8-1 フォードの残念な社会論(1.9k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が異世界転生してから二十七日目。【長身はモテ要素ではないの会】改め【小柄を誇り魂を磨く会】メンバーの不適切な発言により【滅殺破壊大惨事】が発生した翌日。
幸い食堂棟には被害は無かったが、周辺には溶岩が固まった石が多数落ちている。
今後、通行の邪魔になりそうなものは見つけ次第撤去していく予定だ。
【滅殺破壊大惨事】により作られた大穴は、底の溶岩が冷え切っておらず危険な状態。周囲に柵は作っておいたので、あとは冷えるのを待つしかない。
溶岩が冷えて雨水が溜まったら東池が一個増えることになるだろう。
昼食の片付けがひと段落した午後。食堂のカウンターの調理場側でコーヒーを作っているとフォードが訪ねてきた。
「工場を建てたいんだ! お金貸してくれ!」
俺の前のカウンター席に着席したフォードが無茶を言い出した。
とりあえず酒場のマスター気分でカウンター越しでフォードに今淹れたコーヒーを出す。
そして自分の分のコーヒーを淹れながらその無茶ぶりに応える。
「俺は持ってないぞ。ジェット嬢なら持ってるかもしれんが」
「じゃぁイヨから借りるか」
「お前ジェット嬢から借金あるんじゃなかったのか」
「大丈夫だ。借金は踏み倒すためにあるって言うじゃないか」
フォードがいきなりダメなことを言い出した。
「言わねぇよ! それにぜんぜん大丈夫じゃない! それはかなりダメな発想だぞ!」
俺は40代のオッサンとして常識を語るが、フォードは斜め上をぶっとんでいく。
「世の中は常に弱肉強食だ! 踏み倒すような奴に金を貸すほうが頭が弱いんだよ! 弱い奴は強い奴に食われて消える運命なんだ!! それが社会の正義なんだよ!」
「借金しているうえで金を借りに来た奴の言葉とは思えねぇ。弱肉強食を語るなら自分が弱者になった時のことも考えろ。弱者となり敗者になったときに自分を守ってくれるのが、長年かけて積み上げた信用なんだよ。生き残りたいなら信用を大事しろ。信用を大事にするなら普段の言動にも気を付けろ」
「そんなの関係ねぇ! 俺は常に強者になるんだ! 弱者や敗者にならなければいいんだ! 俺は最強になるんだ!」
俺は天井を見ながらため息をつく。
フォードよ。お前、頭よくて、要領よくて、先見性あって、行動力あって、けっこう人望もあるのに、なんでたまにこんなに残念な言動するんだ。
本当にもったいない奴だな。
でも人間常に強者ではいられない。
ちょっと可哀そうだがそれを教えてやる。
「フォードよ。常に強者になると言っていたが、本当にそれができると思うのか?」
「できるさ! 俺はやってやる! 可能性を信じてチャレンジすればなんだってできるんだ!」
そのエネルギーを向けるベクトルさえ間違ってなければいいんだけどな。
そう思いながら俺はカウンターの調理場側で調理設備にぶつからないように注意しながらゆっくり回れ右をした。
俺の背中にはジェット嬢が張り付いていたのだ。
「ギャァァァァァァ!」
フォードの絶叫が聞こえる。
気持ちは分かるがそんなに叫ばなくても。
普段ならこの時間はジェット嬢は車いすで単独行動をしている。
でも今日はなぜか車いすには乗らず、食事中も含めて朝からずっと俺の背中に張り付いていた。
今のやり取りを聞いていたジェット嬢が何をやりだすか、俺は軽く冷や汗を浮かべつつ脚を踏ん張りながら動きを待った。
「……イヨ。寝てるぞ…………」
フォードの安心したような呆れたような声が聞こえる。
「寝てるのかよ! その姿勢で寝られるのかよ!」
若者の指導のためとはいえ危険を伴う手法を取ってしまったが、フォードは分かってくれたようだった。
「俺が間違ってたってことはよくわかった。俺だって敗者や弱者になるんだ。そんな時に信用って大事なんだなって身をもって理解できたよ」
「わかってくれたか。大事な信用を守るためにも普段の言動は気を付けるんだぞ。信用を築くのには長い時間がかかるが、壊すのは本当に一瞬なんだ」
俺は目線でメアリを探した。
今日は居ないようだ。
そんなやり取りをしていたら食堂棟の前に馬車が止まり、配達員が荷物を持って入ってきた。
「こんにちわー。ユグドラシル物流局でーす。イヨ様宛にお届け物です。受け取りのサインをお願いしまーす」
こっちの世界の宅配便か。なんか懐かしさを感じるな。
カウンターのゲートを開けて調理場から出ながら俺はジェット嬢を起こそうとする。
「ジェット嬢。起きろ。宅配便だ。配達員さん待ってるぞ。伝票にサインだ。起きろ」
ジェット嬢を起こそうと、背中を軽く揺らしてやる。
「金目のものかな。持ち去ればあるいは……」
「普段の言動に気を付けろってさっき言ったばっかりだろうがー!」
前も後ろも子供のお世話だよ。




