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1-2 異世界で生きる覚悟、最初のミッションは謝罪(2.1k)

 死んだ。その現実を前にしばらく石の上で呆然としていたが、ふと空を見上げると頭の中に言葉が浮かぶ。


「役割は果たした」


 俺は自分の役割から逃げて自殺したわけではない。

 何かに失敗して事故死したわけでもない。

 不摂生もしていない。

 酒もやめたし、タバコは吸ったこともない。

 身体も健康だった。健康診断で軽い逆流性食道炎の所見は出ていたが、俺の世代でこのぐらいしか所見が無いのは健康優良者だ。

 正直、家庭に関しては辛いことも多かったが、俺は逃げてもいないし、逃げるつもりもなかった。

 最後の瞬間まで自分の意思で生きた。死因はわからないが不可抗力だ。


 生きる意志を持ちながら不可抗力で死んだ人間が、役割を果たさなかったと言えるのか。


「否・断じて否。俺は役割を全うした! 俺の死は誰に恥じることもない!」


 俺だけじゃない。

 志半ばで不可抗力で死ぬ人間はたくさん居る。

 そんな俺達がつなげなかったものをつなぐために社会はあるのだ。

 会社の仕事は誰かが突然辞めても案外回る。

 俺を失った家族も、社会が支えてくれる。


「あの世界で、俺は立派に最後まで役割を果たした。俺の仕事は終わったんだ」


 気持ちを切り替えた。


 死は終わりである。

 死んだはずの俺がここに今いるのは常識に反する。

 だけど、再び死のうとは思わない。

 非常識な生であろうと、望まぬ死を経験した者としてはこの命を粗末にすることはできない。


 生きよう。ここで生きよう。


 ここで俺が果たすべき役割は現時点ではわからない。

 でも、人生経験豊富な40代のオッサンは、そんな時にまずやるべきことを知っている。


「まずは、やりたいことをしよう。楽しいと思えることをしよう」


 働くオッサンは誰もがヒーローを夢見た少年の成れの果てだ。

 オッサンという人種はそれを受け入れて、社会の中で、自分がかつて夢見た姿の延長線上で役割を果たす。


 役割から一度断ち切られた俺は、もう一度、この新しい世界で、新しい身体で、ヒーローを夢見た少年からやり直せばいい。


 まずやりたいこと。

 剣がある。ということは、敵が居るということだ。

 ヒーローならまず戦って勝たねばなるまい。


 やる気を出して岩から立ち上がると、早速それっぽいものがこちらに近づいてきていた。

 黒いもやまとっている体長4m程度の熊っぽいシルエットの何かが、二足歩行で殺気を放ちながらこちらに近づいてきている。


「いやコレ無理だろ。こんなバケモノを剣一本でどうしろと?」


 ヒーロー気分でやる気を出した直後であるが、あまりの無茶ぶりについ愚痴がでる。


 相手との距離はおよそ7m。

 距離を詰められないように元来た方向にじりじりと後退する。

 俺は前世で剣を振ったことは無い。

 こんなバケモノを倒したこともない。


 だが、ここで生きると決めたんだ。

 対処法が分からない敵に捨て身で切りかかるような戦い方はできない。

 よく考えろ。


 まずは、剣を抜いてみるか。

 実はこれはすごい剣で、ファンタスティックパワーでバケモノをぶっ飛ばしてくれたりする可能性も無くはない。


 そう思って柄を掴んで刀身を引き出すと、折れた。


 バッキリと剣が折れた。


 柄から100mmぐらいのところで刀身が折れた。

 刃渡り100mmの残念剣になってしまった。


 剣が重かったので(さや)から抜くときにちょっと曲げ方向の力がかかっちゃったかなとは思ったけど、こんなにあっさり折れてしまうものなのか。


 残念剣の刃を見ると、金属ではなくてガラスのようなものでできている。本当にマジカルミラクルな剣だったのかもしれない。


 でも、そんな材料で剣を作るなと言いたい。

 普通に折れるだろ。


 ヒーロー気分になったところで、剣を(さや)から抜くのに失敗して、最初に出会ったバケモノに秒殺された転生剣士。


 そんな称号は断固拒否する!


「戦術的転進!」


 そう叫んで、俺は逃げた。

 本日二度目。


 熊相手に背中向けて逃げるのはダメな対応であるが、剣が使えないうえに、他に武器も持っていない。この状況で何か考えてもすぐに事態が好転するとは思えなかったので、時間稼ぎを狙ってダッシュで逃げた。


 巨大クマもどきは追ってくる。

 立った状態でカエルのように飛び跳ねながら追いかけてくる。


「熊じゃねぇのかよ! なんなんだよその動き!」


 外観と動き方のギャップがカオスすぎて思わずツッコミを入れるが、幸いこのビッグマッチョボディの全力疾走のほうが速かったらしく、じわじわと距離が開いていく。


 いつまでも逃げ続けられるわけはないのはわかっている。

 このまま走り続ければ二体目三体目のバケモノが合流しないとも限らない。


 消去法的に目的地は一択だ。さっき見捨てた腹ばい女のところ。


 この世界の人間であの場所に居たなら、バケモノへの対処方法もなにか持っているはず。

 戦闘力皆無の護衛対象のお姫様だったり、俺と同じく状況を把握していない転生者である可能性も捨てきれないが、そこは賭けだ。

 さっきは顔見るなり放置して全力逃走したけど、そんなにひどいことはしていない。


 いや、したか。


 謝れば許してくれるはず。

 前世の俺は、もう前世と言ってしまうが、勤続年数20年超のベテランサラリーマンだ。


 サラリーマンの仕事というのは、究極的には怒られることと謝ること。


 年季が入って磨きのかかったこのオッサンの謝罪技術を持ってすれば、女に許しを貰うことぐらいできるはずだ。


 成功実績は無いけれど!

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