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8-3 ジェット嬢、株主になる(1.8k)

 階段前から食堂までゆっくりと車いすを押していくと、フォードはさきほど散らかしたテーブル席の上を片づけてその対面の椅子を移動させていた。


 交渉する準備か。やる気だな。

 ジェット嬢が座った車いすをフォードが座っている机の対面までゆっくり運ぶ。

 スポンサーとの交渉だ。がんばれよフォード。お前はできる奴だ。


 心の中で励ましながら、フォードにお代わりのコーヒーを、ジェット嬢にもコーヒーを出して、車いすの左後ろ何気に気に入っている執事的ポジションに立つ。

 フォードが夢を語りだす前にジェット嬢が机に頬杖をついて喋りだした。


「今回の話とあんまり関係ないかもしれないけど、寝てるときでも人の声って案外聞こえるのよね」


 フォードが飲みかけたコーヒーを鼻から噴き出してむせた。


「あと、これもあんまり関係ないけど、他人宛てに届いた荷物を無断で持ち去るのって犯罪よね」


 フォードが口元をハンカチで拭きながら青くなり震える。


「で、話って何? あんまり関係ないかもしれないけど、踏み倒すような奴に金を貸すほど私は頭弱くないわよ。そういえば今までの分いつ返してくれるのかしら」


 ジェット嬢は続ける。


「信用って大事よ。そのためにも約束を守るのって大事よ。あぁ、お尻が痛いわ」


 最後の一言の意味が分からないが、スポンサー交渉がマイナスからのスタートになっているのはわかる。


 フォードよ、俺は言ったはずだ。

 普段の言動には気を付けろと。


 事業計画はまともなのにスポンサー交渉で苦労するのは全部自業自得なんだぞ。

 これに懲りたら、信用を大切にして普段の言動には注意しろよ。


 結局、俺はフォードに助け舟を出した。


 お金を借りるのではなく、出資してもらうという形を提案した。

 出資金の割合に応じて、事業で得た利益から決められた割合の配当を貰えるというシステム。

 俺の前世の世界で言うところの【株式会社】の考え方だ。


 最初はあまり乗り気でなさそうなジェット嬢だったが、株式の議決権の概念を説明したあたりで大きめの短冊のような紙切れを取り出した。

 この世界の文字が読めない俺にはそれが何なのか判別できなかったが、ジェット嬢曰く【退職金】の小切手だそうだ。

 こっちの世界にも小切手とかあったんだ。


 その小切手に記載された金額は工場を建てても十分余るほどの額だとか。

 フォードの目の色が変わっていた。


 ジェット嬢曰く、この小切手と今まで貸したお金全部でフォードの会社の株を全部買うとのこと。株式、配当、議決権、約款、俺が説明した概念に従って、フォードとジェット嬢は書面を作成した。

 作成した書面は三部。お互いが持つものと領主のヘンリー卿経由で王宮に提出するものらしい。

 この国の契約のルールはよくわからないが、こういう形で結んだ契約を一方的に破棄した場合、王宮から処罰が下るそうだ。


 こうして、西方農園より独立したフォードの会社【西方運搬機械株式会社】は設立された。

 莫大な量の資金確保でフォードは大喜びだった。


 だがフォードよ。理解しているか?

 お前はこの資金と引き換えに【お前を会社から追放する権利】をジェット嬢に売ったんだぞ。


 小切手を手にして大喜びするフォードを、頬杖をついて微笑みながら眺めるジェット嬢。

 間違いなく【自分が買った権利】の意味を理解している。


 【自社株を持たない社長】という【完璧なまでの弱者】となったフォード。

 約束を守り、信用を積み上げることで自分の立場と会社をしっかり守ってくれ。


 株式発行による資金調達は諸刃の剣。

 事業拡大のための資金の調達と引き換えに、自分のやりたいことを実現するために作った会社の支配権を、配当金目当ての株主に売り渡す悪魔の契約。


 俺の前世世界でも、多くの起業家達が通った道。

 自分のこころざしと、株主の意向の板挟みの中でたくさんの若き経営者が心を削り、たくさんの新しい会社が消えていった。


 前世の俺は40代の開発職サラリーマン。起業の経験は無い。

 サラリーマン時代には【社長】というのは偉いとか強いとかそういうイメージがあったが、眼前の光景を見てその認識を改めた。

 前世の俺の勤め先の社長と経営陣の方々。俺達社員の雇用と給料を守るために弱い立場ながら必死で頑張ってくれていたんだな。


 ありがとう。

 ありがとう。

 本当にありがとう。

 そして、本当にお世話になりました。

 

 俺は、迷い込んだ異世界より、元勤め先の重鎮達に届くはずのない感謝の念を送り続けた。

●次号予告(笑)●


 男の前世世界には魔法は存在しなかった。

 だが、創作物の中には魔法という概念はあった。


 そして、男の前世世界の創作物では、道具や素材に魔法的な力を持たせる【魔法アイテム】の概念があった。

 特に当てがあるわけでも無いが、先入観の無い発想と新たに手に入れた知覚を頼りに、この世界での【魔法アイテム】実現を目指して若者達と共に試行錯誤に挑む。


 暴発あり、土下座あり、冤罪未遂事件ありと散々な経過を辿りつつも、若者達は男が前世で夢見た【永久機関】に相当する物を作り上げる。


次号:クレイジーエンジニアと魔力電池

(幕間入るかも)

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