

 女は腹ばい姿勢で元の場所にいた。


 ターゲット視認! 距離5mで誠心誠意の直角謝り発動だ! と意気込んで腹ばい女のほうに駆け寄ろうとしたら、女のほうから火の玉が複数飛んできて頭に命中。


「熱い! やめて! なんかひどい!」


 ジュッと髪が焦げる感覚。髪がなんか燃えてる。

 突然逃げたことに対して腹ばい女は怒っていたようだ。

 腹ばい状態で次々と火の玉を投げつけてくる。


「あああああああああ!!」

 いきなり女が絶叫した。


 俺の持っている刃渡り100mmのミラクル残念剣を指さして、驚愕の表情になっている。


「アンタ何してくれてんの! それ【国宝の魔剣】よ!」


 えっ。やっぱりミラクルマジカルな剣だったのか。

 壊してまずかったかな。

 弁償高額になるかな。

 でも俺にだって言いたいことがある。


「ガラスで剣を作るバカがあるか! 完全に設計不良だろうか! 抜いてがっかりしたぞ!」

「厚み方向に衝撃加えたら鋼の剣だって折れるわよ! 見習い剣士が最初に習うことでしょう! まさか(さや)から抜くのに失敗して折ったんじゃないわよね!」


 申し訳ありません。その通りでございます。

 言葉を失ってうなだれたら追撃。


「このあほおおおおおおおおおおおおおお!!」

 女は再び絶叫した。


 そうだ。バケモノに追われていたんだった。

 逃走力でだいぶ引き離してはきたけれど、そろそろ追いつかれる。


「邪魔! ちょっとしゃがんで!」


 女が叫ぶので、反射的にその通りその場でしゃがむ。

 逃げと避けは速さが命だ!


 次の瞬間背後で爆発音。

 そしてバケモノの断末魔だんまつまの悲鳴。

 声、出たんだ。


 一瞬遅れて強い爆風が背中に叩きつけられる。

 飛ばされそうなところなんとか耐えておそるおそる背後を見ると、へんてこな熊もどきが燃えて、いや、燃やされていた。


 その炎の輻射熱ふくしゃねつがすごいのなんの、焚火たきびとか灯油ストーブとかの制御された火炎のそれではなく、ガソリン火災や溶鉱炉から放たれるような、近づくだけも皮膚を焼かれるほどの強烈な火炎。

 その地獄の業火ごうかの中で、哀れな熊もどきは灰になってしまった。


 あの腹ばい女がやったのか。

 こっちに逃げてきた俺の判断は正解だったな。


「こっちへいらっしゃい。ちょっとお話があるの」

 相変わらず腹ばい姿勢の女が、凄みのある笑顔で手招きをしている。


 こっちへ逃げてきた俺の判断は正解だったか?



…………


 さっきまでヒーローを夢見る少年の気分だった俺は、今まさに、オカンにシメられるボウズの姿を体現していた。

 腹ばい女の前で正座して尋問を受ける。


貴方あなたは何者なの?」

 俺を見上げて腹ばい女は聞く。


「通りすがりのクレイジーエンジニアだ」

 俺は正直に答える。


「わかるようにお願い」

 ちょっとイライラした口調で言われた。なんかこわい。


「こことは違う世界からつながりを断ち切られて迷い込んだ人間だ。その世界では【手段のためには目的を選ばないどうしようもない人間】のことをクレイジーエンジニアと呼んで崇拝すうはいしているんだ」


 どうせ異世界のことなんて何言っても分からないんだから、言いたい放題でいいや。デタラメ上等。


「そのどうしようもない人間には、目的を失っても生きようとする人間も含まれるのかしら?」

「生きるのはそれ自体が目的だから、そこはちょっと解釈が違うな」


 腹ばい女が真剣な表情で俺を見つめてくる。

 何を思っているのかは読めない。

 ちょっと間が開いたので、さっきから気になっていたことを聞いてみる。


「ずっと気になっていたけど、何で寝転がってるんだ?」

「呪いで脚が動かなくなって起き上がれないのよ」


 脚が動かないとはそれは難儀なんぎな。

 でも、それを聞いて前世世界での【名言めいげん】を思い出した。


「脚なんて飾りです。偉い人にはそれがわからんのです。というやつか」


 我ながらこの状況で何を言っているんだと思うが、でも脚の話ならこのネタは外せないだろう。

 女は少し考えた後。


「何の話かは分からないけど、言いたいことは分かったわ」


 これで一体何がわかったというのか。

 できることなら教えていただきたい。

 このオッサンに分かるように教えてお願い。


「とりあえずここを離れましょう。出発準備よ」


 なんだかよくわからないけど、もう怒ってはいないようなのでよしとした。


「動けない女の子を寒空の下に放置して逃げた最低な貴方あなたは、まず荷物を集めて頂戴」

「その節は大変申し訳ありませんでした!」


 しっかり怒っていたので、土下座姿勢で誠心誠意謝った。


 言われるまで気づかなかったが、腹ばい女から少し離れたところには馬車の残骸ざんがいがあった。内側から爆破したような酷い損傷で、明らかに修復不可能な状態。馬はいない。

 その周辺には馬車の破片だけではなく、鞄やら箱などの荷物が散乱している。


 俺の最初の反省ミッションはその荷物の中から使えそうなものを探して、腹ばい女の手の届く範囲に集めること。

 俺が荷物を腹ばい女の近くに運び、腹ばい女が荷物を確認。必要判定したものは近くに残し、いらない判定したものは再び馬車の残骸ざんがい近くに戻す。


 そんなことを繰り返していたら、おおむね欲しいものはそろったらしく、次の指示が出る。

 いつの間にか短髪になっていた腹ばい女の上体を起こして、俺の背中にもたれさせる。ちょうど背中合わせで座っているような感じになる。


「しばらくじっとしていて頂戴」


 元腹ばい女、現背もたれ女は手元に集めた荷物を使って何か作業をしているようだ。

 手持無沙汰になったので、気になったことを聞いてみる。


「いまさらだけど、名前教えてくれ」

「イヨ・ジェット・ターシよ」


 普通に教えてくれた。

 本名かどうかは判別しようもないが、呼び方が固まるのはありがたい。


「ジェット嬢か」

「そっちで呼ぶんだ」


 ミドルネーム? が面白かったのでとっさにそれで呼んでみたら、意外そうではあったが嫌がってはなさそうなのでそれで通すことにする。

 そういえば俺も名乗ってなかったな。


 名乗ろうと思って自分の名前を思い出せないことに気づいた。

 前世の名前が思い出せない。


「俺のことはオッサンとでも呼んでくれ」

「オッサンね。いいわ」


 適当に言ってみたが、それでいいらしい。

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