9-3 ジェット嬢の魔法分析(2.8k)
ジェット嬢の魔法と、普通の魔術師の魔法の違いを考える。
とは言っても、俺が知っている魔術師は魔法学校の生徒ぐらいだ。
彼等のこの世界での中での魔術師の実力レベルは分からないが、彼等が実習している姿を見ることで、この世界の魔法の発動方法の法則がなんとなく分かる。
この世界の魔法では、決まった呪文は無さそうだ。
定型句のようなものがあるようだが、絶対必要というわけではなく、人によって若干違う。
単なる掛け声のような位置づけと思われる。
印を結ぶような決まった動作もない。
動作は人によってまちまちで、非接触での発動の場合は、発動対象を見て、発動対象に向けて手をかざしたり指差ししたりと、普通に考えられる動作だ。
発動時間も人によってまちまちだ。
習熟レベルにより発動時間が短くなるということはあるのかもしれないが、魔法学校の生徒達のレベルだと明らかに溜めと分かるぐらいの発動時間を必要としていた。
対して、ジェット嬢はどうか。
【滅殺破壊魔法】では変な掛け声を出していたが、【魔王城】近くで【魔物】を焼き払った火魔法では呪文のようなものは使っていなかった。
背中合わせだったので、魔法発動時の動作を見ていたわけではない。
でも、背中合わせなので身体の動きは分かる。
【魔物】相手の魔法発動時はいつもノーモーションだった。
つまり、手をかざすとか、目線を送るとかそういう予備動作は無かった。
初対面の時に俺に向かって火の玉を投げつけてきた時は、わざと動きをつけて魔法を発動させたに違いない。
そして今、火魔法で石と木炭の粉末を穴の中で加熱している。
点火時はジェット嬢に見えるように俺が後ろを向いていたが、今は俺が加熱の様子を見ている。
ということは、ジェット嬢から見て加熱対象は真後ろ。今はジェット嬢からは見えていない。
それでも、魔法による加熱は続いている。
木炭の燃焼ではこんなに熱量は出ない。
確実に魔法による加熱は続いている。
そして、俺が動いても魔法による加熱の対象がずれることはない。
自分からの相対位置ではなく、何を基準にしているか分からないが、絶対位置で、しかも死角に対しても正確な位置で魔法を発動し続けることができるということだ。
さらに、ヘンリー卿にスカートめくりをされた時、その後フォードがボケた時の雷魔法。
動揺しつつも瞬時に正確に雷魔法を発動していた。
ウィルバーの時は叫び声を出す間もないほど確実に仕留めていた。
予想外の狼藉行為の報復として瞬時に発動させている。
発動時間は極めて短い。
射程距離については分からないことは多い。
【魔王城】近くでの【魔物】との戦闘では10m近くは離れていた。
遠くなると威力が下がるという影響はあるのかもしれないが、さっき東池でルクランシェを沈めたときの距離を考えると、最低でも30m前後の距離はカバーしているものと考えられる。
視界についてもよくわからないが、【魔王城】近くでの【魔物】との戦闘では、【魔物】に遭遇するたびに回れ右をしていたので、ジェット嬢は後ろは見えていない。
実は後ろも見えていた可能性もあるが、その点は考察できないので保留だ。
これらの考察を統合すると、ジェット嬢の魔法発動方法は魔法学校の生徒とは異質のものであると言える。
根本的に何かが違うのか、練度の差なのかは現時点では分からない。
ジェット嬢の魔法発動能力は一見優れているようにも見えるが、問題点がある。
魔法発動が傍から見て全く予測ができない。
目視確認も予備動作も無しで周囲の任意の点に瞬時に大火力魔法を発動させる。
しかも射程距離は少なくとも数十メートル。
ジェット嬢から半径数十メートル以内は、突如大火力魔法が炸裂する可能性がある危険空間であると言える。
死角になる後ろ側が特に危険だ。
ジェット嬢が人の存在に気づかずに魔法を発動させる危険性がある。
この問題点を本人が自覚しているかどうかは分からない。
魔王討伐は終わっているのでもう戦うような相手もいないと思うが、この特性を踏まえて、仮にジェット嬢を戦力として見た場合のことを考える。
ジェット嬢は明らかに集団戦に不向きだ。
随伴したがる味方が居ない。
誰だって嫌だ。近くに居たくない。
ジェット嬢の力を最大限発揮できる最適な戦術は、単身敵のど真ん中に放り込んで、味方の居ない場所で大暴れさせるような戦い方。
逆に言えばそういう使い方しか考えられない。
魔王討伐隊の前線基地で、本隊と合流したくないと言っていた。
本当にそんな扱いを受けていたのかもしれない。
例えそれが戦術的に最適解だったとしても、それを自覚していたとしても、辛かっただろう。
でも、そんな仕事は終わったんだ。
役割は果たしたんだろう。これからは、このサロンフランクフルトでウェイトレスをしながら俺達と楽しくモノづくりをしていけばいいさ。
そう思った。
………………
…………
……
鉱石について、結果的に俺とルクランシェの勘は当たっていた。
この方法で金属光沢をもつ鉱石を取り出すことに成功したのだ。
石の種類や、木炭との配合量を変えて、何度も試した。
欲しかった鉱石がどんどん増えていって、プランテもルクランシェも大喜びだった。
投入する石の種類によって取れる量が変わることも分ってきた。
木炭の使い方が違っているが、若手三人とオッサンによるバーベキューパーティのようなノリで、どんな石が最適なのか調べながら、日が傾くまで木炭と石を加熱していった。
ジェット嬢も楽しそうだった。周りから破壊力としてしか認識されていなかった魔力を、新しい何かを作り出す力として使えるのが嬉しいのかもしれない。
俺の前世世界の記憶より、この金属光沢のある鉱石の正体は金属シリコンではないかと考えた。
金属シリコンは、石の主成分である二酸化ケイ素を木炭により高温で還元して作ることができる。
金属シリコンと思われるものが、なぜフロギストンに影響を与えるのかは分からない。
だが、新しい【魔法アイテム】の可能性に心が躍った。
夕食の時間が近づいて、ルクランシェが持ってきた木炭も使い果たした頃に、今日の作業は終わりということにして成果物の鉱石をたくさん携えて食堂棟まで帰ってきた。
食堂棟入口のカウンター前で、やばいオーラを纏ったメアリ様が待っていた。
「貴方たち、今日の夕食の調理で使うはずだった木炭を知らないかしら」
これはもしやと思い、俺は確認した。
「ルクランシェ。念のため聞くが、今日使い果たした木炭はどこから持ってきた?」
「えーと、食堂入口のカウンター下に置いてあったものを少々……」
それは調理用だ。そして、ルクランシェの言う【少々】は【全部】だった。
【こうべをたれてつくばう】
俺、ジェット嬢、プランテ、ルクランシェ、全員で土下座姿勢で誠心誠意謝った。
ジェット嬢は俺の背中から自ら床に下りた。
本気で悪いと思ったようだ。
その後、ジェット嬢は火魔法による調理器具として調理場で奉仕活動。
俺は、再び【夕食抜き】の刑が言い渡され、空腹状態で機械室に軟禁。
プランテとルクランシェは明日以降の分の木炭の確保を命じられ、街に買い出しに走った。
こうして、サロンフランクフルトにおける俺達の楽しい日常は過ぎていく。




