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7-1 長身はモテ要素では無い(2.6k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が異世界転生してから二十一日目。フォード指揮下で魔力駆動電動機によるトラクター開発が始まってから四日後。

 

 俺は、電動機とは別系統の電気技術をこの世界で実用化すべく試行錯誤をしていた。


 電波による無線通信技術の再現。


 この世界では現時点では馬よりも速い移動手段が無い。

 そのため、情報が伝わる速さがとても遅い。どのぐらい遅いかというと、ここから首都まで手紙を書いても届くまでに十日ぐらいかかるそうだ。

 俺が異世界転生した日には終わっていたはずの魔王討伐成功の報も、王宮からの公式発表がヨセフタウンまで届いたのが数日前。あまりに遅い。


 この状況を打破したい。


 そんなことを考えながら初歩的な無線電信装置の試作に励んでいた。

 魔力駆動電動機やトラクターの開発により銅線や絶縁体や鉄心等の部品が入手しやすくなっていたこともあり、試作自体はスムーズにできた。


 この案件の助手は即席魔法学校一期生の一人であるウェーバ青年。

 小柄ではあるがパワフルで野心的なところもあり、展示室で行ういろんな実験を得意の雷魔法を駆使して手伝ってくれる。


 このパワフルな助手といろいろ頑張っているが、実は状況は芳しくない。

 誘導コイルで発生させた火花放電が近くに置いたギャップに伝搬する。これが無線通信の始まりであるが、俺はこの世界でこの現象の再現がうまくできずにいた。

 装置間の距離が近ければかろうじて成功するのだが、少しでも離すと放電で発生した電磁波がギャップまで届かない。


 そう。電波が飛ばないのだ。

 

 どうにかして理由が知りたいが、この世界には電気や電波に関する計測器は皆無。これから開発しないといけない状況。打開策が見えず頭を悩ませていた。

 そんな中でも、コイルを巻きなおしたり、機材を動かしたり、雷魔法で電源係をしてくれたり、この世界の文字の読み書きができない俺に代わって記録を付けてくれたりと、助手としてウェーバはいい仕事をしてくれている。


 前世で開発チームリーダとして部下を指導していた時のように、俺はこういう時間を楽しんでいる。

 ちなみに、こういう時はジェット嬢は俺の背中から降りて車いすで別のことをしている。メアリの手伝いをしていることも多いらしい。


 そんな大事な助手のウェーバだが、今日はちょっと元気がない。

 部下のメンタルケアも上司の役目の一つだ、ちょっと悩みを聞いてやろう。


「ウェーバ。今日は元気が無いがどうした」

「実は、彼女に振られまして……」

「そうか……。それは辛いな」


 経験の無い人には分からないし実際どのぐらいつらいかは人にもよるので一概に言えないが、これはつらい。

 分からないからってこういう時笑い飛ばしたらダメだよ。

 それで殴られてもオッサン知らないよ。


「彼女より俺の背が低いのが嫌だって……」


 ウェーバはそれだけ言ったら静かに泣き出した。


 厳しいようだけど、そういう理由で別れを切り出された場合って本当の理由は別なんだよね。

 身長は単なる口実でそれ以外の部分で何か合わない部分があったんじゃないかな。


 でもそれを今彼に言っても傷口に消毒用エタノールを流し込むようなものだ。

 ここは40代オッサンとして適切なメンタルケアをしてやりたいが、実はこの問題は俺には対応が難しい。


 今の俺は規格外のビッグマッチョであり、前世の俺も今ほどではないが大柄な方だった。背が低いという悩みに対しては共感ができない。

 そんな俺が真剣に悩む今の彼に対して直接何かを語ることに抵抗を感じるのだ。


 だが、そこは40代オッサンの人生経験が代替案を素早く発案する。

 解決策は一つじゃない。どんな状況でも頭を使えば対処法はいくらでも出てくるものだ。


「ウエーバよ。【長身はモテ要素ではない】という言葉を知っているか」

「……知りません」


「それもそうだ。今俺が作ったからな」

「……」


 そう。前世の俺は長身だがモテなかった。

 だから、この大切な言葉は世界を超えた真実を含んでいると断言できる。

 この大切な言葉を悩める若者に授けよう。


 俺が心を込めて語る。


「【長身はモテ要素ではない】というのは世界を超えた真実を示す大切な言葉だ。長身ならモテるわけではない」

「正直、先生にそれを言われると辛いです」


 辛そうな顔で応えるウェーバ。

 そうだよね。今の俺ビッグマッチョだからね。

 でかいからね。

 だからその悩み共感しづらいんだよ。

 だが、真理を語れば理解は得られる。


 自分で言いたくないけど、俺はあえて言う。


「でかいこの俺がモテているように見えるか?」

「確かに、見えませんね」


 即答した。


 即答したよこの小柄青年。


 この野郎。この野郎! そうなんだよ。

 ある程度以上でかくなると逆に怖がられて女が近づかなくなるんだよ。


 でも、理解は得られたので彼に道を示すことにしよう。


「そうだ。長身ならモテるというわけでもないんだ。逆に、小柄には小柄のいいところもある。魔法学校卒業生や、今サロンフランクフルトに集まっている若い衆の中にも、ウェーバぐらいの体格の男はたくさん居ただろう。悩みを共有してお互いを高めあうことができるグループを作ってみてはどうだろう」


「わかった。俺がリーダーになって【長身はモテ要素ではないの会】を作るよ!」


 ウェーバは納得したようで嬉しそうに応えた。

 そうだ。若者よ。悩みを共有してお互いを高めあう仲間は、すべての問題が解決した後でも素晴らしい友として人生の時間を共有できるであろう。


 そしてウェーバが張り切りだす。


「長身に比べ、我々小柄がモテる可能性は三十分の一以下である」


 おーい。なんか変な方向に張り切ってませんかウェーバ。


「にもかかわらず、今日まで生き抜いて来られたのは何故か? 諸君! 我々小柄男の生存目的が正義だからだ!」


 ウェーバの暴走は続く。


「一握りの長身達がユグドラシル王国全土まで広がった長身モテ神話を支配して八十二年。我々小柄男達が人権を要求して何度踏みにじられたか! この悲しみも怒りも決して忘れてはならない!!」


 もしやこれは……。【電波】?


「小柄男が掲げる小柄一人一人のモテのための戦いを神が見捨てるはずはない」


 違うんだウェーバ! 俺達が飛ばしたかったのはこの【電波】じゃないんだ!


「小柄男に、栄光あれぇぇーー!」

 

 技術試験報告。

 電波による無線通信の再現を目指して電波送受信技術の検証を行うも不調。

 実験中の小さなアクシデントにより、実験助手が別種類の【電波】を飛ばしだす事態に発展。

 これ以上の研究継続は危険と判断。電波技術の研究は一旦終了する。

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