9-1 国宝魔剣、魔導砲に転生す(2.8k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから三十日目。着脱自在の背負子的ハーネスで、脚の無い女を背中に張り付けて動き回る大男というデタラメな生活スタイルが定着してから十八日後。
そして、暴走した小柄男たちの心無い発言が引き起こした東池近傍の【滅殺破壊大惨事】から四日後。
サロンフランクフルト周辺ではフォードの工場建設が始まっており、外では大人数が動き回っていて騒がしい。そんな日の夕方。
俺達四人は、静まりかえった展示室で首を垂れてつくばっていた。
所謂、土下座姿勢である。
床で首を垂れるのは、俺、ウィルバー、プランテ、そしてジェット嬢。そう、ジェット嬢までが床上の座布団の上に乗せられて首を垂れているのだ。
大腿切断と魔力推進脚の装着により、自力で立つことも歩くこともできないジェット嬢にとって、床に降ろされるというのはそれ自体が最悪級の仕打ちなのだが、今まさにその仕打ちを受けている。
そんな俺達四人を鋭い眼光で見下ろすのは、メアリ様。
どうしてこうなった。
四日前にジェット嬢が俺の背中で【滅殺破壊魔法】を使った時、ものすごい勢いで何かがジェット嬢側に流れるのを感じた。
それ以来、俺はその何かをうっすらと知覚できるようになった。この何かというのはこの世界の魔法のエネルギー及び物質源フロギストンだと考えている。
そうなってから、このフロギストンの動きに何らかの影響を与える物体があることに俺は気付いた。この現象を解析して応用すれば、何かに使えるかもしれない。そう考えて、影響を与えていそうなものを集めてみた。
転生時に初期装備として持っていて、うっかり折ってしまったミラクル残念剣。
先日の【滅殺破壊大惨事】にて焼失した炭保管庫から発掘した溶岩の一部。
裏山にて採掘した何かの鉱石。
この現象は魔法に関連すると思ったので、プランテとウィルバーを呼んで展示室でいろいろ調べることにした。
雷属性を持っている魔術師は皆忙しいので、わりと暇をしていたこの二人を助手として選んだのだ。
ミラクル残念剣は、鞘の口を下に向けて刀身本体を出そうとしたときに、うっかり床に落としてバラバラに砕け散ってしまった。
割れた音を聞きつけたジェット嬢が車いすで展示室まで様子を見に来たが、床で粉々になったミラクル残念剣だったものを見ると、驚愕の表情で固まった後、なにかこうあきらめた表情で何も言わず出て行ってしまった。
なんか申し訳なく思った。たしかコレ【国宝の魔剣】だったよね。ごめん。
でも、ミラクル残念剣の破片はなにかこう、フロギストンに影響を与えていると感じたので、プランテが持ってきた粉砕機で破片を粉末にして、三人であーでもないこーでもないといろんな形にして、俺がフロギストンに対する影響を確認した。
最終的に、ウィルバーが持ってきた金属パイプに粉末を圧入して、片側をガラス板で蓋をするという形にまとめた。
とくに明確な目論見があったわけではない。なんとなくこの形に行きついたのだ。
この世界では、前世世界でのファンタジー作品の世界でよくある【魔法アイテム】の概念は無い。魔術師が魔法を使いやすくするための補助アイテムはあるそうだが、魔法はあくまで魔術師が使うものというのが常識だ。
しかし、この世界の魔法の常識をフロギストン理論で真っ向から否定した俺は、この金属パイプが何らかの魔法を単体で発動させる【魔法アイテム】になりそうな気がしたのだ。
結局、その勘は当たった。
ミラクル残念剣粉末を圧入した金属パイプを持って、なんとなく展示室の壁に向けてみたら、轟音と共に謎の光線が発生。展示室の壁にφ80ぐらいの穴をあけた。
ビーム兵器だ。すごいものができてしまった。
ウィルバーもプランテも驚いていたが、自分たちの作業が何かの新発見につながったことで喜んでいた。
このミラクルデンジャラス金属パイプは【魔導砲】と命名した。
その後、ジェット嬢がすごい勢いで車いすで展示室に乱入してきて、怒りながら金属コップ噴進弾一ダースを連射して全部俺の顎に命中させた。痛い。
ちょっと間を置いて、やばいオーラを纏ったメアリ様が展示室に降臨。
今に至る。
粛清ですか、粛清なんですか、と怯える俺達にむけてメアリ様が口を開く。
「さきほど、食堂棟前の掃除をしていた私の頭上をかすめていった、あの光について質問があります」
あのビーム砲はそんなところまで届いていたのか。
展示室の壁を貫通し、食堂を横断し、食堂の外壁を貫通し、建屋外まで到達して何処かへ飛んで行ったということか。
こんなに危ないことになっていたとは。
食堂に人が居なくて本当に良かった。
「イヨ。貴女今度は一体何をしたの?」
「えっ?」
ジェット嬢が驚愕の表情になる。
メアリ様の中ではジェット嬢が主犯らしい。
そうだよね。俺は魔法は使えないし、ウィルバーやプランテも破壊力が出るほどの強力な魔法は使えない。
あの光線は明らかに魔法がらみの現象だし、そういうことが魔法で出来そうな、できるであろう人物は消去法的にジェット嬢しかいない。
うろたえるジェット嬢はすがるような目線で否定をする。
「ち、違います。私じゃ……」
「ほかに誰があんな危険なものを出せるというの?」
「……でも、今回は私じゃ」
「貴女四日前に何をしました? やらないって約束していたことをしましたよね」
「!!!」
「今夜も医務室でちょっとお話しましょう。長い夜になりそうね」
「!!!!!」
緊迫感が桁違いのこのやりとりを前に、顔を上げることもできずにつくばっている俺とウィルバーとプランテ。
だけど俺は40代のオッサン。
人生経験豊富で、誠実さを売りにしたことはないけれど、それなりに真っ当な人生を歩んだオッサン。
【ジェット嬢冤罪事件】を起こすわけにはいかんのだ。
事情を説明して、誠心誠意謝った。
メアリ様は、ジェット嬢以外の人間がどうやってあの光線を出せるのか理解をしてなかったようだが、俺がこの世界の常識から外れたものを作ることがあるという認識はあったので納得してもらえた。
メアリは濡れ衣を被せてしまったジェット嬢にはちゃんと謝った。
そのうえで、信用が大事と念押しをしていた。ジェット嬢も納得したようだった。
常識的な指導だが、過去に何かあったんだろうか。
そして、俺とウィルバーとプランテは、メアリ様と車いす上に復帰したジェット嬢の前で首を垂れてつくばい、ひたすら謝り続けた。
俺には【夕食抜き】という極刑が執行され、俺はその晩機械室で空腹と戦った。
今回問題となったスーパーミラクルデンジャラス金属パイプ【魔導砲】は、俺が持っているとまた暴発させる危険があるということで、ウィルバー預かりとなった。
アレ一個でミラクル残念剣の破片は全部使ってしまったので、二個目は作れない。
手放すのはちょっと惜しい気がしたが、身の安全、心の安全、食事の安全には代えられない。
やむなし。




